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翌日、王宮は蜂の巣をつついたように混乱を極めた。
アーサーの私室で一人留守番をしていた佐和は、戻って来たアーサーとマーリンに駆け寄った。
「どうでした……?」
「本当に殺されていた」
今朝になってウルフィン卿が自室で死体で発見されたという知らせを受け、アーサーは飛び起き、マーリンも付き添って現場へと向かった。
見る物ではないと佐和は止められ、一人で二人の帰りを待っていたのだ。
「……遂に姿を現したか……」
「でも、何で陛下やアーサーじゃなく、ウルフィン卿なんだ?おかしいだろ」
マーリンの言う事は最もだ。
せっかく正体を隠してアーサーやウーサーに近付きやすいようにしているのに、わざわざこんな事件を起こせば、二人の警備はより手厚くなる。
「それにこんな派手にやったらそれこそ大会、中止になっちゃうかもしれないですよね?」
「いや、それは無い。こういった物は、中断すれば国民の不安を煽りかねない。予定通り最後まで行う」
アーサーは腕を組み、執務用の机に腰掛けた。
「忠告のつもりか……?いや、しかし忠告する意味はないか。どちらかといえば挑戦状という事か?止められる物ならば止めてみろと」
佐和はやけにアーサーの言った『忠告』という言葉が耳に残った。
その時、ノックとともにイウェインの声が聞こえてくる。マーリンが扉を開いてイウェインを招き入れた。
「殿下、おはようございます」
「あぁ、イウェイン。おはよう」
イウェインは既に臨戦態勢の恰好だ。しっかりと騎士の礼をアーサーに向ける。アーサーは立ち上がるとイウェインに真正面から向き合った。
「イウェイン、辞退するか?」
アーサーの意外な提案に佐和は驚いた。
まさかアーサーから言い出すとは思わなかったのだ。
「間違いなく犯人はネントレスだ。ぺリアスは牢に入れられていたし、おかしな事をしでかさないようにランスロットの部屋には父上が見張りをつけていたらしい。つまり奴にだけアリバイが無い。そしてイウェイン。今日、奴と当たるのはお前だ」
アーサーの話を聞いている間もイウェインの顔色は変わらない。ただ真剣にアーサーを見つめている。
「昨日の時点で動いたという事は今日、奴らは決着をつけるつもりだろう。父上は外部犯の可能性を疑っていて、ネントレスには目を向けてもいない。しかしさすがに明日になれば、俺やエクター卿総出で父上を納得させられる。そうなれば、奴は捕まるしかない。それを恐らく向こうも理解している。奴等が目的を果たす機会は今日―――お前との対戦中だけだ」
つまり今日、一番危険な場所に立つのはイウェインだ。
……イウェイン……。
心配げにイウェインの様子を見ていた佐和と違って、イウェインは何の気負いもなく頷いた。
「承知しています。ウルフィン卿の事は私も聞きました。―――だからこそ、殿下。どうか私に命を」
イウェインが強く、決意の宿した瞳でアーサーの前に進み出る。
「一つ、どのような敵にも恐れること無く勇猛に挑むこと。一つ、己の信念に、恥じぬ行いを常にすること、一つ、主君が道を誤った時には諫める事すら躊躇しない忠誠を誓うこと」
イウェインがすらすらと述べているのは―――アーサーの騎士の七戒だ。
その言葉にアーサーも、マーリンも、佐和も、静かに耳を傾けた。
「一つ、全ての弱き者を慈しみ、救いの手を差し伸べること。純真な心で友を信じ、人を愛すこと。許し合う心を持ち、他を寛容に受け入れること。そして―――誰よりも騎士の名にふさわしく、持つべきものの義務を果たそうと努め続けること」
イウェインはアーサーの前で片膝をついた。
「殿下、ご命令を」
「…………イウェイン、ネントレスを打倒し、キャメロットを覆う暗黒の憂いを追い払え!」
「御心のままに」
アーサーの鋭い命令に、イウェインがしっかりと顔を挙げた。
奇しくもアーサーの言葉は、状況に適っている。
窓の向こうの空の雲行きは怪しかった。