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まず目に飛び込んでくるのは背中までのびたシルバーブロンドの髪。緩やかにウェーブを描く髪は片方で結い上げられていて、濃い赤色の小花で飾られていた。頭にのった小さなティアラにステンドグラスからこぼれる光が反射してきらきら光っている。
肌も髪に負けじと、白く透明なのに不健康そうには見えない上に、頬は桃色に染まっていてかわいらしい。大きな瞳は晴れ渡った夏の青空のようなスカイブルー。
華やかなピンクのドレスに、ところどころ頭の小花と同じ真紅の色のリボンがあしらわれていて、子どもっぽすぎず、上品に仕上げられている。
女性を見た周りの魔術師たちも佐和と同じように見とれているのが横顔でわかる。
「生徒諸君、イグレーヌ様よりの、お、お言葉である」
壇の端に立っているのはコンスタンスだ。咳払いをして皆を沈めたコンスタンスににっこりと笑いかけた女性は壇の下の魔術師たちをゆっくりと見渡すと静かに息を吸い込んだ。
「皆さん、お体の調子はどうでしょうか」
鈴が鳴るような声に佐和の周りの何人かが堪えきれず感嘆のため息をもらした。
「本日は新たに私たちの仲間を迎えることができました。このことをまず神に感謝いたしましょう」
女性が手を合わせると黒いローブを着た魔術師たちも同じように祈りを捧げる。
連れてこられたばかりの佐和たちやローブを着ていない者たちだけが状況についていけていけず、一様に祈りを捧げる黒ローブ集団にみんな面を食らっている。
何これ、宗教?
思わずそう思った佐和の考えを読み取ったかのように女性は佐和を見て優しく笑いかけた。
「状況がわからず戸惑っていらっしゃることでしょう。大丈夫です。始めはここにいた皆もそうでした」
「ここは魔術師たちの墓場じゃないの!?」
喧嘩腰に怒鳴ったのはブリーセンだ。どうやら我慢の限界が来たらしい。
そりゃ、死ぬかもしれない恐怖と戦ってた所にいきなりこの展開じゃ、無理もないよね……。
「失礼なことをイグレーヌ様に言うな!」
「無礼だぞ!」
ブリーセンに何人かの黒ローブの魔術師がとびかかろうとしたとき、壇上のイグレーヌと呼ばれた女性が手を上げた。
「おやめなさい。その者たちは来たばかり。何も知らないのですよ。ここに来たばかりの時のあなたたちと一緒です。許してあげなさい」
飛びかかろうとしていた黒ローブはその制止に感じ入るようにぐっと何かを飲みこむと元の位置に戻っていった。
「あなた、お名前は?」
「……ブリーセン」
警戒したままブリーセンはイグレーヌを睨み続けている。
「そう、ブリーセン。確かにここは魔術師の墓場とも称されている魔術師強制収容所です。それに間違いはありません。しかし、それは表向きの話なのです」
「どういうことだ」
ブリーセンと同じように警戒しながらもミルディンも意外そうにしている。
ということはこれは佐和だけでなく、この世界の住人のミルディンたちも知らないことなのか。
「あなたのお名前は?」
「……ミルディン」
「そう、ミルディン。魔術師たちが迫害されているのはあなたも身を持って知っていますね?」
当たり前だ。
ミルディンの話だとウーサー王は自分の后であるイグレーヌに呪をかけた魔術師を根絶やしにしようとしている。その結果連れてこられるのがここなわけで……。
そこまで考えた佐和はもう一度壇上の女性を見上げた。
待って。この人の名前、イグレイーヌって……。
また佐和の考えを読み取ったかのようにイグレーヌは佐和に微笑みかけた。
「あなたのお名前は?」
「……佐和です」
「そう、サワ。この国ではウーサー王の命令により魔術師は極刑に値します。そのきっかけを作ってしまったのは、他ならぬ私なのです」
イグレーヌはそう言うと両手を胸にあて悲しげに眼をふせた。その様子に他の魔術師もみな神妙な顔もちになる。
やっぱり、この人が、ウーサー王の后のイグレーヌ王妃。
とても王妃には見えない。年齢はどう見ても20歳台だし、身長も壇の上にいるから正確にはわからないけど、150センチは絶対にないぐらい小さい。偉そうな雰囲気もなく、ただ純情可憐な乙女にしか見えなかった。
「ですが、悪いのは実際に呪をかけた魔術師本人であり、それを依頼した者です。他の魔術師に罪はありません。にも関わらず、ウーサー王は私の進言を聞き入れてはくださいませんでした」
悲しげに伏せられた瞳に一瞬影が宿ったように見えた。その目が優しげに壇の下を見渡す。
「そこで私はウーサー王には強制収容所と称してこの施設を所望いたしました。運営も私に一任させていただきたいと。それで私も魔術師への恨みを晴らしたいと。王は快諾してくださいました。けれど私の意図は別にありました」
胸に当てた手を差し出したイグレーヌはにこりと微笑むとにわかには信じられない話をきり出した。
「私のせいで不当に差別され、迫害された魔術師たちの力になりたい。私は表向きは強制収容所としてこの施設を運営し、ここで魔術師たちの生活の保護を行うことにしました」
