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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第八章 忍び寄る邂逅
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        ***



 なんとも奇妙なメンバーだ。

 い……居心地悪い……。


「グィネヴィア姫、先程は助けていただき、誠にありがとうございました」

「い、いえ……お礼を申し上げるのはこちらの方です。本当にありがとうございました。ランスロット様」


 私の功績は無視ですか、そーですか。

 ランスロットはしっかりと佐和を気遣っているようだが、グィネヴィアの視界に佐和は入っていない。

 といっても、この程度で喚いたり、不満を言う気も無い。

 むしろ横にいるマーリンが、佐和よりも不満そうにグィネヴィアを睨んでいる。どうやらうっすらと事情を察したようだ。


 たまたま入った部屋は空いている客室で、部屋の奥に四人掛けの丸いテーブルが置いてある。

 そこに近寄ったグィネヴィアを見て、ランスロットがすぐに椅子を引き、グィネヴィアが座るのをエスコートした。

 わぉ……王子様だ……。

 その所作にはやはり年頃の少年には似合わない優雅さがある。


「どうしたのですか?佐和殿達もどうぞ」


 ランスロットが笑顔で席を進めて来るが、その向こうでグィネヴィアがあからさまに不可解な顔つきになった。

 当たり前だ。未来の王妃と従者達を同じテーブルに付かせようとする人間なんていない。


「いえ……私たちは……」

「遠慮せずに、ね?グィネヴィア姫?お礼を言うつもりでサワ殿も呼ばれたのですよね?姫君はお噂以上にその美貌だけでなく、心までお美しい方だったのですね」

「え……いえ、そんな……」


 ランスロットの天然褒め攻撃のせいで、グィネヴィアが嫌とは言えない空気になっている。ランスロットは佐和の分の椅子も引き、腰掛けるよう目で促した。

 ……仕方ない。これ以上断っても、ランスロットに身分とかの概念が伝わる気がしないし……。

 諦めて佐和も勧められるまま椅子に腰掛けた。残ったランスロットとマーリンは自力で椅子に座る。


 未来の王妃。大会参加者の謎の天然少年。実は創世の魔術師。実は異世界の人間。

 なんという組み合わせか。

 はは……何、このお茶会……。

 佐和が苦笑しているタイミングで、いつの間に現れたのか、グィネヴィアの侍女達がお茶の支度をして部屋から退出していく。ゆっくり話すための配慮だろう。


「えっと……あの……ランスロット様、本当にありがとうございました」

「いえ、困っている女性を救うのは騎士の務めです。まだ私は騎士ではありませんが、いずれは必ず」


 おい、待てと今一度グィネヴィアにつっこみたい。

 直接的にグィネヴィアを救ったのは佐和だ。しかも自分の身を危険にさらして。

 お礼の一つも無いものかねぇ……いや、別にお礼が言われたくてやったわけじゃないからいいんだけどさ……。

 彼女の中で侍女は人間のカウント数に入らないのだろう。先ほどから何度も佐和の名を一言も出さず、ランスロットにだけお礼を言っているのがいい証拠だ。

 ま、当たり前っちゃ、当たり前だよね。

 おそらくグィネヴィアは佐和の名前すら覚えていないに違いない。


「姫君は本当にお美しい方ですから、どうかお気をつけください」


 紅茶を持ち上げながらしれっと歯の浮くような台詞を言ったランスロットに、佐和は目を剥いた。

 この年で何!?その落ち着きようは!?

 見ればランスロットの真正面に座ったグィネヴィアもその言葉に頬を染めている。


「あ……ありがとう……ございます……」


 そんな言葉聞き慣れているだろうに、グィネヴィアはひどく嬉しそうにはにかんだ。

 ランスロットの言葉が嘘偽りなくまっすぐだからこそ、染み入っているのかもしれないが、この状況は非常にまずい。

 どうしよう……マーリンに相談する前に、私がこの二人を近づけるきっかけを作っちゃった……。


「あの……ランスロット様」

「何でしょうか?姫」

「湖で暮らしていたというのは、本当のことなのでしょうか?」


 興味津々といったグィネヴィアの様子にランスロットは笑って頷いた。


「はい、勿論です。姫君に嘘などつきませんよ」

「素晴らしいですわね!ぜひ、湖での生活のお話を聞かせてはもらえませんか?私、昔からおとぎ話が大好きなんです……!」

「喜んで」


 言ってることがめちゃくちゃだ。

 グィネヴィアは本心では、ランスロットが湖で暮らしていたわけが無いとどうやら思っているようだが、ランスロットの気を引くために、あえてその嘘を本当だと信じ、感激する様子を見せつけている。

 本当にこの女……策士だな……。

 だが、この話に興味があるのはグィネヴィアだけではない。

 佐和もマーリンも、さっきアーサーの私室で少しだけ聞いたランスロットの話の続きは気になっていたところだ。


「僕は隣国の城で暮らしていた者でした」

「他国の王子様でしたの?」

「はい、かつては、ですが」

「かつて?」


 てっきりただの少年かと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 王族ってこと……?

