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次の日、馬車は王都に辿り着いた。
今まででこぼこの舗装されていない道を走っていたのが振動でわかったが、ある時から舗装された石畳を車輪が転がっているような音が聞こえてきて、お尻越しに伝わってくる振動も規則正しいリズムに変わった。高い位置にある鉄格子からは青い空しか見えないが、人の喧騒が聞こえてくる。
しばらくして、喧騒がだんだんと小さくなっていったところで馬車も止まった。今まで暗かった馬車の扉が開かれた瞬間、まぶしさのあまり佐和は目を細めた。
「さっさ出ろ」
扉を開けた兵士に急かされて馬車から降りた佐和達の目の前に、大きな石作りの壁がそびえ立っていた。
自分たちがいる石畳の広場のような所から背後には橋が架かっている。その門の向こう側に街並みが少しだけ見える。カーマ―ゼンの農村とは全く違う所狭しと並んだ木造の民家や店の前をたくさんの人々が行き交っているようだった。
「今回収容される魔術師は6人だ。おら、進め」
馬車の中にいたのは佐和たち以外に三人。初老の老人とがりがりに痩せた青年と中年男性が一人ずつ。全員兵士の誘導のまま目の前の壁にある小さな木造の入口に大人しくついて行った。
手には鉄製の手錠がはめられているし、逃げようにも背後は跳ね橋だ。すぐにその先の門も閉じられるようにできているだろうし、ここで逃走するのは難しそうだった。
仕方なく、ブリーセンとミルディンの後に佐和も続く。
壁には大きな木造の門もあるが、佐和たちが通ったのは横の通用門みたいな小さな扉だ。扉をくぐり、最初の石畳の広場を抜けて、建物に入ると、今まで見てきた木造民家とは全く違う灰色の石作りの建物が広がっている。
なんか神殿みたい……。
大きな柱で支えられた廊下を進んで行く先に光が見えた。どうやらそこで通路が終わっているようだ。
眩しい?外?
長い廊下の先の光に向かって出て行くと、そこは庭だった。草木が植えられ、あちこちに水路が張り巡らせられている。ところどころにはキレイな花も咲いていて、中央には大きな噴水。とても収容所には見えない手入れの行き届いた庭だった。むしろ昔のお城の庭園のように整然としている。
庭を見て立ち止まる佐和たちを先導していた兵士が右手の通路から現れた人物に一斉に頭を下げた。
え?何?
「これは。これは。ご苦労様です」
「コンスタンス様」
出てきたのは兵士とは全く違う服をまとった初老の男だ。兵士たちは簡易な鎧を身に着けているけれど、この男はどちらかというと執事のような燕尾服を着ている。絶えず汗が額に浮かんでいて、それを手に持ったハンカチで拭いながらコンスタンスと呼ばれた男は兵士にへこへこした。顔に刻まれたしわと几帳面に整えられた髪がより一層この男を神経質に見せている。
「あとはこちらでうまく行いますので」
「よろしくお願いいたします」
コンスタンスに佐和を預けた兵士たちはさっき来た道をあっさり引き返して行った。
「さて、みなさん。まずは講堂に行きましょう。おっと……それから、これを忘れていました」
そう言ったコンスタンスはおもむろに懐から短い枝みたいな杖を取り出した。その杖を一番近くにいた男魔術師の腕に付けられた手かせに軽くぶつけると、手かせはいとも簡単に外れる。音を響かせて地面に落ちた手かせを見つめている佐和たちを意にも介さず、コンスタンスは次々と佐和たちの手かせを外していった。
「逃げたらどうするんですか?」
最期に最後尾にいた佐和の手かせを外したコンスタンスに、思わず聞いてみると、コンスタンスは杖の代わりに取りだしたハンカチで額の汗をぬぐった。
「はあ、まあ、そうなると、困りますが……みなさん、この後講堂でのお話を聞けば『逃げる』という発想がなんと愚かか気が付くと思いますよ。はい。もっとも、皆さんごときが抵抗したところで負けはしませんが」
見た目は頼りない中年のおっさんなのに。最後の言葉はまるで地面にリンゴが落ちるのは当たり前だという話と同じテンションで話していることが信じられない。それだけ自分の力に自身があるということだろうか。
「では行きましょうか」