この辺りで黒ローブの魔術師の集団から感極まって鼻をすする音が聞こえてきた。
佐和にとってはどこに泣ける要素があるのか理解不能だが、その様子をこっそり見ている内に思い直した。
そうか。ここにいる全員。強制収容として連れてこられた人達なんだ……。
どの人達もミルディンやブリーセンと同じように後ろ指指されて生きてきたのだろう。なんのいわれもない罪で。
もしもそうだとしたらここは魔術師の墓場なんかじゃない。天国だ。
イグレーヌは壇上に備え付けられた階段をゆっくりと下るとローブを着ていない集団が集まっていたこちら側へ向かってきた。その前に整列していた黒ローブの魔術師たちがイグレーヌのために道を開けていく。人垣がさっと波のように引いてできた道を優雅に歩いてきたイグレーヌは集団の一番前にいた一人の女の子の手を取った。
「あなた、お名前は?」
「ニーナ」
「ニーナ。あなたはどういう経緯でここに来ることになりましたか?」
「私は……」
ぼろぼろの服をまとった少女は自分の手をイグレーヌが握っている光景が信じられないとでも言いたげに、恐ろしいものを見るような目でイグレーヌに握られた自分の手を見つめている。
「私は……」
「良いんですよ。ここは皆、似た境遇の者ばかりなのですから。さあ、おっしゃって?」
イグレーヌの労わる口調に少女の涙が突然決壊した。
「私、昔から物とかが浮かせて!で、でもどうやったら使えるのか、わから、なくて。それで村で嫌われてて、石とか投げられたり、親も、私なんて生まなきゃよかったって、それで……!」
涙でつっかえながらもそこまでようやく言った少女の手を優しくイグレーヌは両手で包み込み、撫でて微笑んだ。
「辛かったでしょうね。でも、もう大丈夫です。ここでは皆が家族です。誰もあなたのことを気味悪がったりなどしません」
イグレイーヌは泣きじゃくる少女の手を取ったまま、魔術師たちを振り返り声を張り上げた。
「ここは全ての魔術師の安寧の場所であり、研鑚の場でもあります。ここでは思う存分羽を伸ばしてください。あるがままの姿でいてください。そして魔法とはあなた方が天から授かった贈り物です。どうか。その力で幸せになりましょう」
イグレーヌのスピーチに魔術師たちから割れんばかりの拍手が起こる。あまりにも予想外の展開に佐和は目を白黒させっぱなしだ。それは連れてこられた他の人達も同じようで戸惑い、驚いた表情で皆イグレーヌを見つめている。その様子に佐和も同じように戸惑いながら一方で希望が胸に灯るのを感じた。
これなら。
これなら、マーリンに会えるかもしれない。
死刑になっていてはどうしようもないが、イグレーヌの話が本当ならマーリンは生きてここにいるはずだ。そうすれば佐和の役目が果たせる。
佐和は杖の入った袋を持つ手に力をこめた。
「えー、それでは。これより新入魔術師への当施設への説明を開始したいと思います。在学生は各自教室に戻ってください」
コンスタンスが咳払いをすると黒いローブの集団はぞろぞろと出て行きはじめた。
その集団を目で追うけれど、マーリンの顔がわからない以上無駄なことだとはわかっているが視線で追わずにはいられない。
ローブの集団がはけると部屋に残ったのはざっと30人くらいだった。
「えー、まず。さきほどイグレーヌ様からお話しがあったように。当施設は強制収容所とは名ばかりの保護施設です。不当差別を受ける魔術師に心痛めたイグレーヌ様がウーサー王に内密に作った施設であることをまず頭に叩きいれるように」
諦めてコンスタンスの話を聞くことに集中する。
ごほんともう一度咳払いしたコンスタンスは懐から書簡を取り出して広げた。
「そのため外出は禁止です。この施設から外に出た場合、あなた方の安全は保障されません。まあ、王都であなた方が生き延びることなどできない事は皆さん、おわかりでしょう。外出せず済むよう当施設には男女共に寮が存在し、部屋を割り振ります。共同部屋となるためルームメイトとは円滑な関係を築くように。それから食事は食堂で、詳しい時間帯などはこの後書面にて配布します。部屋割りもその際伝えますので。ちなみに現在我々は約500名の魔術師を保護しています」
500人。その中からマーリンを見つけ出せればいいんだ。
期待に胸が膨らんでいく。
もう少し、もう少しでゴールが見えるんだ。マーリンに会って杖さえ渡せれば海音にもう一度会える。
そう思って高まった佐和の胸は次のコンスタンスの一言で一気に地に落ちた。
「なお、当施設では魔術師が魔法を暴走させぬよう、教育に力を入れています。そのため入所した魔術師は皆、実力別のクラスに分かれ、魔法の制御と鍛錬を行っていきますので」
ん?
『入居した魔術師は皆実力別のクラスに分かれて魔法の鍛錬』!?
「そこでですね。えー、まずはあなた方の魔力を測ります」
まままま、待てええ。
佐和は盛大に心の中で悲鳴を上げた。
本日より一日一ページ投稿させていただきます。
今後ともよろしくお願いします。