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「それではネントレス対ウルフィン卿の対戦を始める。試合開始!!」
審判の合図で開始の鐘が鳴る。互いにいきなり攻撃に出たりすることは無く、距離感をはかるように間合いを保ち、相手の出方を伺い続ける。しばらくは、じりじりとした睨み合いが続いた。
すごいプレッシャー……。なんか、肌がピリピリする……。
沈黙を破り、先に動いたのはウルフィン卿だった。それを皮切りにウルフィン卿の猛攻が始まる。
「ウルフィンのおっさん。そこまで衰えちゃいねぇみたいだな」
ガウェインの感想を聞かなくても佐和にだってわかる。
刃のぶつかり合う音は激しく会場に響き、左腕の盾で防戦一方のネントレスは勢いに押され、徐々に下がり続けている。
「いいぞ!そこだ!」
一般の歓声に交じってウーサーがウルフィン卿の攻撃に興奮している声が聞こえた。
自分の騎士の誉れは主人の誉れ。
さっきのボール卿と違い、ウーサーを喜ばせる事が第一らしいウルフィン卿の闘いにウーサーも満足げだ。
「ウルフィン卿、本気だな」
ケイの呟きにマーリンが反応した。
「そうなのか?」
「さっきも言ったけど、あの方は陛下至上主義だからな……ボール卿の失態を取り返すつもりだ。本気で勝ちに来てる」
「確かに太刀筋に気迫があんなー」
騎士であるケイやガウェインはウルフィン卿の剣筋だけで内面まで読めるようだ。
言われてみればウルフィン卿は顔に青筋を立て、一撃一撃に全力をこめている。
ムキになってるとも……言えるかも……。
彼は必死だ。それもそうだろう。
ボール卿が負けたという事は、ここでウルフィン卿が勝ち上がってイウェインを倒さなければ、ウーサーの騎士よりアーサーの騎士の方が優れている事が証明されてしまう。
ま、アーサーの狙いはそこなんだけどね……。
だが、ウーサー至上主義の人間にとって、そんな事は受け入れられるものではない。
「今は盾で防いでるけど、あれじゃ、そのうち限界が来るぜ」
ガウェインの言う通り、ネントレスは防戦一方で反撃できずにいる。
今のままなら少しでも攻撃がヒットし、体勢を崩した瞬間、ウルフィン卿にトドメを刺されるに違いない。
変なの……。
佐和は鉄のヘルムで覆われたネントレスという人物を見つめた。
視界を確保するための十字の切り込みから彼の瞳が少しだけ見えた。その目に焦りはない。
静かにウルフィン卿を見つめている。
まるで何かを待っているみたい……。
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観客席の中でも一般市民用に与えられている立ち見エリアの人ごみの中から、モルガンは会場の中心で剣を振るうウルフィン卿と鉄仮面の男ネントレスの闘いを静観していた。
優勢なのは、あのウーサーの騎士だ。
多少老いたとは言え、変わらない。細長い顔つきにこけた頬。きっちりと整えた白髪にひょろりとした体格には似合わないぎらついた目。
見ているだけで吐き気を覚える。
目深までフードをかぶっているので、周囲からモルガンの表情は見えない。それでも彼女は感情を表に出さないように懸命に唇を噛みしめた。握る拳が震える。
蘇るのは冷たい雨が体中を浸す感覚と、泥の匂い。
最期のあの人の笑顔。
そして―――それを連れ去ったあの厭らしい瞳。