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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第八章 嵐の前
186/398

page.185

       ***



「全く何だって言うんだ!!」


 イウェインの騎士就任式から一夜明け、謁見室にウーサーから呼び出されて戻って来たアーサーの荒ぶりはいつも異常だった。

 足取り荒く部屋を闊歩し、ソファに座り込むと偉そうに顎で佐和に水を要求してくる。


「何かあったんですか?」


 アーサーに水を差し出しながら佐和が訪ねると「あったも何も」とアーサーが愚痴りだした。

 最近ずっとこんな調子だが、今日はいつもに増している。


「父上にイウェインの騎士称号を取りあげるよう再三言われてきたところだ!」

「昨日、見た限りじゃ、陛下もイウェインに見惚れてたと思ったけど」

「俺もそう思った!!」

「じゃあ、何でそんな事また言い出したんですか?」

「だから、だ!!」


 アーサーは一気にグラスを空にし、テーブルにだんと音が出る勢いで置いた。


「『あのような美しい貴婦人を戦地に連れて行くなど、アーサー、貴様の目は節穴か?あれこそ騎士が守るべき清廉なる乙女、それを騎士そのものにするなど彼女への美しさへの冒涜である』だ、そうだ!!父上め!イウェインの剣筋を見ても同じ事が言えるものか!あの残り少ない髪など、イウェインにかかれば綺麗に削ぎ落とせるんだぞ!!」

「ちょっ……!アーサー落ち着いて!!」


 ウーサーの言い方を真似していたアーサーが怒りに任せるまま暴言を吐き続けている。私室だから良いが、アーサーですら不敬罪になりかねない内容だ。


「確かに薄いよな」

「マーリンもつっこむのはそこじゃない!!」


 主人が主人なら従者も従者でずれている。

 凡人である佐和は一人で頭を抱えるしかない。


「……その話はおいといて、結局闘技大会の発案は受け入れられたんですか?」


 佐和は無理矢理アーサーの気を紛らわせようと別の話題を口にする事にした。

 確か、今日の朝、ウーサーに呼び出された際にはエクター卿も同席し、例の闘技大会の案をウーサーに進言する予定だったはずだ。


「それはまぁな。ちち……エクター卿が父上を丸め込めない事などほとんど無いからな」

「そうなんですか」


 素直に佐和は感心した。ボードウィン卿もそうだが、エクター卿もどうやら自分の主をうまくコントロールする術に長けているようだ。

 ただ真面目そうってだけの人じゃないんだろうなー。

 なんせ、あのケイの父親だしね……。

 アーサーが間違えてエクターのことを「父上」と呼びそうになる気持ちもわかる。ウーサーよりよっぽどアーサーを気にかけているのが、佐和ですら感じられるのだから。

 それにアーサーに向かって、ウーサーの悪口を真っ正面から言い切った不敵さは息子であるケイに通ずるところがある。あの態度は親譲りらしい。

 普段の雰囲気は、まるっきり違うけど……。


「というわけで本日伝令が到着した村から順に闘技大会の知らせが配布される。引っかかってくれると良いが」

「そうですね……」


 そう言いつつも佐和はマーリンを盗み見た。

 もしも本当にモルガン達が何か仕掛けてきたら表向き闘うのはアーサーだが、マーリンの助力無しではどうにもならないだろう。

 佐和の確認をマーリンもしっかり理解してくれている。小さく安心させるように頷いてみせてくれた。



        ***



 アーサーの洗濯物を洗いに行こうと籠を抱えて歩いていた佐和は、進行方向で侍女が四、五人、廊下の端で輪になっているのを見つけた。何か楽しそうにおしゃべりしている。

 井戸端会議かな?

 こういった光景は実はよく見かける。特に今歩いているのは、主に従者や下働きの人たちが使う廊下なので、滅多に貴族は入ってこない。


 だが、佐和がその輪に加わった事は一度も無い。

 どうしようかなー。避けて通ってあげたいけど……洗濯場に行くのに、ここ通らないとしたら相当遠回りになっちゃうんだよね……。

 佐和が近づくと、こういったおしゃべりの輪は、蜘蛛の子を散らすように解散してしまうのだ。

 理由はアストラトに行った時に初めてわかった。

 おそらく佐和がアーサー付の侍女で貴族だと、リュネットのようにお城の他の侍女も勘違いしているのだと思う。

 でもなー、自分から「私、平民です!」って言うのもおかしいし……。

 どうしようか足踏みしていた佐和に輪の中の一人が気が付いた。

 てっきりそれを他の侍女にも伝え、解散するものかと思いきや、その侍女は佐和に向かって気軽に手を振っている。


「サワ殿ー!」

「あれ?リュネット?」


 見知った顔がいたことに戸惑いながらも佐和が近づくと、案の定、他の侍女達の笑顔がひきつった。


「りゅ、リュネット。私は……」

「いいではありませんか。サワ殿も少しお話ししていきましょうっ!」


 提案は有り難いが、他の侍女達の視線が痛い。


「でも……」

「大丈夫ですよー。皆さん、サワ殿は確かにアーサー殿下お付きの侍女ですが、市井(しせい)の出身で、私たちにも気さくに接してくださる方です。しかも!とーっても口が堅いんですよ!殿下がアストラトにいらっしゃった時も、私はサワ殿とご一緒に仕事できるのが楽しくて、楽しくて」

「ちょ、リュネット!」


 恥ずかしい……!

