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闘技大会の開催準備、ゴルロイス及びモルガンの捜索、謁見などの普段の公務。アーサーの多忙は極まっている。
しかし、日中に訓練の時間をしっかりと取ることは、佐和達が仕え始めてから変わらない日課だ。今もアーサーは訓練場で若い騎士見習いたち相手に剣の指導と自身の訓練に励んでいる。
それを眺める佐和の横では、相変わらず準備運動でぼこぼこにされたマーリンが鎧を脱いで一息ついていた。
「騎士の義務なんだろうけど、アーサーにとって訓練って、ぶっちゃけ息抜きだよねー」
「ああ」
佐和が手渡した水を受け取ったマーリンが「ありがとう」と笑う。汗を流すその表情は凛々しい。
う……か、かっこいい……。
だめだ!!ときめくんじゃない!私の胸!!
今までマーリンの顔の造形が良くても普通にしていられたのは、自分を脇役だと割りきっていられたからだ。
けれど、今は違う。
他の人が同じように水を渡したって、マーリンはこんな表情を見せてはくれない。
私だけ…………って!何、照れてるんだ!自分!!意志を強く持てぇ~!
「サワ、マーリン殿」
「よー!お前ら!!」
悶々としていた佐和はその呼びかけで我に返った。
城から出て来たのはイウェインとガウェインだ。イウェインはガウェインが卒倒しないように少し距離を開けて歩いている。
「あれ?珍しい組み合わせだね?」
「まあな!アーサーの新しい騎士だ!祝いにケイと三人で昨日は飲んでたんだぜ!!」
「へー」
「すっかり意気投合したぞ!!」
「ガウェイン殿とはあまり話す機会に恵まれていなかったが、非常に勇猛な騎士だと聞き及んでいた。私も語り合えて嬉しかったよ」
「お前、やっぱかってーな!!タメ語でいいって言ってんのに!」
「いや……この口調はそう簡単には変えられなくて、許してくれ」
どうやら意外と相性の良いコンビのようだ。すっかり打ち解けている。
「二人も訓練しに来たのか?」
「そうだぜ!マーリン!お前は……もうアーサーにボコられた後か」
マーリンの疲れ切った様子にガウェインもイウェインも苦笑している。和やかな雰囲気だ。
「さーてっと、んじゃ、加わりますかね!」
「あぁ」
アーサーとその騎士が揃って戦う所を直接はあまり見れていない。
カメリアドじゃ巨人が相手だったし、ちょっと楽しみかも……。
佐和はわくわくしながら目の前の光景に見入った。
「お、あの二人も参加かー」
「あ、ケイだ」
完全に見物体勢に入った佐和達の背後から、のんびりとケイが現れた。訓練に参加するために簡単な武装をしていたイウェインやガウェインと違い、普段のだらしない恰好のままだ。
「ケイはやらないの?」
「いやー、俺はいいやー」
端から見ているとまるで訓練を面倒臭がっているようにしか見えないが、本当はそんな事は無いはずだ。
だって一人で毎日鍛錬してるんだもんね。せっかくなら一緒にやればいいのに……。
それに、今日はイウェインもいる。恐らく彼女もケイと手合わせしたいに違いない。
そう言えばケイって、必要に迫られた時しか人前で剣を使わないなー。
そこまで考えていた佐和は侍女たちとの井戸端会議での話を唐突に思い出した。
「そういえば、ケイって大会、出ないの?」
「俺が出るように見えるー?」
「見えない」
「さすがー、マーリン!」
残念、どうやら今回も侍女たちの夢は夢で終わるようだ。
「今まで出たことも無いんでしょ?」
「よく知ってんねー?サワー」
「え、あ、まあ、うん」
「何でだ?」
「毎回、アーサーが出てたからな。俺が出る必要ないだろ?」
確かにアーサーを王様にすることに心血を注ぐケイの立場からすれば、アーサーを目立たせる事の方が優先なわけで、主を差し置いて優勝するなんてもっての他だろう。
「なら、今回は出てもいいんじゃないか?それに、ケイもどうせ作戦の事はアーサーから聞いてるんだろ?そしたらケイが出て、怪しい奴を倒せば」
「マーリンの言う事は今回、イウェインがやってくれるって」
「でも、イウェインはケイと勝負したかったんじゃない?」
