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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第八章 キャメロット闘技大会~曇天の決着~
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page.217

       ***



 雨。泥。底。裸足。

 痛み。下方。汚れた銅貨。歩きつかれた足。

 擦り切れた服。ざんばらの髪。

 王国から追われ、追われ、追われ、追われ続けてたどり着いたのは、キャメロット貧民街の路地。

 そこでモルガンは力尽きた。

 追っ手はすぐそこまで迫っている。死の足音が聞こえてくる。雨脚と共に自分の身体の感覚が遠のいていく。


 あぁ……何で、私は生きて来たんだろう……。

 でも、何で死ぬ必要もあるんだろう……。


 生まれて初めて抱いた疑問。

 でも、もうそれも終わる。

 ほら。

 私を殺す人が来た。


 モルガンの前に立ったのは若い騎士だ。虚ろな視界に薄水色の髪がちらつく。

 綺麗……。

 今まで見てきたどんなものよりもそれは、綺麗だった。


 私をころす人。とてもきれいな色。


「どうして、魔術を使ったんですか?」


 知らない。

 どうして息ができるのかわからない。

 だから、魔術が使えることの理由なんてわからない。


「どうして人を傷つけたんですか?」


 傷つけた?

 いつ、だれが、だれを?


「どうしてこんなことを?」


 理由。

 理由?

 理由なんて……


「……わたしがしりたい」


 どうしてこうなってしまったのか。

 どうしてああならなかったのか。

 どうしてこうしてしか生きられなかったのか。

 どうすればああやって生きられたのか。


 温かい家。迎える家族。湯気の出る食事。体温。雨露の凌げる屋根。布地の布団。

 知識として知っていたそれらを手に入れる術はモルガンには無かった。

 手に入れる方法も、知識も、選択も、何も無かった。

 手にいれたいと、思いつくことさえ、今この瞬間までなかった。


 そう、わたしは―――ああいうのが欲しかったんだ。


 ただただ両目から雨が滴り、零れ落ちて止まらない。

 目の前の騎士は、濡れそぼったモルガンの前に片膝をついた。


「―――誰もあなたに愛を捧げなかったのなら、僕が捧げましょう」


 意味の分からない言葉にモルガンは初めてその騎士の顔をしっかりと見上げた。

 ライトグリーンの優しい目がこちらを見ている。


「僕の名前はアコーロン。僕にあなたを―――愛させてください」



       ***



 勝負あった。

 そう誰もが思った。


 イウェインの突きによってネントレスの鉄のヘルムが宙を舞う。

 息を飲んで観衆が見守る中、ネントレスが上体を起こした。


「……これを避けるとは……!」


 イウェインがすぐにネントレスから距離を取る。ゆっくりと体勢を立て直したネントレスが顎に滴る血を手の甲で拭った。

 鉄のヘルムの下から現れた顔は四十代ぐらいだろうか。立派な顔つきをした黒髪の男性だ。顔つきからだけでも戦士の気が発せられているのがよくわかる。

 その顔を見た貴賓席のウーサーが椅子から立ち上がった。


「まさか……貴様は……!」

「父上?」


 ウーサーの呟きにネントレスが貴賓席の方を振り返る。

 その瞳に憎悪の炎が灯るのが、佐和にもよく見えた。


「……ウーサー・ペンドラゴン!!覚悟!」

「衛兵!奴を始末しろ!!」


 ネントレスとウーサーの叫びが重なる。

 先に動いたのはネントレスだ。一目散にウーサー目掛けて駆け出す。


「やっぱりあの人が、刺客!」


 叫んだ佐和の周囲で観客が非常事態に気付き、騒ぎ出した。全員がここから離れようと勝手にあちこちに逃げ出す。


「ちょ……!」

「まずい!!」


 会場に配置されたケイもガウェインも人波に揉まれて会場にたどり着けない。ウーサーとネントレスの間を遮る盾になるのは、エクター卿とアーサーだけだ。


「陛下!ここは私が!」


 エクター卿がすぐに会場に飛び出し、ネントレスの進路を塞ぐ。しかし、次の瞬間エクター卿の身体中に蔦が蔓延り、身動きを封じられてしまう。


「な……!」

「これは……モルガンの術!」


 アーサーが腰から剣を抜き、ウーサーの前に立つ。その間にもネントレスはウーサーとの距離を詰めてくる。


「ま、マーリン!!」

「わかってる!けど、この人ごみじゃ……!!」


 佐和は会場中に視線をめぐらせた。

 しかし、パニックに陥り逃げ惑う人々のせいでモルガンの姿を捉えることができない。


「させるものか!!」


 イウェインがネントレスに追いつき、突撃を繰り出した。背後からの奇襲にネントレスは盾で応戦する。しかし、イウェイン渾身の突きは深々と盾に突き刺さった。


「くそ……!!」


 ネントレスはイウェインの剣に縫い付けられ動く事ができない。しかし、それはイウェインも同じだ。


「許せ!!」


 ネントレスが右手剣をイウェインに向かって振りかざす。盾にレイピアが刺さった状態のままのイウェインは無防備だ。タガーもさっきの攻撃で使い切っている。


「イウェイン!!」

「失礼いたします」


 穏やかな声で割り込み、ネントレスの剣を弾いたのはランスロットだった。

 いつの間にか会場に入りこんだらしい。間一髪、イウェインに振り降ろされるはずだった剣が宙を舞う。


「くそ!!」

「きゃ!!」


 剣を奪われたネントレスは盾を思い切り振り回した。盾で殴られたイウェインとそれに巻き込まれたランスロットの身体が吹き飛ぶ。

 倒れ込んだ二人の内ウーサーとの間に飛ばされたのは、イウェインだ。


「仕方ない!!」


 ネントレスが懐から取り出したのは短剣だ。しかも、ただの短剣ではない。

 刃も鍔も柄も漆黒の禍々しい妖気を放つ得物。

 バリンとボーディガンが持っていたものよりも凶悪な表情をした武器だった。


「あれは……呪の!!」


 マーリンの叫びが聞こえる。

 ネントレスは行く手を阻むイウェインをあの剣で刺すつもりだ。


「イウェイン!!」


 アーサーが会場に飛び込むが、間に合う距離ではない。


「止めてええええ!!!!!」



 佐和の叫び声が会場にこだました。



本日は一話のみの投稿となります。

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