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無事、受付も終了し、それから数日。遂に闘技大会の開催日がやってきた。
結局、その日までモルガンやゴルロイスを発見することはできず、捜査は難航していた。唯一の救いは未だロデグランス卿の処刑が執り行われていない事だ。
「闘技大会の開催が思わぬ方向にも働いたな」
「どういうことだ?」
朝、アーサーの支度をマーリンと二人で手掛けているところで、アーサーはそんな風に話し出した。
「闘技大会が開催される事によって、市民も多いに盛り上がっている。この状況で処刑を行えば、せっかくの空気を壊しかねない。父上はやりたくてもできないという状況に陥っているんだろうな」
「なるほどー」
「後は奴らがエサに食いついてくれれば良いのだが……」
大会は三日間にわたって行われる。
一日目、二日目は予選、三日目は決勝さらに、エキシビジョンとしてアーサーとの勝負だ。
その間、参加者は与えられる部屋の豪華さに差はあれど、身分関係なく王宮に滞在する事ができる。
言ってみれば、モルガン達からすれば、敵の懐に飛び込める千載一遇のチャンスなわけだ。
逆にウーサーやアーサーは四六時中危険に身をさらすことになる。ウーサーにはエクターが付き添い、本人には気付かれないように警備も加えられている。
一方、アーサーは自分で自分の身は守るつもりのようだ。囮という役割上目立つ護衛もつけられない。緊張の三日間が幕を開ける。
本来なら公務、それもお披露目用の衣装に袖を通して大会を見学するのが通常らしいが、今回、アーサーはこっそり武装した状態で観客席に座る。
マーリンと二人、四苦八苦しながら目立たないように、かつなるべく守れる箇所が増えるように鎖帷子や籠手を服の中に隠して着せた。
「ふむ……少しやぼったくないか?」
「これぐらいで勘弁してください。これ以上鎧減らすとさすがに危ないですよ」
「マント羽織ればわからないだろ」
マーリンがマントをかけるとすっきりとした見た目に仕上がった。とても鎧を仕込んでいるようには見えない。
「お、マーリン、ナイスアイデア!」
「サワに褒められると嬉しい」
「おい!そういうのは俺の前以外でやれ!!」
佐和にまた猛攻を仕掛けようとしたマーリンに怒鳴り散らしたアーサーが場を改めるためにわざと咳払いをした。
「いいか、お前らも一切、気は抜くな。怪しい人間を見つけたら、俺かケイ達に知らせるんだ」
「わかった」
「はーい」
その時、扉がノックされた。次いで聞こえてきたのはイウェインの声だ。
「殿下、イウェインです」
「入れ」
マーリンが扉を開くと、武装を完了させたイウェインが部屋へ入って来た。
初めて会った時と同じ男装で、左腕だけ裾の広がったブラウスに胸当てと右腕に籠手、最低限だけ鎧を纏っている。宴の時と違いきっちりと結い上げたポニーテールが凛々しい。
「イウェイン・アストラト、準備完了いたしました。本日より三日間、殿下の騎士の名に恥じぬ闘いを行う事をここに誓います」
「お前は本当に礼節のしっかりした騎士だな」
頭を下げたイウェインにアーサーが笑いかけた。イウェインは至極真面目な顔つきで佇んでいる。
イウェイン……遂に闘うんだ……うぅー、なんか。私の方が緊張してきた……。
「おい、サワ。何をお前の方が緊張している。イウェインに伝染するだろうが」
「すみません~」
そんな事言われても、佐和の世界に闘技大会なんてものはない。こちらの世界の住人からすればスポーツの感覚だろうが、佐和には命を落とす危険のあるものを、単純な競技として簡単に受け入れられる素養がない。
「全く……俺は先に会場に行くぞ。マーリン、お前は付いて来い。サワはその情けない顔をどうしにかしてから来い。良いな!」
「はーい……」
アーサーとマーリンが先に部屋を出る。残されたのは勝手に緊張している佐和と平常運転のイウェインだ。
「い、イウェイン。頑張ってね!でも、怪我はしないでね!」
相手も真剣で挑んでくるのだ。命を落とすということもありえなくは無い。
佐和は懸命にイウェインの顔を覗き込んだ。
「心配するな。サワ。必ず勝ち抜き、殿下の栄光を知らしめてみせる」
頼もしい発言をしたイウェインが無意識にか、髪を縛っている青いリボンの先に触れた。
あれ……?今まで、あんなリボンつけてたっけ?
イウェインは男装をしている時は目立たない紐で髪を縛っているので、なんだか女性らしさもあり、かつ凛々しさにもより拍車がかかったように見える。
「あれ?イウェイン。そんなリボン、前からしてたっけ?」
「なっ!!い、いや、これは……!!」
佐和の指摘を受けた途端、イウェインの顔が爆発する勢いで真っ赤になった。
その表情だけで佐和は全てを察した。
「ほほーう?もしかして、ケイからの騎士就任のお祝いですかなぁー?」
「さ、サワ……!お願いっ、言わないでぇ……!!」
さっきまでの緊張感も吹き飛んで、結局佐和は会場にたどり着くまで、イウェインの真っ赤な顔が可愛くて、ついからかい続けてしまった。