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「はぁ!とぅ!」
防戦一方の相手に対し、自分の攻撃は確実に向こうの体力を削っている。その手ごたえにウルフィンは思わず口角を上げた。
悪い癖だ。勝利を確信した時の快感。それがたまらず、幾度となく戦場へと駆り発った。
だからこそ、自分はウーサー王について来た。
強き者、能力のある者が力を発揮する。それこそが真の<持つべきものの義務>だ。
世界は平等では無い。
力のある者、権力のある者、知恵のある者、賢い者、見目麗しい者。
持つべき者と持たざる者は確実に分かれている。
そして、自分の主君であるウーサーは数々の戦で勝利を収め、小国に分かれ争っていたこの土地を統一した絶対の最初の王。
その姿は、まさに持つべき者だった。
そしてその王が最初に騎士に任命した自分もまた、持つべき者だ。
それがウルフィンの誇りであり、自慢だった。
持たざる人々を導くのが持つべき者の義務。しかし、そのためには常に王は持たざる者から『持つべき者』として崇められる存在でなくてはならない。
それなのに……一体、殿下は何を考えているのか……!
貴賓席で涼しい顔をしているアーサーを内心、ウルフィンは睨みつけた。
あの若造はわかっていない。ウーサーの権威を保つ事がどれだけ重要か。
そのために自分がどれほどの心血を注いできたのか。
―――ここで、こいつを打ち倒し、殿下の騎士に勝つ!さすれば、ウーサーも自分の有用性を今一度理解するはず!!
ウルフィンの野望のためにも、この試合絶対負けるわけにはいかなかった。
ボール卿め……女騎士を認めるだけでなく、褒め称えるなど、陛下の騎士として恥を知れ!
憤怒を込めた自分の一撃を、相手は今度は盾ではなく剣で受け止めた。拮抗した力で鍔迫り合いになる。
「……反省しているか?」
その声はくぐもっていた。これほど近くにいるウルフィン卿ですら聞き逃しそうなほどこもった声。それは敵の鉄のヘルムの隙間から漏れ出てくる。
「おや、しゃべれたのか?しかし、質問の意図がわかりかねるなっ!」
何を反省する必要があるのか。
何を指しているのか全くわからない。
押し戻そうと剣を握る手に力を込めるが、相手の剣はぴくりとも動かない。
「お前は二十五年前、過ちを犯した。それを悔いているか?」
その言葉にウルフィンは眉を潜めた。
二十五年前。過ち。
その言葉から連想される事件はあまりにも多い。
「貴様、一体何者だ?」
二十五年前はまさにウーサー王がアルビオンを平定し、キャメロットを築いた時代。
国が成り立ったのだ。その中で様々な事件や混乱が生じた事に異議は無い。だが、その時の自身の過ちなど、思い当たる節も無い。
なんせ私はその国を創った人間の、騎士なのだから。
……万が一、考えられるとすれば、この男はウーサーに負けた元騎士かもしれない。ウーサーと敵対し、領地を取り上げられ路頭に迷った貴族たちは多い。そのうちの一人がウーサーの腹心である自分に逆恨みでこういった問いかけをしているのならば、わからなくもない。
「わからないのか?」
「知らんな。どうせ負け犬の遠吠えだろう。そんな悪趣味な鉄仮面も知らぬしな」
「……見た目で人を判断する。この声を聴いてもわからぬと言うのか」
「知らんと言っているだろうが」
ウルフィンは今一度渾身の力で鍔迫り合いを押し戻した。一度距離を取り、追撃の一太刀を振り下ろす。しかし相手はただ防御するのではなく、盾を使ってウルフィンの剣を弾いた。
「なっ……!」
体勢を崩したウルフィンに向かってネントレスが追撃を加えてくる。先程までとは違う猛攻に、ウルフィンは盾を使って凌ぎながら反撃の隙を伺った。
何だ……?突然、攻撃の気質が変わった……!?