 でも、それが本当なら納得がいく。彼のこの幼い顔つきで、動きが妙に大人びていることも、礼式がきっちりしていることも、農民にはありえないことだ。


「僕が暮らしていた王国はモーラ大国によって支配されてしまいました。暮らしていた城には火の手が放たれ、何もかもが焼け落ちました。燃えさかる火の海の中、命辛々母は生まれたばかりの僕を抱いて、このアルビオンに逃げ延びたそうです」

「まぁ……」

「しかし、母も瀕死の重傷を負っていました……死に(ひん)したまさにその時、アルビオンの湖に辿り着いた母は祈りを捧げたそうです」

「祈り……ですか?」

「はい。どうかこの子だけでもお助けくださいと」

「まぁ……」


 親子愛の感動話にグィネヴィアはしきりに感心し、両手で口を覆ったりしている。

 佐和とマーリンは静かに話の続きを待った。


「そこへ、母の純真な願いに答え、湖の精が姿を現しました。母は自分の命が尽きる寸前、湖の精に僕を託し、息を引き取ったそうです」

「では、そこから?」

「はい、僕は湖の妖精によって育てられました。新しく僕の母となってくれた妖精は、とても心優しく、僕に知識や知恵、そして将来のために騎士としての礼節や剣技を教えてくれたのです」

「素敵ですわー!」

「なら、ランスロットは魔術師じゃない?」


 いてもたってもいられなかったのかもしれない。マーリンが口を挟んだ途端、佐和の視界の端で、顔には出さないようにしているが、グィネヴィアから不満に思っている空気が漏れ出た。

 男性陣はそれに気づいていないようで、話はそのまま進んでいく。


「はい、僕は普通の人間です。育った環境の影響か、他の(かた)よりはそういったものの(たぐい)を感じ取る力はありますが、育った湖以外の場所で妖精の姿を見聞きすることは無理ですね。何となく、いそうだな、ということぐらいしかわかりませんので」

「残念ですわ……せっかく妖精さんとお話ができるかと思いましたのに……」

「宜しければ、いつか僕の育った湖へ一緒に参りましょう?姫。そこならば、心美しき姫君なら僕の家族を見ることができるかもしれません」

「ぜひ!」


 は、無理だっての。

 佐和からすればちゃんちゃらおかしい。

 ランスロットの純真さとグィネヴィアの純粋さは、見た目こそ同じものの、本質が全く違う。

 片方は純粋な善のみしか知らない人間、他方は悪すら善と単純に思いこみ、疑うこともしない人間だ。


「なら、何でアーサーの騎士になりたいなんて言ったんだ?」


 さすが、マーリン。この二人の間の空気に割って入ることに何の躊躇も無い。


「いずれは母や……父の無念を晴らし、自分の国を取り戻したいと、僕は考えています。そのためには僕一人の力では大国には及びません。しかし、先の大戦でアーサー殿下が、大国とフォモーレ族の連合を打ち負かしたと聞きました。そして、その誠実なお人柄も。ですから」

「アーサーの騎士になって、将来的には同盟相手になりたいってことか」

「はい、マーリン殿のおっしゃる通りです」


 ランスロットの動機は純粋で、それを止める権利は誰にもありはしない。

 それでも、このままでは本に書いてあった通り、ランスロットがアーサーの騎士になってしまうかもしれない。

 それに……グィネヴィアの様子が気になる。

 カメリアドで初めて会った時、グィネヴィアは確かにアーサーに想いを寄せていたはずだ。それなのに、今は目の前のこのランスロットに夢中になっているようにしか見えない。


「ランスロット様は本当に素敵なお考えをお持ちなのですね……」

「身に余る光栄です、姫君」


 佐和は注意深くこの二人を観察した。

 ランスロットの方はわかりやすい。彼は嘘をつくということをしない。思ったことをそのまま言っているだけだ。

 やっぱり問題は、グィネヴィアの方なのかな……?

