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佐和の侍女部屋にリュネットを入れ、タオルを手渡した。
リュネットは何度も困ったような笑顔で「ありがとうございます」を繰り返している。
「それ、拭いたら着替える?私の服で良い?着替えて干した方が早く乾くと思うし」
「何から何までありがとうございます。サワ殿」
こんな状態だというのに、リュネットは変わらず優しい笑顔を浮かべている。そのせいで佐和の方の怒りが先に頂点に達した。
「……それ、やったの、さっきの侍女たちでしょ。どこの侍女?」
「……本当にサワ殿は感の鋭い方ですね」
否定しない。佐和の予想は当たりというわけだ。
感が鋭くなくたってわかる。女なら。
女特有の人を小馬鹿にした笑い。自分の立場が上だと証明できた時の耳障りな黄色い声。
何もかもてきぱきとこなすリュネットが頭から水をかぶるなんてミスをするはずがない。どう見ても故意に被せられたに違いない。
さっきの侍女たちに。
「……こうならないように、早めに人脈は広げておいたんですけどねぇ」
「リュネット……!」
「そんな顔しないでください。サワ殿。どうして私が笑って、サワ殿がそんなに苦しそうなんですか?」
リュネットは濡れた髪を拭きながら楽しそうに笑っている。
無理をしている様子はないが、自分の好きな人が悪意をぶつけられて平気でいられるほど、佐和の性格はそこまで腐ってないつもりだ。
「お優しい方ですね」
「イウェインが騎士になったのが気に食わないウーサーの騎士のいやがらせとか?」
「いい線ですが、惜しいですねー。そちらは返り討ちにしてやりました」
後半部分に突っ込みたいが、話が逸れそうだ。ここはぐっと我慢する。
「じゃあ、誰?」
「……」
答えない。ということはイウェインよりも立場が上で、リュネットが佐和に言うことで問題が起きる人物。
リュネットが城の侍女たちの信頼を数日で勝ち取っているのは佐和も目の当たりにしている。ということは、さっきの侍女達は城で雇われているわけじゃない。
今、お城にいて、直接的に王宮に関係のない侍女。そしてリュネット自身に恨みが無いとすれば……。
「……グィネヴィア姫?」
「……」
当たりだ。
リュネットは笑顔のまま無言を貫いている。
佐和は思いっきり溜息をついた。
「本当にサワ殿は感が鋭い方です」
「……アーサーには言わないよ」
「ありがとうございます」
リュネットが佐和に言い出せなかった一番の理由はそれしか思い当たらない。
まずは先にリュネットを安心させようと約束をとりつけた。
「けど、何が起きたかは教えてね」
「言わなきゃダメですかー?」
「だ・め!!」
佐和は人見知りが激しい。会ってすぐの人の事情に深く立ち入ったりなど絶対にしない。
だが、それは『知らない相手』への話であって、自分の友達や大切だと決めた人達に何かあれば無論、相談にだって乗るし、話も聞く。人として当たり前だ。
「まぁ……私も理由は聞かされていませんので、何とも」
「そりゃ、わざわざ恨んでる理由宣言しながら嫌がらせなんてしないでしょ……でも、当たりは付いてるくせに」
リュネットはまたにこにこしているだけだ。
決して自分の口からは言わないと決意しているらしい。
「……わかった。じゃ、私の仮定ね。グィネヴィア姫が王宮に来て、それなりに経つのに、アーサーがグィネヴィアよりイウェインばっかりにかまってるから、とか」
「……推測ですけどね」
リュネットも同じ考えのようだ。拭き終わったタオルを丁寧に畳み、佐和の指し出した着替えを受け取った。
「……姫様が殿下の初の女性騎士となれば、快く思わない方々も大勢いるでしょう。そして、権威ある姫様に直接手を下せない立場の人間でも私には違います。私は使用人ですから」
「リュネット……」
「それは私も最初から覚悟していた事です。ですから、こちらに来て早々、そのような事態に陥らぬよう手を尽くしたつもりでしたが……抜かりました」
「……イウェインはこの事、知らないんだね?」
リュネットに聞くまでもない。多分、イウェインは自分が誹謗中傷される事は覚悟して来ている。
だが、心優しい彼女が悪意ある人間の考えを本当の意味で読み取れるとは思えない。まさか、自分ではなくリュネットに悪意が向くなんて夢にも思っていないだろう。
そうでなければ、イウェインがリュネットを王宮に連れて来るはずがない。
「えぇ……姫様にも内緒にしてくださいますか、サワ殿」
「……頷くしかないじゃん……」
イウェインに言って解決する事では無いし、事態が悪化するだけだ。
それに何より、リュネットは佐和がイウェインにこの事を知らせようものなら、どんな手を使ってでも阻止するだろうし、佐和の事を一生許さないとも思う。
それぐらい、リュネットにとってイウェインが大切な存在だというのは、短い付き合いでもわかる。
「ありがとうございます」
「それにしても……あれって、グィネヴィア姫が命令してやらせてるんだと思う?」
「私はグィネヴィア様にお会いした事がありませんので、何とも言い難いですね。ただ、『調子に乗らないで』というような意味合いの言葉はかけられました」
つまり、彼女たち自身がリュネットが調子に乗っていると思っている……。
そうなると、考えられるのは、グィネヴィアが直接侍女たちに命令したわけではなく、ただ彼女たちにそれとなく自分がどれだけ苦しいのか、辛いのか訴え、それを真に受けた侍女達の前でイウェインが羨ましいとでもほのめかしたのだろう。
それを見た侍女達が間違った正義感に駆られ、リュネットに手を出した。
「殿下のご厚意を受けているからといって調子に乗るな―――自分の主人を差し置いて」と。
グィネヴィアらしい。無意識のなせる業。
それは数日仕えて佐和がはっきりと感じた彼女の才能だ。
侍女達もきっと正義は自分たちに在りぐらいの勘違いをしている。
そして、グィネヴィアはそれとなく彼女達がそうなるように『無意識』に誘導したのだ。
本当に……性質が悪い……。
「要は自分が一番じゃなきゃ済まないってことかぁ……」
「サワ殿、着替えありがとうございました。髪が乾きましたら出て行きますね。お借りした物は洗って返します」
「いいよ、そんなの」
「いいえ、譲りません」
髪が乾いている状態で戻れば、佐和の侍女服を着ている事をイウェインに突っ込まれたとしても適当にごまかせる。
しっかりとタオルと着替えを持ったリュネットの表情に佐和は苦笑した。
「わかった。いつでもいいからね」
「はい、ありがとうございます」
……私にはこれぐらいしかできない。
しかし、無力感に打ちひしがれている場合ではない。
グィネヴィアが、アーサーに相手にされない事に不満を持ってる……。
蘇るのは本の文。グィネヴィアはいずれランスロットという騎士と、いうなれば浮気をする。それが原因でアーサーの王宮は崩壊する。
なら、私はここでグィネヴィアがアーサーに不満を持ってることを伝えて、仲を取り持つべき?
それとも、このまま放置して仲違いをさせるべき?
カメリアドでも答えの出なかった問題。
あの時、マーリンとの事で棚上げしてしまった問題がまたやってきたのだ。