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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第八章 忍び寄る邂逅
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page.206

       ***



 冷たい雨が肌を打つ感覚がなくなってどれくらい経ったのかわからない。

 ただ路地の影に座り込んでいたモルガンは、ようやく『それ』の存在に気付いた。


「……あなたは、私を迎えに来たの?」


 モルガンが座る場所よりも路地の奥深く、濃い影の中に『それ』は立っていた。

 顔も形も表情も無い。

 だが、確かに『それ』はそこに立って、モルガンを見ていた。

 修道院で聞かされた迎えが来たのかと思ったが、修道女たちの話と大分使者の姿形は違うように思えた。しかし、この場所から連れ出してくれるのなら、見た目は大した問題ではないように思う。


「……イマハ、マダ」


『それ』に声は無かった。

 モルガンの脳裏に直接、低く、くぐもるように声が這う。だが、恐怖も何も無い。

 ただ『そういうもの』なのだと、モルガンは『それ』を受け入れていた。


「そう……」


『それ』の返答にモルガンは何も感じなかった。

 絶望も希望もない。

 選択肢が消えただけだ。

 そこまで考えて、自分の頭に浮かんだ選択肢という言葉にモルガンは疑問を抱いた。

 選択肢?

 何を選ぶの?

 選べるものなど―――何もないのに。

 このまま、ただここで朽ちて行くだけの自分に選択肢なんて。


「アル」


『それ』は靄のようにモルガンの頭にささやきかける。

 モルガンは初めて『それ』を直視した。

 影から生まれたような黒い霧。『それ』が路地の闇からモルガンを見つめている。


「サズケヨウ、チカラヲ。イキル、スベヲ」


 黒い靄がモルガンに忍び寄る。

 小さな素足に触れた靄に嫌悪も温度も感触も無い。


「……どうして、私を助けてくれるの?」


 モルガンの問いに『それ』は笑った。


「オナジ。イツカマタアウ。ソノヒマデ」


『それ』にモルガンの全てが包み込まれていく。



 生まれて初めて、深く眠ったような気がした。



       ***



「それでは、闘技大会の準決勝の出場者たちを祝い、乾杯と行こうではないか」


 ウーサーの音頭であちこちでグラスがぶつかり合う。

 王宮の宴用の部屋に集まったのは、主に今日の試合で勝ち残り、明日の準決勝に臨む四人の戦士と、それを祝うため集まった騎士や、王宮の重臣達だ。

 ウーサーの騎士が負けてしまい、第二ブロックでも結局勝ち上がって来たのは、ぺリアスという傭兵と例のランスロットだった。

 二回戦までを勝ち抜いてきた勝者四人の武勇を称えるというのが宴の名目だが、ウーサーの内心は穏やかではないだろう。

 その証拠にウーサーは最初の乾杯の音頭を取っただけで、仏頂面で自分の席に荒く腰掛けている。他の者達は立食形式で各テーブルを囲み、会話に花を咲かせているにも関わらず、だ。

 王宮を活気づけるっていう目標もこれで達成だね。

 以前と同じで、給仕として会場中を歩き回る佐和は、明るい様子の人々を見ながら、なんとなく安心した。

 ウーサーの隣に座っているアーサーも騎士に話しかけられ愉快そうに話している。やっぱり今日は楽しそうだ。

 その横にはグィネヴィアが腰掛けていた。

 ようやく会えたアーサーに目が釘付けの彼女だが、自分からアーサーには声をかけられず、ただもじもじと健気な様子でアーサーから話しかけてくれるのを待っている。

 しかし、しばらくアーサーへの人波は途絶えそうに無い。


「国王陛下、王太子殿下、グィネヴィア姫」


 そして次に上座の三人に歩み寄ったのはイウェインだった。

 今日は騎士就任の宴で周囲を騒がせたドレスではなく、普通の騎士男装をしている。正確無比なイウェインの騎士の礼を見たウーサーが、しぶしぶと言った体で口を開く。


「……イウェイン卿、中々の剣筋だった」

「ありがたきお言葉」


 何だろう、あれ?

