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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第八章 キャメロット闘技大会~曇天の決着~
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page.216

       ***



 魔術師淘汰のお触れがアルビオン王国中に流布され、モルガンの生活は一変した。


 追い詰める側から追い詰められる側へ。


 どれほど強力な魔術を使えようと、どれほど賢しい知恵を持とうと、数の前にモルガンはあまりに無力だった。

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

 住処を変え、名を変え、出自を変え、やり方を変え。

 それでも影のようにモルガンを追いかけてくる。王国の魔の手。


 どうすれば良かったのか。

 どうすればこんな目に遭わずに済んだのか。

 そこで初めて、モルガンは自分の生き方を振り返った。

 しかし、正解が見つかるはずもなかった。


 泥水をすすり、飢えを凌ぐため虫すら貪り、死体から金品を攫い、どこまでも裸足でモルガンは逃げた。

 逃げて、逃げて、逃げて、逃げて。

 そうしてたどり着いたある街で、モルガンは灯りの灯る家の中を初めて覗き込んだ。

 暖炉に火が灯り、湯気の上る食事。モルガンの知らない表情で食卓を囲む三人の人間。女と、男と、子ども。

 気が付けば、涙が両目から零れていた。


 どうすればあんな風になれたのか、モルガンにはわからなかった。

 そして、自分が抱く感情の名が羨望だとはモルガンには知る術も無かった。



        ***



 イウェインとネントレスの打ち合いは互いに様子を見合うようにゆっくりと始まった。

 右にレイピア、左袖にはタガーを隠し持つイウェインに対して、ネントレスは一般的な右に剣、左腕に盾の兵装だ。

 ネントレスの攻撃をイウェインは躱し、イウェインの攻撃をネントレスは盾で受け流す。

 じりじりとした攻防が続く。しかし、両者の気迫は、昨日までの試合とは比べ物にはならなかった。

 佐和ですら感じるプレッシャー。

 一般観覧者もこのただならぬ両者の殺気に圧倒され、静かに勝敗の行方を見守っている。


「……退け」


 くぐもった声でイウェインにそう告げたネントレスが一歩下がる。イウェインは深追いせずに構え直し、その言葉に片眉をあげた。


「……貴殿が声を発するとは、それは脅しのつもりか?」

「脅しではない。未来ある若き騎士よ。その方に罪は無い。退くのだ」

「……誰に罪はあると?」

「それは勿論あの愚王だ」


 ネントレスの見えない視線が、貴賓席のウーサーに向けられる。その殺気を感じ取ったイウェインは、攻撃を繰り出した。その一撃をネントレスが避ける。


「何故、逆らう」

「貴様の狙いは国王陛下か?」

「そうだ。故にその方に恨みは無い。退くが良い」

「それは無理な相談だ」


 イウェインとネントレスが斬り合う。高速で繰り出される互いの手数を正確に打ち合い、避け、二人の闘いは苛烈を極めながらも、不思議と佐和の耳には二人の会話が聞こえてきていた。


「確かに私は陛下の騎士ではない。しかし、私は誉れ高きアーサー殿下の騎士だ。殿下は―――国王の暗殺を見過ごすなど、絶対になされない」


 イウェインの攻撃をネントレスが盾で防ぐ。その鈍い音が会場中に鳴り響く。


「そして、殿下は必ずや陛下を守るため、貴様の前に立ちふさがる。ならば、その前に私が殿下の危惧を排除する!覚悟!」

「……話し合いでは無理か」


 打ち合いが激しさを増す。剣と剣がぶつかり合い、鍔ぜりあいになった途端、ネントレスが渾身の力を込めてイウェインを押し返した。その勢いでイウェインの体勢が崩れる。


「イウェイン!!」


 ネントレスの追撃がイウェインを襲う。その剣戟(けんげき)を身体を捻り、紙一重で躱したイウェインだが、その拍子に左袖が避ける。

 イウェインは側転し、ネントレスから距離を取った。露わになった左腕にはタガーを止めているベルトと籠手が見える。


「……中々!」

「……若き騎士よ、済まない」


 ネントレスは勝負を決めるつもりだ。今まで見せたことの無いほどの覇気を露わにする。


「決着と行こう……!」


 ネントレスが一気にイウェインとの距離を詰めにかかる。状態をまだ完全に立て直していないイウェインへの追撃で勝負を決める算段だ。

 ……イウェイン!!


「っ!!」


 イウェインが左腕のベルトからタガーを抜いた。そのタガーでネントレスの剣を受け止めるつもりかと思いきや、イウェインは真っ直ぐ自分に猛進してくるネントレスに向かって真正面からネントレスのヘルム目掛けてタガーを投げつけた。


「あんな見え見えの攻撃じゃ……!」


 マーリンの言葉の続きを聞くまでも無い。イウェインのタガーはネントレスが構えた盾に突き刺さっただけだ。


「終わりだ!」


 盾を払い、剣を振り上げようとしたネントレスの視界に、先程までそこにいたはずのイウェインの姿が無かった。


「何……!?」

「貴様が、な」


 ネントレスの横にイウェインは既に動いていた。


「うまい!盾を使わせて死角を作ってそこから攻めた!」


 観客がイウェインの業に一気に沸き立つ。

 その歓声に後押されるよう加速したイウェインの突きがネントレスの喉元に放たれた。




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