「……待て。……そもそもどういうことなんだ?」
コンスタンスに戸惑いながらもついて行こうと歩き出した全員の足がミルディンの声で止まった。両手が自由になったミルディンはコンスタンスを睨みつけたまま動こうとはしない。
「今のは魔法だ。なぜ、魔術師がこんな所で自由にしている?」
「ええ、そうですね、はい、それも講堂に行っていただければ。はい」
ミルディンに睨まれたコンスタンスはまた汗をハンカチでぬぐいながらも、すたすたと歩きだした。
残った佐和たちは一度互いに様子を伺い合ったが、付いていくしか選択肢はない。仕方なく全員コンスタンスについていった。
さっきまでいたのは建物の中央にある庭らしい。どちらを向いても渡り廊下が続いていて、そこをコンスタンスは迷いなくすいすいと進んでいきながら、後ろを振り返りもせず淡々と話し始めた。
「皆様、こちらの施設をどう、えー、考えて、いらっしゃいますかね?」
「魔術師たちが極刑になるまでの収容所だろ!それがどうした!」
佐和たちと一緒に連行されてきた男の憤った声が廊下に響く。
確実に近づく死のプレッシャーのせいか、それともわけのわからないこの状況に苛立っているのか語気が荒い。
「それは仮初の姿になるんです。これが。ええ」
「仮初?」
「ええ、はい。詳しくはまあ、後程」
男の怒鳴り声にもコンスタンスは一貫してただ気弱な態度を貫くと、ふいに足を止めた。コンスタンスが立ち止ったのは渡り廊下の一角、大きな扉の前だった。その扉を何の躊躇もなくコンスタンスは両手で押し開く。
「そこらへんで、ま、待っていなさい」
案内された部屋はまるでファンタジー小説に出てくる協会のような広い天井のついた部屋だった。
講堂というのも納得できる。机や椅子はないが、部屋の中には学校の朝礼のように大人数が並んでいた。全員黒のローブを身にまとっていて、年齢や性別はさまざまだが、比較的若い人が多いように見える。皆思い思いに談笑しており、明るい雰囲気の部屋だった。
また部屋の奥には壇があり、壇の背後には女神が描かれたステンドグラスの大きな窓がある。壁際だけではない。見上げれば天井にも天使が描かれたステンドグラスがあった。
佐和はここにいる黒いローブの人々を見まわした。
このローブには見覚えがある。ファンタジー小説で魔女、魔法使いといえばこの恰好で出てくると言っても過言ではない。
もしかしてここにいる、これ全員……。
「これ全員、魔術師……なのか?」
自分の声が勝手に漏れたかと思ったが、つぶやいたのは佐和の後ろにいたミルディンだった。その顔は信じられない光景に唖然としている。他の連れてこられた人たちも同じように全員口をぽっかり開けていた。
一方、講堂に元からいた人たちは佐和たちのことは一切気にならないようで、談笑したり、大人しく壇上を見て待っていたりリラックスした様子だ。
「一体何が始まるんだろう……」
よく見ると講堂に並んでいる人の黒いローブはお揃いのデザインだ。その手には大なり小なり杖を持っている。顔つきは様々だが、何度見てもこの場にいる全員がとてもこの先、死刑にさせられる人達とは思えないほど普通の表情だ。
「どういうこと?」
「……俺に聞かないでくれ」
予想とは全く違う異質な光景に佐和は思わず傍にいたミルディンの服の裾をつかんだ。
「あ、ごめん……」
無意識につかんでいた袖を慌てて放した。普段なら会って一週間足らずの相手にこんなことは絶対にしないが、あまりにも意外な展開に思わず体が動いていた。
「……」
ミルディンから特に返事はないけれど、怒ってはいないようなので佐和は改めて周りを見渡した。
よく見るとローブを身にまとっていない者もそれなりにいる。その人達は佐和たちと同じように戸惑った様子であたりをきょろきょろと見まわしている。その人達の性別や年齢もやっぱりバラバラだった。
大人しく列の後ろに佐和たちが並んだタイミングで魔術師たちが一斉にざわめきだした。
一瞬自分たちのことで騒がれたのかと思ったが、よく見れば皆、壇の上に現れた人に視線が釘付けになっている。
そこに登壇した人物に佐和の目も奪われた。
キレイ……。
壇の上に登場したのは佐和よりも小柄な女性だった。