page.202
***
一回戦目と違い、イウェインとボール卿の決着は一瞬で済むという物ではなかった。
互いに何度も攻撃を加えるが、ボール卿の攻撃はイウェインに全て躱されてしまい、イウェインの突きも致命的な傷を与えるものだけを的確にボール卿は避け、決定打を与えるには至っていない。
切迫した剣技のぶつかり合いに会場の興奮は最高潮だ。
「まさか女性にこれほど血湧き肉躍るとはっ……!!素晴らしい剣技だ!イウェイン卿!!」
「ボール卿。貴殿こそ。その一撃、一撃の凄まじさ。長き鍛錬と磨き抜かれた腕力、感服に値する!」
「ははは!!楽しくなってきたが、そろそろ終いにするかああ!!」
「そうしよう……!!」
ボール卿が渾身の力で攻撃を加えようと剣を掲げた。回避のためにイウェインが後ろに跳んだ瞬間、巨体とは思えないスピードでボール卿が持っていた剣を横向きに持ち直し、一歩踏み出す。
「素晴らしい回避力!だが、空中では避けきれまい!!」
ボール卿の振り上げた攻撃体勢はフェイントだった。すぐに剣を持ち直しイウェインの左側から切りかかる。
イウェインはレイピアを右に持っている。左側からの攻撃への防御は不可能だ。
「イウェイン……!!」
佐和はイウェインが真っ二つになるところを想像して悲鳴を挙げた。
ボール卿の刃が振り切られる。
―――しかし、イウェインはふわりと、後ろに着地しただけで、傷1つない。
「な……!!」
ボール卿だけでなく、会場中が驚愕している。
振り切ったボール卿の刃の切っ先が、真ん中からぽっきりと折れ、無くなっていたのだ。
その瞬間、折れた剣先が宙を回転しながら落下し、二人の横の地面に突き刺さった。
「……決勝まで手の内を隠しておきたかったのだが、さすが、豪腕と詠われた騎士。すばらしい一太刀でした」
「おまえのそれは……そうか……仕込んでいたのか」
イウェインの左手には見たことのない短剣が握られていた。小さな三つ叉の鋭い形だ。
「ケイ、何あれ?」
「パリーイングタガー。左手用武器で防御に使うんだ。イウェインのブラウス、左手だけ袖口が広がってるだろ?あれはあいつを中に仕込むための仕様なんだよ。いつでも出せるようにしてある」
「あれでボール卿の剣、折ってた」
「すげーな、マーリン!おまえ本当に目、良いんだな!大抵の奴は何が起きたかわかっちゃいないと思うぞ!」
「すごいな、マーリン。普通は見えない。パリーイングタガーは剣を折るための武器だけど、あんな速度の横薙攻撃を見切って、空中で折るなんて、常人には無理だよ」
つまり、イウェインは左手に隠し持っていたあのタガーでボール卿の横薙の攻撃を見切り、正確に自分を切り裂くであろう刃の部分を折ったわけだ。その結果、ボール卿の短くなった刃はイウェインまで届かず、空ぶったことになる。
どこか自慢気に話すケイの姿に、さっきまでイウェインが死んでしまったかもと冷や冷やしていた気持ちが溶けた。
きっと、たくさんの鍛練のせいかなんだろう。
「決着だ!」
イウェインが踏み込み、神速の突きをボール卿の喉元で止めた。
実戦なら、もう勝負はついている。
「……勝者、イウェイン卿!」
審判の判定に歓声が一気に爆発した。
切っ先を突きつけられているボール卿も肩をすくめ、降参のポーズを取っている。それを確認したイウェインが剣を鞘に収めた。
長く息を吐き出したイウェインを見ていたボール卿が一歩近づく。
「初めは女性が騎士になったなどと聞いて、舐められたものだと憤ったものだが……その失言は撤回する!素晴らしい剣士だ!」
「……ボール卿……いえ、こちらこそ、名高い貴殿と剣を交える事ができた事をとても光栄に思います」
「謙虚なところも良いな!!気持ちのいいやつだ!!」
快活な笑顔を見せたボール卿が折れた剣をぽいっと投げ捨て、右手をイウェインに差し出した。
「次に戦場で貴殿に背中を預けられる機会があれば、よろしく頼む―――イウェイン卿」
「……光栄です。ボール卿。きゃ……!!」
突然感極まっていたイウェインと硬く握手を交わしたボール卿が、そのままイウェインの腕を天高く突き上げた。
イウェインは突然のボール卿の行動に驚いて目を見開いている。
「素晴らしい新たなる騎士、イウェイン卿だー!!」
ボール卿のでかい地声が会場中に響き渡る。このパフォーマンスに会場の盛り上がりは最高潮だ。
あちらこちらから「女なのにすごいぞー!」とか「もっとやれー!」など賞賛の言葉が飛び交う。
良かったね……イウェイン。
申し分なく、イウェインを有名にするという目的はもう達成されたに違いない。
本人は大柄なボール卿に腕を持ち上げられ、戸惑いながら足先がぷらぷらしている状態で苦笑しているが、嬉しそうでもある。
「サワ、見て」
マーリンがこっそり目線で促したのは貴賓席の方角だ。会場の中心で喝采を浴びるイウェインを見るウーサーが歯ぎしりをしている。
「ざまぁ」
「はは……しかも、ボール卿がイウェインの事、宣伝しちゃったしね……」
ウーサーの目には「一体何を馬鹿なことをしているのだ、ボール!!」という怒声が込められている。向けられている本人はイウェインとの勝負に大満足だったようで気づいていない。
そして、ウーサーの横にいるアーサーはただ「素晴らしい闘いだった」と王子らしく冷静に拍手を送っているつもりのようだが、こっそり椅子の影で拳を握りしめたところが見えてしまった。
あはは……ほんと、残念、ウーサー。
喝采を浴び、イウェインとボール卿が退場する。一回戦と違い休憩は無く、次の試合がすぐに始まる。
「放っておいてもイウェインはすぐに来るだろうし。俺たちはこのままここで観戦するか」
「そうだなー!次の試合勝った方が、明日のイウェインの相手になるわけだしな!」
佐和は会場にもう一度目を向けた。入場したのは昨日と変わらず全身鎧で覆った鉄仮面の男ネントレス。
それに対するのはウーサーの腰巾着もとい古くから仕える騎士ウルフィン卿だ。
昨日の試合を見る限りではどちらも同じくらいの実力に見えたが……。
一番怪しい人物の登場に、さっきまでの和やかな観戦の空気がなくなる。
四人は真剣な目で謎の仮面の男の動向に気を張った。