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げっ……、マーリン。
佐和は自分の身の危険も忘れて、違う意味で冷や汗をかいた。
佐和を無理矢理連れ去ろうとして手を握るペリアスと、嫌がっている佐和。この組み合わせを見てマーリンが取ると思われる行動は一つ。
「サワを放せ」
荒い足取りで近寄って来たマーリンは、ペリアスが掴んでいた佐和の腕を奪い返そうとした。しかし、ペリアスも手を離そうとしない。
「放せ」
「あーのさー。きみー?じゅうしゃだよねぇー?俺、今、君より偉いわけー?わかるー?」
「……だから何だ」
「大会の出場者に殿下の従者が暴力振るったなんて……どうやっていいわけするつもりかなー?」
「……卑怯だ」
「じゃ、この子借りてくわー。姫さんにはふられちゃったしー。代わりにはまぁ、物足りないけどー」
「この……!!」
「マーリン!ダメ!」
マーリンがペリアスに殴りかかろうと拳を振り上げる。
けれど、ペリアスの言う通り。ここでマーリンが大会出場者を殴れば、その責任はアーサーになる。
「くっ……!」
佐和の制止で間一髪、マーリンが自分の拳を止めた。それを見たペリアスがいやらしく口角をあげる。
「んじゃ、そういうことで」
「では、同じ大会出場者なら問題ありませんね」
満足げにペリアスが佐和を連れ去ろうとした瞬間、ペリアスが佐和から吹っ飛んだ。
「なっ……!」
何が起きたかわからず、床に倒れ込んだペリアスが見上げた先にいたのはランスロットだ。
拳を振り下ろした状態から穏やかな笑顔で体勢を元に戻し、微笑んでいる。
驚愕するペリアスに構わず、ランスロットは呆けていた佐和に近寄り、優しく佐和の手を取った。
「ご無事ですか?サワ殿」
「え……あ……はい……」
ランスロットの態度は、まるでどこかのお姫様を救う物語の王子様のようだ。あまりにも現実離れしたその態度に返事がしどろもどろになる。
すぐにマーリンも側に駆け寄って来てくれて、佐和は二人の背後に庇われながら、這い蹲るペリアスを見た。
「何だ!?一体、何の騒ぎだ!?」
最悪なことに、先にこの混乱した現場に駆け付けたのは、ウーサーだった。
物音を聞きつけて他の宴の参加者も続々と野次馬に集まって来る。
まずい。まずい。まずい。まずい。
「また貴様か!今度は一体何の騒ぎだ!?」
「お騒がせして申し訳ございません、国王陛下。ペリアス殿が女性に不貞を働こうとしていたため、制止させていただきました」
「な!」
ウーサーがランスロット、ペリアス、そして佐和の順に顔を見た。ウーサーの戸惑う顔を見たペリアスが立ち上がり、ウーサーの足元にすぐさま駆け寄る。
「違うんです。陛下!あの女の方が俺を誘惑してきたくせに。突然手の平を返して」
「はぁ!?」
佐和は思わず叫んでしまった。
何言ってんだこいつ!
だが、ここで重要なのは真実かどうかじゃない。ウーサーがどちらの言い分を信じるかどうかだ。
そして、それは考えるまでもなく決まっている。
「何だと……?おい、貴様、アーサーの侍女でありながら、そのような醜態をさらすなど……不敬罪に当てはめ、処刑してくれる!!」
うそでしょ!?
どうやらよっぽどウーサーの虫の居所が悪い時に事件を起こしてしまったようだ。
機嫌で刑の軽重が決まるなんておかしな話だが、それは今言ってもしょうがない。
「国王陛下、この侍女は無実です。それは、この僕が保証いたします」
「貴様のような訳の分からない発言をする者の証言を信じられるか!」
ランスロットが佐和の身を守ろうと声を張り上げてくれている。
気持ちはありがたい。が、逆効果だ。
そりゃ、そうだ!宴の席であんだけ意味不明発言して!発言能力無い認定されて当たり前だっつーの!!ランスロットの発言をウーサーが信じる訳無いじゃん!
アーサー!!お願い!早く来てー!!
「……へ、陛下……」
騒然とした場に小さく割り込んだ声に周囲が一気に静まり返った。
先ほど隠れた部屋の扉からグィネヴィアがおずおずと顔を出している。
「グィネヴィア姫、何故そのような所に?」
「陛下、ランスロット様のおっしゃっていることは本当ですわ……。その者が私を無理矢理……それをランスロット様と侍女が助けてくださったのです」
「何だと!?」
「どうか、寛大なご処置を」
グィネヴィアの要望を聞いて、ウーサーの怒りの矛先が百八十度変わった。
今日一日で貯まりに貯まった怒りのエネルギー全てが、自分の足元にまとわりついていたペリアスに向けられる。
ウーサーの怒気に当てられたぺリアスが「ひぃ」と短い悲鳴をあげた。
「アルビオンの名にふさわしき闘いをすると誓った戦士が……恥を知れ!!衛兵!この者を牢へ!明日の準決勝への出場も取り止めとする!」
「そんな……!」
打ちひしがれたペリアスの両脇を衛兵が抱え、廊下を引きずるようにして連れ去って行く。
とりあえずグィネヴィアのおかげで、誤解は解けたようだ。
ようやく佐和は胸を撫で下ろした。
「全く……なんという宴だ。他の者は好きにせい!私はもう部屋へ戻る!!」
怒り狂ったウーサーがその場を後にする。
残った参加者達は互いに顔を見合わせていたが、ウーサーがいないのに盛り上がるわけにもいかない。一人、また一人と散り出した。
最終的に廊下には佐和とマーリン、ランスロット、それから扉から身体を半分出したままのグィネヴィアだけが残る。照れくさそうにグィネヴィアがランスロットを上目使いで見つめた。
「あの……宜しければ中へ。少し落ち着きましょう。ランスロット様」
「ありがとうございます、グィネヴィア姫。御言葉に甘えて。―――では、行きましょうか。サワ殿、マーリン殿」
「え?」
「え?」
ランスロットの予想外の提案に佐和とマーリンだけでなく、グィネヴィア姫も驚いていた。
本日も二話更新予定です。