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先程訪れた女性騎士。こんな萎びた場所にいる自分の耳にも届いている。
話題の張本人が闘技大会に出場するなど、城中の誰もが考えていないだろう。
本来、国王の騎士や兵士が大会の参加を受け付けていれば、彼女の出場は突っぱねたに違いない。
しかし、自分は違う。
紋章官は先程紙に書いた女性騎士の名を、しゃがれた指でそっとなぞった。
仕事柄、貴族家系には詳しい。彼女が何者で、どのような経緯で生まれ、育っているか、よく知っている。
だから、これは私情だと言われればそうなのかもしれないが、この王国で自分にそれを指摘できる人間はいないだろう。
私情だと、ばれるはずが無いのだから。
「すみません」
やけに若い男の声に顔を上げると、少年と言ってもいいような人物が立っていた。
後ろに門の衛兵が控えているということは、おそらく彼もまた。
「闘技大会に参加したいのですが」
「はい、わかりました」
紋章官は感傷を一度脇に置き、参加者のリストを広げ、先に口頭で注意事項を伝えることにした。
「此度の闘技大会は……陛下が民のために開いてくださった大会です。また騎士を目指す者への機会でもあります。故に守っていただくべき注意事項がいくつか」
「はい」
「まず、キャメロットの名に恥じぬ闘いを行うと誓えますか?」
「はい、勿論です」
「では、これを」
紋章官は黄緑の布きれを少年に渡した。丁寧な手つきで少年はそれを受け取り、不思議そうに眺めている。
「左腕につけるように。参加者の証です」
「わかりました」
「それから、闘技大会は一対一、トーナメント形式です。組み合わせは当日発表です」
「はい」
「それから、鎧、武器共に自由。武具が用意できない場合は、王宮の武器庫の物を借りることもできます」
「あ、じゃあ、貸していただきたいです」
「それは後でそちらの衛兵に言ってくれれば大丈夫。さて、では最後に確認します」
「はい」
「命を落とす可能性もある大会ですが、宜しいですかな?」
「はい」
少年の答えは晴れ晴れとしていた。
といっても予想していた反応だったので別に驚きはしない。
紋章官は羽ペンにインクを浸した。
「では、お名前を」
「ランスロット、湖のランスロットです」