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闘技大会の参加希望者は続々と集まり出し、会場の準備も着々と進んでいる。後はそれと並行してゴルロイス一味の捜索、普段の公務をこなすアーサーを手伝いながら、相手が餌にかかるのを待つだけだ。
イウェインをこっそり闘技大会に出すって決めてから、アーサーも溜飲が下がったみたいで前ほどは荒れてないし……何か、平和だな。
大会当日にアーサーが着る衣裳を洗い終えた佐和は、アーサーの私室に戻ろうと、のんびり廊下を歩いていた。
窓から見える青空も清々しい。
うむ。うむ。平和が一番だね。
一人満足しながら歩き出そうとしたが、前方を歩いている人影に佐和の心臓が飛び上がった。
リュネット……!!
勿論、ただ普通にリュネットが歩いているだけなら、こんなに焦ったりしない。
しかし、彼女は髪から水を滴らせ、全身ぐっしょりと濡れた状態で歩いているのだ。
「リュネット……!」
「あ、サワ殿。こんにちは」
「こんにちは、じゃないよ!」
普段となんら変わらない様子で挨拶したリュネットに急いで駆け寄る。遠目から見た通り、上から下まで全身ずぶ濡れだった。
「どうしたの!?」
「いえ、まぁ、少しヘマをやらかしまして」
「どうやったらこんなヘマできるわけ?」
洗濯していたとか、何か水仕事をしていたのだとしても、頭から水を被るなんて中々できない。
「とにかく、風邪ひいちゃうし。早く着替えよ。あ、ここからならアーサーの私室近いし、タオル使っちゃおうよ。今、アーサーは謁見中だし」
「なりませんよー、サワ殿。私が殿下の持ち物を使用するなど、死罪に当たりますよー」
「え、じゃ、イウェインの部屋早く戻りなよ。確か、イウェインの部屋の横の侍女部屋が今、リュネットの部屋だよね?」
アーサーの騎士になったイウェインには城下町に屋敷が与えられるが、そちらは鋭意建造中だ。その間、イウェインは王宮で暮らすことになる。
イウェインの貸し与えられている部屋には侍女部屋がくっ付いていて、リュネットはそこに寝泊まりしているはずだった。
「いえ……ちょっと、しばらく戻れないので」
「何言ってんだかー。早く行きなって。イウェイン部屋にいるんでしょ?」
笑顔のまま一向に動かないリュネットの背を押して連れて行こうとした途端、リュネットがその場で抵抗し、踏みとどまった。
「リュネット?」
「……サワ殿、実は私、好きで濡れているんです。ですから乾くまでのんびりさせてください」
「え……?」
さっきと言っている事がまるっきり違う。
佐和が不可思議に思ったその瞬間、背後の廊下の影を誰かが走り去って行く気配を感じた。
声からして女性だ。「きゃー、いやだー」などと言いながら離れて行く。
その声の質を聞けば、リュネットの身に何が起きたかなど一瞬で察せられた。
「……リュネット、ちょっと遠いけど、私の部屋行こ。それならいいでしょ」
「……ご迷惑をおかけいたします」
優しく声をかけたつもりだったが、佐和が何が起きたのか感づいたことにリュネットも気付いたらしい。大人しく佐和に従って付いて来た。