ケイとイウェインの騎士学校時代の逸話を知っている佐和にはそう感じられる。
きっと同じ騎士という対等な立場になって、イウェインはケイと改めて勝負したかったはずだ。
「うーん……まぁ、そうだろうけど。今回はイウェインを目立たせる必要もあるし」
「まるで勝負したらケイが勝つみたいな言い方だな」
「いや、やってみなきゃわからないよ」
「なら、イウェインと当たった時だけ、わざと負ければいいんじゃないか?その方がアーサーと怪しい人物が当たる前に手を打てるだろ?」
マーリンの案はとても合理的だ。普段のケイなら提案していてもおかしくないような。
だが、返って来たのはケイにしては珍しく歯切れの悪い答えだった。
「まー、それがベストっちゃ、ベストなんだけどなー……俺はイウェインとの勝負に、手は抜けないから」
そう言ったケイの瞳が懐かしそうに細められ、アーサーに近寄って行くイウェインの背中を見守っている。
……そっか。騎士学校時代、手を抜いたせいでケイはイウェインを傷つけたんだもんね。
「そうなのか?」
「昔『次に対戦する時は手を抜きません』って誓約書まで書かされたんだぞー」
おちゃらけて言っているが、きっと、あのケンカをした後だ。
泣きじゃくるイウェインにケイがたじろぎながら、そんな物を書いている場面を目に浮かべると笑いそうになる。
会話している向こうでガウェインとイウェインがアーサーに合流した。
「アーサー!俺とイウェインも参戦するぜー!」
「あぁ、構わない」
ガウェインとイウェインが混ざった途端、アーサーの周りにいた若い騎士見習いが色めきだった。
正確に言うとガウェインにではなく、イウェインにだが。
「今何をしていらっしゃるところだったのですか?殿下」
「こいつらと実戦形式で一対一の指導をしていた。今度の大会の際に参考にすべきところや注意点も教えながらな」
「成程、では何人か私が代わりましょうか?殿下御一人で全員は捌ききれないかと」
イウェインの提案に騎士見習いから歓声が湧く。
彼らにとって将来主君になるアーサーと直接訓練できるのはこの上ない喜びなのだろうが、そこは年頃の男性。目の前で女性の方が相手になると聞いたら無条件にテンションが上がってしまうようだ。
「お!すげぇ羨ましい!!なぁなぁ、イウェイン!まず俺と手合せしようぜ!!あ!でも、闘技大会にイウェイン出るんだろ!?俺も出よっかなー?そうすりゃ、勝負できるし!」
「止めておけ、ガウェイン。お前はイウェインとは闘えないだろうが」
「何でだよー!!」
不満で唇を尖らせたガウェインにアーサーが呆れ返った。
「もしも、イウェインと当たったりしてみろ。切り結んだ途端失神するだろうが!キャメロットの民に無様に気絶する様を見せつけるつもりか!!」
「そうだったー!!」
ガウェインが頭を抱えた様子に騎士見習いからも笑い声が漏れる。どうやら彼らにとってもガウェインは親しみやすい騎士らしい。
「ガウェイン殿、心意気だけありがたく受け取っておこう。では、殿下。それでよろしいですか?」
「あぁ、頼む。ならイウェインに相手をしてもらうやつは……」
「はい!殿下!ぜひ自分を!」
「自分も!イウェイン卿に御手ほどきを!!」
何人かが勢いよく手を挙げた。どう見ても下心丸出しだ。
イウェインは気付いていないようで、その積極的な姿勢に感心している。
「ありゃー、あれ、わかってないよ、イウェイン。無防備だねー、ケイ。あれ?ケイ?」
いつの間にか佐和の横にいたケイがイウェインの背後に移動していた。
「たまには俺も加わろうかなー?今、手、挙げてる奴は俺が相手してやるよー」
イウェインはケイが背後に立っているせいでケイの表情がわかっていない。背後の声に可愛く小首を傾げている。勿論、ケイの表情もいつも通りの笑顔だ……少なくとも、表面上は。
ケイに目をつけられた騎士見習いたちはよくわからないプレッシャーに肩を震わせている。
「ケイって気が変わるの、意外と早いんだな」
騎士学校時代、イウェインに男性が近寄れなかったのはイウェインの剣技と性格のせいだけじゃなかった気がしてきた……。
おかしな勘違いをしているマーリンの横で佐和は頭を抱えた。