 第一、大げさに言い過ぎだ。

 確かに人の秘密をべらべらしゃべるほうではないが、リュネットの言い方だと、まるでどんな拷問にも屈しない鉄の精神を持ち合わせた聖人に聞こえる。

 けれど、リュネットのこの詠い文句は効果抜群だったようで、すぐに他の侍女も強ばらせていた肩を緩めた。


「何だ……そうだったんですか。私たち、てっきりサワ殿はどこかの貴族のご子女かと」

「いやいや、ないですって!私、どう見たってお姫様ってガラじゃないですもん!」

「ごめんなさい、ならもっと早くお声かけすればよかったわね」

「い、いえ……」


 すっかり輪に入り込めた佐和を見てリュネットが満足げに、にこにこしている。


「リュネット殿が言うならきっとサワ殿もその通りのお方なのね!ねぇ、よかったらお話していきましょうよ!実は私、ずっとサワ殿とお話してみたかったの!」


 たった数日前に来たばかりだと言うのに、すでに王宮の侍女に馴染んでいるリュネットのコミュニケーション能力の高さに驚いていた佐和は、ワンテンポ遅れてその言葉に反応した。


「え?私ですか?」

「だって、私達が知らないこともきっとサワ殿ならご存知かもしれないじゃない!」

「ええ!ねぇねぇ、今度闘技大会が開催されるという噂があるのだけれど、あれは本当なのかしら?」


 もう既に城下町にはお触れが出されているはずだ。言ってしまっても問題は無いはず。


「そ、そうですけど」


 佐和の返事に侍女達はきゃーと黄色い悲鳴をあげて喜び手を叩き合っている。


「まだ出場者の受付はこれからなのよね?」

「え、あ、はい。多分」


 なんせ開催が決まったのが今日なのだから、まだ出場者は現れていないだろう。

 それを聞いた侍女達が目を輝かせた。


「今回はどなたが出場されるのかしらー!殿下はご出場なさるの?」

「あ、いえ。今回の大会は優勝者とエキシビションマッチを行われると」

「そうですわよね!殿下が一回戦から出てしまわれたら、優勝者は殿下になってしまいますものね!」


 騒ぎ立てる彼女達を見て、初めて佐和はエクター卿が市民の娯楽のためと言った理由がわかった気がした。

 そっか。私たちがスポーツ見て応援するのとおんなじ感覚なんだ。


「ということは、殿下が一回戦から出場されないのであれば……ようやく、ケイ様の勇姿をこの目に焼き付ける機会がくるのかもしれないのですね!!」

「楽しみですわー!」


 ん?

 なんでそこでケイ?


「わ、わかりませんよ!いかなケイ様とはおっしゃっても、ガウェイン様と至近距離で組み合えば、あの豪腕の前には……!」

「そういえば、あなたはガウェイン様派だものねー?」

「言わないでくださいっ……恥ずかしいです……!」


 ん?さらになんでガウェイン?

 話についていけていないのは佐和だけだ。横にいる笑顔のままのリュネットに耳打ちする。


「リュネット、何これ?」

「今度の闘技大会にどなたが出場されるのかという話と、出場された場合、どなたを応援するかという話で盛り上がっていたところだったのです」


 侍女達はまだ楽しげに言い合いを続けている。五人のうち、ケイが三、ガウェインが二だ。


「そんなに人気あったの?あの二人?」

「何を言ってるんですか!?サワ殿!侍女は皆サワ殿が羨ましくて堪らないくらいですよ!」


 目敏く佐和の呟きを聞きつけた一人の発言に他の人もうんうんと頷いている。


「えっと……ケイ……様とガウェイン様って、そんなに人気あるんですか?」

「もちろんです!!殿下の騎士は侍女の間では人気総取りなのですよ!ケイ様は私たちにも気さくに話しかけてくださる方ですし、他愛ないお喋りにも付き合って下さるんです!あんな騎士、陛下の騎士には一人もいらっしゃいませんわ!」

