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「なにそれええ!?」
「てっちゃん、声大きい!」
金曜日、昼間のピークを過ぎたとはいえ、もともと地声のでかい友人の突っ込みに、店内にいる何人かが何事かと振り返った。
それらの人に佐和は曖昧に手を降ってごまかす。
「大きくもなるよ!やっと、デートまでこぎつけたかと思いきや!好きな人に今日、告白してくるって!?そして、そのプレゼントを一緒に選んだって!?」
「うん……まあ、そういうこと」
「そういうことって……」
目の前の友人は、ランチプレートのオムライスをすくったスプーンを皿に戻すと、盛大に溜息をついた。
「佐和……」
「何?」
「それにしてはダメージが少ないように見えるんだけど?」
う……。
図るような視線に思わず喉がぐっと鳴った。
大学一年生時に知り合い、同じ文学部で授業も一緒、入った演劇サークルも一緒で大学生活を共にしてきた付き合いの長い友人の観察眼はなかなか鋭い。
「……悲しいんだけどさ……わかってたから……」
「わかってたってどういうこと?」
ああ、なんだって自分はランチタイムに久しぶりに時間を合わせて会えた友達に、こんなことを説明する羽目になっているんだろう。
そもそもてっちゃんにだって事の顛末を言うつもりはなかったのだ。
数日前、浮かれてデートに行く服装を相談した自分を絞め殺してやりたい。
そんなことをしていなければ昼間の定食屋なんかで自分のフラれた話の結果を話す羽目にはならなかったのに。
「……好きな人がいるって」
「知ってたの!?」
「知ってたわけじゃないよ、確信はなかったし。でも……なんとなく」
佐和の言葉に立ち上がりかけたてっちゃんが何か言おうとして、口を金魚みたいにパクパク動かし、それから大きく息を飲みこんで、結局何も言わずに座りなおした。
「それは……佐和……」
睨みつけてきた友人は彼のことを責め立てるだろう。
この友人は人が良いのが美徳だが、佐和に肩入れしすぎるところがある。
きっと「好きな人がいるなら佐和に頼むな」とか「思わせぶりなことをするな」とか「先に言ってよ」とか、言うに違いない。
飛んでくるはずのあらゆる怒声にさっと身構えた瞬間、優しい声が降ってきた。
「辛かったね」
思いがけない発言に佐和は目の前の友人の顔をまじまじと見つめた。
「頑張ったね。こんな佐和の優しさに気付けないなんて、その時点でそいつは失格。てか、あたしが許さないよ!」
「……てっちゃん……」
「佐和、辛いなら辛いでそんな普通そうな顔してないで、泣いていいんだよ?いや、泣くと会社戻った時、顔やばいか……。今日の夜どっか行く?話たくさん聞くよ?」
「てっちゃん……ありがとう……」
友人の気遣いはなんてあったかいんだろう。
でもその必要はないのだと佐和は胸の奥で理解していた。
「大丈夫……だってさっきも言った通り、頭のどこかでわかってたんだ」
ずっと、ずっと彼を見てきたから。だから、本当は気が付いていた。
気付かないフリをしてきただけで、彼が時々誰かに思いを馳せていることも。その横顔が本当に優しいことも。
自分は、気づいていたのだ。
「それに今日は帰って海音のご飯作らないといけないしさ」
「一緒に暮らしてる妹なんて、大学生なんだから適当に飯食って来いって言えばいいじゃん」
「それもそうかもだけど……今からじゃさすがに急だろうし」
佐和は妹と二人暮らしで、家事は当番制だ。
今日の夕飯は佐和の担当だし、急に言うのは気が引けた。
「さわぁ……あんたって子は……」
なぜか目の前の友人の方が泣きそうな顔で佐和を見ていた。