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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第八章 仮面の向こう
205/398

page.204

       ***



 親の記憶は無い。

 物心ついた頃には修道院に預けられ、そこで日々を過ごしていた。


 幼い頃のモルガンは、何の変哲もない少女だった。


 何の力も持たず、意思も持たず、感情も持たず、ただ決められた無欲の日々を繰り返す毎日。

 その日々の事は正直あまり良く覚えていない。ぼんやりとそんな感じだった気がすると思うぐらいだ。

 しかし、そのぼんやりとした日々がどれだけ平和だったのか、モルガンは後に思い知る事となる。


 モルガンの暮らしていた修道院は戦火によって焼き払われ、モルガンはただ一人、生き残った。


 なぜ生き抜けたのかはわからない。

 気が付けば、知らない街の知らない路地に一人、立っていた。

 途方に暮れ、立ち尽くす。そんなモルガンに声をかけて来た男達がいた。

 その時の事は、もう思い出したくもない。


 修道院で神に訳も分からず祈り、食事を得ていたモルガンに、人を疑うという知識は無かった。

 男達にぼろ雑巾のように扱われ、何もかもを奪われ、どれほど世の中は理不尽なのかを知る。


 それは初めての不平等だった。


 しかし、よく考えればモルガンの人生は最初から不平等だった。

 修道院の薄い記憶の中でも、他の修道女たちが会話している中にモルガンがいたことは無い。その者達に何か心配りをされたことも無い。

 良く考えれば熱を出した時さえ、一人耐え忍んだのだ。


 痛む身体を引きずり、辿り着いた薄汚い路地裏の影でうずくまった。もはや意味を失くした布きれとなった服だったものをかき集め天を仰げば、曇天から雨が降り始める。


 雨の匂い。土の香り。泥の感触。


 モルガンの人生はそこから始まった。


 そして、その時点で終わっていたのだと気付くのは―――もっと後の話だ。



       ***



 ウルフィン卿とネントレスの闘いは、ウルフィン卿の圧倒的優勢で進んでいる。その迫力に息を飲んでいた佐和達にイウェインが合流した。


「イウェイン!おかえり!おめでとう!!」

「ありがとう、サワ」

「あのボール卿に勝つなんてさすがじゃねえか!!すごかったぜ!イウェイン!!」

「ガウェイン殿……」

「お疲れ様」

「マーリン殿もありがとう」


 照れながら一人一人に祝福を受けたイウェインが、最後にケイの顔をちらっと見た。まだ何も声をかけていないのは彼だけだ。


「おい!ケイ!!おめえも同志の勝利を祝えよ!!」


 ナイス!ガウェイン!さすが空気の読めない男ナンバー1!

 何も言わない笑顔のケイをガウェインが肘で思い切り小突く。

 今ならわかる。イウェインに好意を寄せているケイが素直にイウェインを褒めるなんて事、できるはずがない。茶化すに決まっている。しかし、このフリならば逃げられまい。

 ケイはイウェインと向き合うと―――努めていつもと同じへらっとした笑顔を向けた。


「あー…………おめでとう?」

「なぜ疑問形なんだ!!」


 語尾に疑問符をつけたケイの賛辞に、イウェインがぷりぷりと怒り出す。

 ケイに言われるまではどきどきしていたはずなのに、それを必死に隠して、疑問符付きの褒め言葉に憤ってみせながら―――実はちょっと残念に思う気持ちを押し殺している。

 そして、ケイも表情にこそ出していないものの、真正面から伝えた事に照れているに違いない。

 ……なんだぁぁ!!この萌えカップル!!!早くくっつけよぉぉ!!


「サワ?」


 一人で悶えて両手で顔を覆っている佐和の奇行にマーリンが首を傾げている。慌てて佐和はマーリンを手で制した。


「それ以上、言わないで。マーリン。今、ちょっと私、萌え衝動抑えてるから」

「もえ?」


 くだらないやり取りをしている間に大会の状況が変わったようだ。大きな歓声が巻き起こる。


「な、何が起きたの!?」


 慌てて会場に目を向けると、今まで劣勢だったネントレスが、盾でウルフィン卿の剣を弾き返したところだった。

 大きく体勢を崩したウルフィン卿を追い詰めるように今度は無表情の鉄仮面が猛攻を仕掛け始める。


「お!謎の鉄仮面!!ついに反撃か!?」


 楽しげなガウェインの横でケイやイウェイン、マーリンさえも、まさかの反撃に感心している。

 しかし、その横で佐和は十字の切り込みの奥の瞳が見えなくなった事に心もとなさを感じていた。

 何だろう……。

 さっきまで、彼は何かを待っているようだった。

 そして、今は……。


 泣いてるみたい……。


 彼の猛攻はまるで泣きじゃくる子どもが振り回す手のように見えた。




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