 いつの間にかアーサー達の前に小さな列ができている。


「何か、参加者は最初に国王たちに挨拶するらしい」


 不思議がっていた佐和の背後からマーリンが声をかけて来た。そのまま横に並び、目線でイウェインの後ろを指す。

 マーリンの言う通り、イウェインの後ろに並んでいたのは本日大会初日を勝ち抜いた参加者達だった。イウェインの後ろには、第二ブロックの勝者の傭兵ぺリアス、そしてランスロットが並んでいる。


「あれ?あの鉄仮面……ネントレスだっけ……がいないね?」

「俺も気になった。ケイにさっき聞いたら、具合が悪いとかで欠席らしいけど……」

「……怪しいね」


 もし、ゴルロイス達が刺客を送り込んで来ているなら、可能性のある三人の内、素顔を隠しているネントレスは最も怪しい人物だ。しかも宴に参加もせずにいるなんて、疑ってくれと言わんばかりの不審な行動。


「さっきの話……途中になったし、隙を見て少し抜け出そう」

「わかった」


 結局、マーリンにランスロットの事は伝えられていない。

 ネントレスの事も含め、話し合う必要があるが、抜け出すとすればもう少し宴が盛り上がって、仕事が落ち着いた当たりが狙い目だろう。これだけ人がいれば、アーサーもいちいち佐和達の居場所など把握してはいない。


「じゃあ、また後で……」


 声をかけて、とマーリンに言おうとした所で佐和は固まった。

 ウーサーの前にランスロットがちょうど歩み寄ったところだったからだ。

 闘技大会でも彼はとんでもない発言をいきなりぶちかましていた。それを考えるとまた何かしでかしかねない。

 マーリンも佐和の目線の先に気付いて、一礼したランスロットを見つめている。


「国王陛下、王太子殿下、グィネヴィア姫。この度はこのような宴をご用意いただき、真に感謝いたします」


 あれ……意外とまとも?

 心配した佐和を余所に、ランスロットは相変わらず年齢には似つかわしくない手慣れた様子で礼をした。その様子をウーサーが機嫌の悪そうな目つきで睨んでいる。


「……湖のランスロットと言ったな」

「はい、陛下」


 ウーサーの低い声の問いかけにも彼は和やかなままだ。

 相手が不機嫌だとわかっていないのか、元々ああいう性格なのかはわからない。


「アーサーの騎士になりたいなどと、会場では抜かしていたが……騎士となるために必要なものが何か、わかって言っているのだろうな?」


 キャメロットの掟では、騎士になるにはまず第一に貴族でなければならない。恐らくウーサーはそこを突いているのだろう。

 鎧も剣も借り物だった彼がどこかの貴族の子息には見えないし、貴族の血縁者なら家名を名乗るはずだ。でも彼の登録した名前は『湖のランスロット』という不可思議な呼び名だ。


「はい、もちろんです。国王陛下。貴婦人に礼を振る舞い、弱きを助け、強きを挫く、誠実なる戦士だと心得ております」

「そうでは無い……」


 ランスロットの自信満々の回答にウーサーが眉間を揉んだ。

 本気で間違えたと思っていないランスロットはウーサーの様子を見て、首を捻っている。


「いいか、まず騎士は貴族でなければならない。これはキャメロットの法によって定められた事なのだ。故にお前がアーサーの騎士になるなど在り得ん」

「そうなのですか?」


 ウーサーの横で問いかけられたアーサーも苦笑している。

 ランスロットは本気でわかっていなかったようだ。目をぱちくりさせている。


「第一貴様のその名は何だ?湖のランスロットなど……ファミリネームが湖とは……湖ででも育ったのか?」

「父上」


 アーサーがたしなめるが、ウーサーの揶揄は止まらない。にやけた顔でランスロットを見下した。ウーサーの周囲の取り巻きもひそひそと笑い声を漏らす。

 それに対してランスロットは、誰もが予想だにしなかった反応で答えた。

 嫌味を言われたはずなのに、ランスロットはただにっこりと笑ってウーサーの悪口に頷いたのだ。


「はい、国王陛下のおっしゃる通りです」

「な!?」

「は?」

「え?」


 戸惑うウーサー達の前でランスロットは真っ直ぐ背筋を伸ばした。


「私は湖の妖精に育てられし人間です。故に湖のランスロットと名乗らせていただいております」




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