「私なんて、この前ケイ様に恋愛事を相談したら、実は相手も私を気にかけていたようで、それとなくその事を相手側に伝えってくださったみたいで……」

「え!それ初耳ですよ!もしかしてあのコックですか!?ずるいですぅ!」

「えっと……ガウェイン……様の方は?女性に近寄れないですよね?」


 話が逸れそうだったので軌道修正をかける。

 ケイが下働きの人々にもよく声をかけている所は見かける。そういう意味ではさっきの話は想像の範疇といえば範疇だ。まさか恋のキューピッドまでやってるとは思わなかったが。

 しかし、ガウェインの方は女性からは好かれるのに決定的かつ致命的な弱点がある。

 近寄れなくてどうやって好感度をあげるのか。


「ガウェイン様は何よりも勇敢ですし!あの陛下にもしっかりと意見されます!本当に勇気のある方です!」


 さっきと違い自称ガウェイン派の侍女が力説してくれる。


「確かに、女性に触れないという難点はありますが、この前なんて私が無理矢理別の騎士に命令されて重い荷物を運んでいた所にガウェイン様が通りかかって、持ってくださったんです!!あんなに心優しい貴族の方、滅多にいませんわ!」

「ケイ様は皆さまに平等に接しますが、ガウェイン様は特に女性に心優しい騎士なのです!!」

「あなた、それ、どうやって受け渡ししたんですか?」

「一度地面に下ろして私が離れてからガウェイン様が持ってくださいました」


 絵図らとしてはあまり格好つかないが、佐和も一般的な貴族がどれほど侍女達を人として扱わないかはよく知っている。

 それに慣れている彼女達からすれば、確かにあの二人は型破りだし、かっこよくも見えるだろう。


「へー、じゃ、侍女の間でその二人が人気を二分してる感じですか?」

「後は少数ですけど、エクター様とボードウィン様も人気がありますね。若い侍女はほとんどケイ様かガウェイン様ですけど」


 そこまで聞いて佐和は首を傾げた。


「あの、アーサー……殿下は人気無いんですか?」


 危うく殿下をつけ忘れそうになったが、気づかれなかったようで彼女達は変わらずに雑談を続けている。


「殿下を比べては失礼ですよー。この世に比類無きお方ですから」

「皆さん、殿下のことは好意的……なんですね」


 意外だ。あの我が儘ぶりからすれば侍女達に嫌われていても不思議ではないのに。


「ええ、というよりも私たちにとって殿下は雲の上の御方ですから、式典などに参加されているところを見かけたぐらいで、直接お言葉をいただく機会などございませんけれど」


 なるほど。

 そりゃ親しくならなきゃアーサーのあの我が儘ぶりに会うこともない。外見だけ見ていれば彼は完璧な王子様だ。


「ですが、殿下の騎士であるケイ様もガウェイン様も本当に素敵な方達ですもの。あのお二人に厚い忠誠を誓われている殿下もきっと素敵な方に違いありませんわ」

「そうですわね!私も同意見です!」

「ところで、サワ様はどなた押しなのですか?」

「私ですか?」


 そんな話ふられても困る。

 ガウェインは佐和の中では愉快きわまりない人物だし、ケイはイウェインとの事を知っているから何とも思えない。

 考えあぐねていた佐和を見た侍女の一人が手を叩いた。


「間違えましたわ!だって、サワ殿はマーリン殿推しですものね!」

「ええっ!?」


 どうしてそうなるのか。

 驚愕して固まる佐和を放っておいて侍女達が勝手に盛り上がり始める。


「確かに!サワ殿はマーリン殿ですものねっ」

「い、いや、違います!私とマーリンはそんな関係じゃなくて……!」

「あら?そうなんですか?意外でした。てっきりお付き合いされているのだとばかり」

「うぇ!?いや、そんな事は……!」

「でも、マーリン殿は確実にサワ殿に想いを寄せていらっしゃいますよね!?だってあんなにもサワ殿の事を気にかけて!実は影から見ている侍女は多いんですのよ!」

「うそぉ!?」

「そういえばそういうの、ありましたわねー。マーリン殿の恋路を見守る会でしたっけ?」

「ええ!?」


 初耳だ。話のどこからつっこめばいいのか。


「サワ殿、本当にマーリン殿と何にもないんですか?」

「は、はい。恋人じゃないです……」


 何にもなかったわけではないが、これぐらい世渡りする上で必須の嘘だ。

 それを聞いた侍女達が唇をとがらせる。


「本当ですのー?」

「でも、サワ殿、正直な話。ご自分に素直になれないだけなら早く気持ちを伝えた方がいいですよ」

「え?何でですか?」


 謎のアドバイスに首を傾げた佐和に侍女達は要らない情報まで付け足してくれた。


「マーリン殿も侍女の間で人気がありますから。しかも相手は騎士ではなく同じ身分。憧れとかではなく恋愛の対象として、です」

「……へ、へぇー」


 そんなことを言われたって……どうすりゃいいんだー!!

 初耳だらけの情報の渦の真ん中で、佐和は頭を抱えて叫び出したかった。




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