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どれくらいの時が経っただろう。
鉄格子から見える空は変わり映えのしない夜空なので時間の経過がわからない。馬車は止まる様子もなく疾走し続けている。
最初に口をきいてからブリーセンは一切口を開かなくなってしまった。ただ自分の膝に顔をうずめてたまま微動だにしない。佐和の隣に横たわるミルディンもまだ目を覚まさない。
沈黙の中、佐和はずっと物思いにふけっていた。
これからどうなるんだろう。
不安で、不安でたまらない。
元来、佐和は引っ込み思案なのだ。積極的に動くことも苦手なら、見知らぬ土地に行くのも躊躇するタイプなのに、こんなにも怒涛の勢いで動いているのが自分でも信じられなかった。
佐和は着てきた海音のコートの裾を握った。不安になるとやるくせ。洋服の先を触って落ち着こうとするけれど、うまくいかない。
本当は、―――――――怖い。
世界を変える人を見つけるなんて、自分に本当にできるのだろうか。
けれど、やらなければ海音は死んでしまう。そもそもどうにかしてここから逃げ出さなければ海音を助ける前に佐和が殺されてしまうかもしれない。
「……帰りたい」
「なら、なんで、あんなこと……」
自分の独り言に返事をされるとは思わなかったので驚いて、その場で飛び上がりそうになった。
ミルディンと、思わず叫びそうになった佐和をミルディンが睨みつけて止める。その視線の先には眠りかけているブリーセンの姿がいた。いつの間にか膝を抱えたままうとうとしていたらしい。
「……ミルディン、気が付いた?」
小声で問いかけるとミルディンはゆっくりと上体を起こした。
「……ああ」
「身体は?平気?」
佐和の質問に座りなおしたミルディンは目を白黒させている。
「なんか、私、変なこと言った?」
「いや……気遣うのか魔術師を」
よくわからないが、よほどミルディンに取っては意外なことだったらしい。
穴が空くほど佐和を見返してきているけれど、佐和としてはそこまで変なことを言った気はないので不思議だった。
「え?普通のことじゃない?」
というよりも佐和をかばってこうなったのだから、心配しないほうがおかしい。
いや、それよりも。ちょっと、これは……!
薄暗いとはいえ、月明かりでそれなりに見える状態で、こんなイケメンにマジマジと見つめられるなどという非常事態に心臓がばくばく音を立ててはやる。
も、持たない……!
「えっと……ミルディン?その、なんで助けてくれたの?無視すればミルディンは、ばれずに済んだんじゃない?」
話題を探して話し始めた佐和のつっこみは痛いところをついたらしい。
ぐっとミルディンは言葉に詰まり、目を泳がせていたかと思うと、ためらいながらも口を開いた。
「見て……いられなかったんだ……ブリーセンまで連れていかれるんじゃないかって」
「……マーリンと、同じように?」
佐和の確認にミルディンは頷かない。けど、否定もしなかった。『まで』という言葉から考えた佐和の推理は当たっていたらしい。
「それに……」
「それに?」
なぜかじっとこちらを見つめたままミルディンは動かない。とび色の瞳に月明かりが反射している。
おおう、やっぱりイケメンだなぁ……。
こんなレベルの高い男性を間近で見ることなど、佐和の人生には存在しなかったので、ほとほと心臓には悪いが、ミルディンは一向に佐和から目をそらそうとしない。佐和の疑問には答えるつもりはないらしい。ただ静かにこっちを見ている。諦めて、目が覚めたら聞きたいと思っていた別のことを聞くことにした。。
「……お願い。ミルディン、教えて。どうして魔術師はこんなに差別されてるの?」
それを知らないことには佐和もマーリンに関われない。そんな予感がした。
「……本当に何も知らないんだな……」
佐和の顔を見つめたミルディンは佐和が興味本意で聞いていないことが伝わったのか
ゆっくりと話し出した。
「……事の発端はこの国の王、ウーサー・ペンドラゴンがイグレーヌ様を娶った所から始まったんだ」