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「何なんだいきなり。別にまだ何も言ってないのに」
「まぁ……女心は秋の空……というより、グィネヴィアは自分の事を悪く言われるのが我慢ならないタイプだからしょうがないよ……」
グィネヴィアが勝手に逆上して部屋を出て行った事で、佐和とマーリンだけが部屋に取り残された。お茶の給仕をしてくれていた侍女たちも勿論、グィネヴィアについて行っている。
部屋には他に誰もいないし、相談するならこのタイミングだよね……。
「マーリン。ランスロットに、何かグィネヴィアやゴルロイスみたいな嫌な感じは受けた?」
「いいや。サワは感じた?」
「……うん。ランスロット自身が悪いわけじゃないんだけど……」
あの本の中身をそのまま伝えるのは憚られた。
それは、佐和の知識でいうところでは未来の事をマーリンに教えてしまう事に当たる気がしたからだ。
創世の魔術師が王を導き、新しい時代を築く。
確かな事がそれだけなら、本の事は道しるべ程度に捉え、マーリンの判断を重視した方が良い。
それが、カメリアドに行った時から悩み抜いた末に、佐和がようやくたどり着いた結論だった。
「グィネヴィア姫が……ランスロットに夢中なのっていいのかな……って」
「確かに。かなり気に入ってた。でも、俺はあの姫にアーサーの側にいてほしくない。それなら、ランスロットと結ばれた方が良いと思う」
「……うん、そうだよね……そうなんだよね……」
やっぱり、あの本の流れの通りになってしまうのだろうか。
ランスロットとグィネヴィアが原因で、アーサーの王宮が崩壊する。
新しい時代を作れば、そこで佐和の悲願は達成だ。その後の事なんて関係ない。
でも、胸が苦しい。
……もしかしたら、バンシーの忠告には、この事も含まれていたのかな……。
願いを叶えたければ、大切な物すら踏みにじれ。
それが部外者である自分にできる残された方法……。
「でも、アーサーが疑われたままなのは良くない」
マーリンのその言葉に佐和は顔を挙げた。
「手紙は俺もサワも受け取ってない。どこかにアーサーとグィネヴィアの仲を邪魔したい奴がいるんだ。それはきっとアーサーに敵意を持ってる。そいつは見つけないと」
「……うん、そうだね」
できる事は、ある。
マーリンの言葉に、佐和は救われたような気持ちになった。
マーリンの提案に佐和は力強く頷き返した。
「となれば、私達がやらなきゃならないのは、モルガン一味の捜索と、グィネヴィアの手紙をどこかへやった犯人捜しだね!」
「うん」
決意新たに佐和は椅子から立ち上がった。
「もう宴は終わりみたいだし。私達はどうする?このままアーサーのところ戻る?」
「いや、その前に行きたい所があるんだ」
マーリンの唐突な提案に佐和は首を傾げた。
***
マーリンが佐和に行きたいと言ったのは、王宮の端にあるボードウィン卿の研究室だった。
闘技大会の開催中、怪我人は王宮の宮廷医師が基本的に見る事になっているが、その医者は貴族以外を見ようとはしない。
大会の参加者で一般市民の者を誘い、ボードウィン卿が自ら進んで手当を行っているという噂を聞いて、本当に負けた人の中に怪しい人物はいなかったのか、マーリンは確認しに行きたいらしい。
すっかり陽の暮れた王宮の廊下は暗く、ボードウィン卿の研究室までの道のりは、位置的なこともあってか静かだった。
やがて前方の暗い石畳の廊下に光が微かに漏れているのが見えた。そこから二人の男性の声が聞こえてくる。
「年甲斐もなく無茶をするからだ」
「余計な世話だ。調子に乗りおって……」
前方のうっすらと開いている扉。そこがボードウィン卿の研究室だ。声はそこから漏れてくる。
マーリンが佐和の動きを手で制止し、息を潜めた。
聞こえてくるのは、ボードウィン卿と……誰の声だろ?やけに親しげだ。
「貴様は恥と思わないのか!?我ら陛下の騎士が、これほど馬鹿にされるとは……!」
「馬鹿にされたのでは無い。大会は純粋な物だ。ウルフィン、新しい時代がやってくるのだよ」
ウルフィン……ということは、ボードウィン卿と話しているのはあの、ウーサーの腰巾着とケイに評されていたネントレスに負けた騎士……。
「何だと!また何もかもわかったような顔で語りおって!あの時もそうだ!陛下の望みを叶えもせず、お前は大義を優先させた!」
「当たり前だ。ウーサーは国王だ」
「それ以上に我らの主君だ!だから、私はあの時陛下の想いのまま、ゴルロイスを殺したんだぞ!それなのに……結果、貴様の方が出世するなど!断じて許せん」
「ウルフィン、待て」
「もう手当など良い!!」
荒々しい足音を察知したマーリンが急いで佐和の手を引き、通路の影に佐和を押し込めた。その上から庇うようにマーリンが覆いかぶさる。
間一髪、ウルフィンに気付かれなかったようだ。足音が遠ざかって行く。
「今のどういう意味だと思う?サワ」
「ま、マーリン。と、とりあえず体勢を……」
純粋にマーリンは疑問を佐和にぶつけているつもりのようだが、状態がよろしくない。
いわゆる―――壁ドンと呼ばれる状態に佐和のテンパりは最高潮に達しそうだ。
しかも単に壁に追いつめられているわけではない。ウルフィンに気付かれないように、しゃがみ込んだ佐和に覆うようにマーリンが上から被さっている。
近い!近い!近い!
佐和の照れに気付いたようでマーリンが口を少しだけ開いたまま、佐和の顔を凝視していた。その顔がゆっくり朱に染まる。
すぐに佐和の上からマーリンが退いた。
「ご、ごめん。そんなつもりは」
「あ、いや。うん……だいじょぶ……です……」
あああああああああああああああ!!!!!!
叫びだしたい!逃げ出したい!何これ!?
差し出された手に従って佐和も立ち上がる。マーリンは腕で口元を覆ったまま佐和に問いかけた。
「でも、ちょっと嬉しかった」
「……」
「悪い。不謹慎だった。許して」
「お……オウケイですとも」
「そこで何をしている?」
気恥ずかしがる二人にいきなりかけられた声に佐和は飛び上がった。
いつの間にかボードウィン卿が佐和達の後ろに立っている。
「殿下の使いか?」
「え、あ、はい」
「なら、中に」
た、た、助かったああ!!
危なかった!今のは危なかった!
ものすごくまずい雰囲気だった……!!
ボードウィン卿の割り込みに、佐和は心の中で拝み倒した。
本日も二話投稿です。もう一話は21時掲載予定です。