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この世界のこのアルビオンという大陸にはいくつかの領土がある。その領土全てを治めているのがウーサー・ペンドラゴン。その人は多くの戦に勝ち、国を繁栄させてきた。
しかし、ある時聡明な王は過ちを犯す。
それは他国の王妃イグレーヌへの横恋慕だった。
長い間この大陸はいくつもの小国に分かれ、争い続け疲弊しきっていた。その時、他の大陸から異国の戦士が攻め入って来た。このままでは他民族に支配される。そう思った各王たちは代表を立て一致団結し立ち向かった。その後、その流れを汲んで王位についたのが現国王ウーサーだった。そして、その就任祝いの席において、ウーサー王は隣国コーンウォールの領主ゴルロイス公の奥方であるイグレーヌを見て一目で恋に落ちた。しかし、相手は既に婚姻した身。恋に身を焦がしたウーサー王は相手の国に戦を仕掛け、イグレーヌの夫であったゴルロイス公を亡き者にした。その上で未亡人となったイグレーヌを自身の妃にした。
イグレーヌが嫁いだ後、間も無くしてイグレーヌとウーサーの間に子が生まれた。そしてその時、悲劇は起こった。
ウーサー王を憎んだコーンウォールの生き残りが、ウーサーへの復讐を魔術師に依頼したのだ。しかし、その依頼は失敗し、魔術師の呪は誤ってウーサー王の側にいたイグレーヌ王妃にかかってしまった。
その結果、もともと気性の激しかったウーサー王は烈火のごとく怒り狂い、コーンウォールの生き残りを全員滅ぼした。しかし、それだけではウーサー王の怒りの炎は消えなかった。次に矛先が向いたのは依頼を受けた魔術師達だった。
元々、使える人間が少ない魔術は妖術として、忌み嫌われてきた。その状況の中、この事件をきっかけにウーサー王は魔術師全ての鎮静に乗り出したのだ。
魔法を使った者、魔法を使う者と関わった者全て極刑に値する。
そのおふれはすぐに国中を駆け巡った。そうして多くの魔術師や魔女が死刑になった。その後、魔術師達が死刑になるまでに入れられる収容所が設立された。それが魔術師強制収容所。入った者は二度と出ることのできない魔術師達の墓場。
それが佐和がミルディンから聞いた話の全てだった。
「つまり、ウーサー王の恐怖政治の影響ってこと?」
「……よく、そんなこと口ばしれるな……」
そう言いながらも、佐和の発言をミルディンも否定はしないことから正しい認識だとわかる。
「このせ……この国で魔術師が迫害されてる理由はわかった。でもマーリンはどうして突然捕まったりしたの?」
「それは……」
「その男に無実の罪を被せられたからよ」
さっきまで寝ていたはずのブリーセンが、起きあがってこちらを睨みつけていた。
「無実の罪?」
「そうよ、今回と二年前。この男は私の家族を売って生き延びたのよ!最初は私の母を、次は兄をね」
睨むブリーセンの目に炎が灯ったのを佐和は確かに見た。そこにこもった怨念を向けられたミルディンは弁解することもなく、ただ静かにうつむいている。
「あの時―――兄さんが連れて行かれた時は助けなかったくせに、女なら助けるのね!」
「ちょっ……ミルディンはあなたを……」
ミルディンが助けようとしたのは佐和ではなくてブリーセンだ。それなのにブリーセンは侮蔑のこもった目でミルディンを睨みつけている。
ブリーセンは怒りの余り、そうは考えられないようだった。
「部外者は黙ってて!」
弁解しようと口を挟んだ佐和をキッと睨んだブリーセンの気迫に押されて、佐和は出しかけていた言葉をひっこめた。
そのオーラと顔は怖すぎる。
「私は、あなたを許さない。一生。死んでも……恨んでやる」
月明かりに照らされたブリーセンの顔は憎しみで満ち溢れていた。それだけ吐き捨てるとブリーセンは、佐和たちに背を向けて寝っ転がってしまう。
「ミルディン……」
ミルディンの横顔には変化がない。佐和の呼びかけにも答えず、ミルディンもブリーセンとは反対側を向いて横たわった。
間に挟まれて、二人の背中を見比べながら佐和は途方に暮れた。
佐和はこの場において完全に部外者だ。気安く口を挟める立場ではないし、どう言ったらいいかもわからない。
一体、二年前とこの前この二人とマーリンに何が起きたんだろう。
ブリーセンは全てミルディンのせいだというが、佐和にはこの少年が誰かを傷つける人間のようにはとても見えなかった。
ミルディンの丸まった背中から、佐和は小さな鉄格子の窓へ視線を移した。
……海音。やっぱり小説は小説。漫画は漫画なんだね。思ったよりも生きづらい異世界みたいだよ。
鉄格子の向こうの月は柔らかい光で馬車の中を照らしていた。