 佐和が考え込んでいる間にも会話は弾んでいく。


「ペリアス殿が出場を取り消されたということは明日の大会、ランスロット様は決勝に進出されるということですよね?私、応援していますわ」

「ありがとうございます。姫君からご加護をいただけるなど、夢のようです」


 ランスロットの言葉にグィネヴィアが嬉しそうに恥じらう。

 その様子を見ているうちに佐和の脳裏に嫌な予感が巡ってきた。

 グィネヴィアの侍女がリュネットに嫌がらせをしていたのは、アーサーが忙しい上に、ウーサーに面会を禁じられていて、グィネヴィアに全く構わなかったから。

 腹いせにアーサーに構ってもらえているイウェインの侍女にちょっかいを出した……。

 そして今、ランスロットに夢中になっている原因は……このランスロットの態度だ。

 ランスロットは、先ほどからグィネヴィアを慈しむべき姫君として丁寧に接している。

 その態度が、彼女にとって何よりの優越感を与えてくれているに違いない。


 グィネヴィアはアーサーが好きなんじゃない。

 基本的なところで自分が一番なのだ。


 だとすれば、ランスロットほどの相手はいない。

 彼は相手の悪を見ず、善だけを信じている。純粋すぎる人間だ。

 グィネヴィアの事を敬うべき姫君として、崇め、褒め、彼女の望んだ通りの反応を返し、相手にするだろう。



「全力を尽くします。しかし、殿下と相対した時には、姫君は殿下を応援なさるのですよね?」

「……え、えぇ……」


 そこでグィネヴィアは持っていたカップをゆっくりテーブルに置いた。沈んだ様子にランスロットが首を捻る。


「殿下と何かあったのですか?」

「いえ……」


 聞いてくれと言わんばかりの態度に横にいるマーリンの顔が渋くなる。口を開きかけたマーリンに佐和は小さく首を振った。

 ランスロットはグィネヴィアの魔性とも呼べるその技に気づいていない。テーブルの上のグィネヴィアの手をそっと取ると、まっすぐな目でグィネヴィアの瞳をのぞき込んだ。


「何か悲しいことがあるならば、この僕で宜しければお話くださいませんか?姫君。何かお力になれることがあるかもしれません」

「けれど……」

「勿論、秘密は守ります。僕は騎士を目指す身ですから。貴婦人に優しくあれ。これは母からもよく言いつけられていることです」

「ランスロット様……」


 勝手にやってろ!

 と、叫びたくなるところだが、どうにか我慢する。

 二人は完全に自分達の世界に入り込んでいる。

 我慢、我慢……。

 グィネヴィアの言い淀んだ事は、佐和たちも聞いておいた方がいい。

 ランスロットとグィネヴィア。

 この二人が本当に不義を犯す間柄になるとするなら、アーサーも無関係では無い。

 なぜ彼女がアーサーに不満を抱いてしまったのか、ランスロットに走るのか、そのきっかけが今まさにこの瞬間明らかになるのかもしれない。だったらこれは、彼女の口から直接理由を聞けるまたとない機会だ。


「……実は、王都に来てから一度も殿下が私に顔を見せてくださらないのです……。お手紙も出しているのですが、返事も届かず……あの日、カメリアドで私に告げてくださったことは夢だったのではないかと、最近では疑うようになってしまって……」

「……それは寂しかったでしょうに」

「はい……」


 悲劇のヒロインのように打ちひしがれるグィネヴィアは放っておいて佐和とマーリンは顔を見合わせた。

 アーサーにグィネヴィアが手紙を出していた……?

 マーリンが小さく首を振った。ということは、マーリンも知らないということだ。

 アーサーの従者である佐和かマーリン、どちらかを介せずにアーサーに手紙を渡すなんてことは不可能だ。


「殿下はきっとお忙しいのですよ、姫君を疎かにされるわけがありません」

「そうなのでしょうか……」

「そうですよ。そうです、確かお二人は殿下の従者でしたよね?殿下も姫君にお返事を書く時間が取れないことを大変気に病んでいらっしゃるのではないですか?」

「あの……殿下の元にそのようなお手紙は届いていないのですが……」

「え……?そんなはずはありませんわ。私、何度も何度も送りましたもの」


 雲行きが怪しい。

 困り果てた佐和を庇うようにしてマーリンが話し出した。


「その手紙は誰に預けたんですか?」

「私の侍女です」

「どの侍女ですか?」

「その時、手が空いている者に……まさか、私の侍女を疑っているんですか?」

「そういうわけでは……」

「失礼です!彼女たちは私が幼い頃から仕えてくれている者ばかりです。そんなことするはずがありませんわ……!」


 勢いよく席を立ったグィネヴィアが歩き出す。

 どうやら完全に怒らせてしまったらしい。


「姫君……!どうか心穏やかに……」


 ランスロットがその後に付いて行くのを佐和とマーリンは呆然と見送った。

 行方不明になった手紙。

 グィネヴィアとランスロットの接近。

 そして、未だ姿を見せないゴルロイス一味。

 山積みの問題に佐和は頭を抱えて唸りたくなった。


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