今までと同一人物とは思えないほど苛烈な攻撃。ウルフィンの額から汗が流れ出す。
反撃の隙が……掴めん……!!
「お前は、ウーサーが王にふさわしいと、本当に思っているのか。自分のしてきた行いがどんなものだったか、振り返り見た事があるのか」
「何を言って……!」
無礼にもほどがある。
ウルフィンの怒りは頂点に達した。
「陛下がやってきた事は偉大だ。そして、私もそれを全力で手助けした。だからこそ、今、この国は平和を保っている!それを外部者が偉そうに」
ネントレスは何も答えなかった。
聞くだけ聞いておいて返答が無いことに、ウルフィンはさらに苛立った。
一体何なんだこいつは。
―――斬ってやる。
ウーサー王がどれほどの重圧を抱え、国を導き、人を先導し、決断を下して来たか知らず、批判している人間を斬るのは自分の役目だ。
闘技大会で相手の命を奪っても罪にはならない。ウルフィンは相手の急所目掛けて攻撃を加えるつもりで盾を持つ手に力を込めた。
反撃の機会を得なければ、攻撃には出られない。
ウルフィンの殺気を感じ取ったらしい。ネントレスの十字の切れ込みから覗く瞳がウルフィンと合った。その瞬間、ウルフィンの脳裏に何かが引っ掛かった。
俺は……この男をどこかで……?
その一瞬の隙を相手は見逃さなかった。
余りに重い一撃に、盾がウルフィンの手から吹き飛ぶ。
「なっ……!」
次の瞬間、ウルフィンの足をネントレスの剣が切り裂いた。
「ぐわぁぁぁ!!!」
地面に倒れ込んだウルフィンに相手の追撃は無い。だが、立ち上がろうとしても力が入らない。
「勝者、ネントレス!!」
審判の宣言にウルフィンは体中が沸き立つように熱くなるのを感じた。足の痛みを凌駕するほどの恥辱。
立ち上がる事ができず、倒れたまま貴賓席に目を向けると、ウーサーの怒りの視線がウルフィンを刺している。
こんな屈辱を……陛下の前で!
兵士に運び出される間もウルフィンは恨みのこもった目で鉄仮面の後頭部を睨みつけていた。
***
「うぉー!あの鉄仮面!ウルフィン卿にも勝っちまったぞ!」
「ウーサー王、形無しだな」
見た目にもすぐにわかる。かろうじて席には着いているものの、ウーサーがひどくこの結果を不満に思っているのは明白だ。
「後、ウーサー王の騎士って残ってないんだっけ?」
「次のブロックの四人は全員騎士じゃない人物が勝ちあがって来たからなー。もう手の打ちようが無いだろう」
「何だか申し訳ないような……」
生真面目なイウェインはウーサーの様子に心を痛めているようだが、佐和からすれば同情する余地は無い。
そもそも、これは大会なんだから自分のお気に入りの選手が負けたからと言って主催者が不満を持つこと自体不公平だ。
「ま、こうなったら新しい騎士探しって名目に切り替えるだろ。そこらへんは親父がうまく誤魔化すさ」
ケイもガウェインも大してウーサーの機嫌の事は気にしていないようだ。軽い調子で会場を見ている。
それはアーサーも同じようで、今回の闘いにも賞賛の拍手を冷静に贈っているだけだ。
ウーサーの鼻を明かし、イウェインを有名にする。その裏の目的は晴れて達成されたわけだが。
後は……モルガンの一味。
残りの出場者は皆、騎士ではない。そうなれば、イウェイン以外の全員が容疑者だ。
「むしろ俺たちはこっから気を張って、様子を見ておかないとな」
ケイの一言で全員気を引き締め直した。よく見れば、ケイもガウェインもイウェインも帯刀している。
何か起きた時、すぐに動けるようだ。
優勝すれば、アーサーを公の場で殺す機会が与えられる。だが、それをモルガンの一味が大人しく待つとは限らない。
佐和も心新たに会場に目をやった。
本日は二話更新します。続きは20時更新予定です。