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「どうしよう……」
宴も盛り、隙を見て抜け出した佐和は、お手洗いの前で周りに誰もいないのをいいことに、ひとりごちた。
手にはメイド服のポケットに忍ばせておいた紙袋。
その中身はノートで、イウェインの騎士就任を祝って、アーサーの所で働き始めてから貯めていた給料を握りしめて買ったものだ。
まさかこの宴の最中に渡すわけにいかないし……。
王の一介のメイドという立場の佐和がイウェインにこれを手渡そうものなら、イウェインに恥をかかせてしまうことにもなりかねない。
なんで用意する前に気づかなかったんだろう……。というかさっきリュネットに渡しておけば良かった……。
明日にすればいいのかもしれないけれど、本当はこういうのは当日に渡したい。
「あれ?サワー、こんな所でなーにやってんだー?」
ずんと落ち込んでいた佐和にかかってきたやけに軽い声に顔をあげると、廊下の向こうからケイが歩いてくる所だった。
今回、アーサーの騎士として正式に参加している彼もいつもの服ではなく、騎士の正装をしている。
普段好き放題させている髪もしっかり整えられ、襟も詰めている。
だらしなさばかりが王宮にいると目立つが、改めて見ると彼が貴族だということを再認識させられた。
それに。
かっこいいなー。これイウェイン内心只事じゃないだろうな。
通常がちゃらんぽらんな分ギャップがすごい。
ケイに対して別になんら特別な感情を抱いていない佐和すら、今の整然とした彼には一瞬ドキリとさせられた。
「んで、さっきからやたら紙袋を抱きしめて、ずどーんと落ち込んでるけど、どうしたんだ?」
ケイがそう言いながら、佐和の胸元の紙袋を指した。
正装してはいるものの、いつもと変わらない口調に佐和もすぐに通常運転に戻る。
ちょっと悩んだが、誰かに相談したくてたまらなかったので、佐和は辺りに人がいないことを確認してから悩みを切り出した。
「実はイウェインにお祝いのプレゼント用意したの。でも、今渡すわけにもいかないでしょ……」
「まぁ、そうだなー。囲まれてるだろうし」
「そうなの!だからこんなプレゼント渡せないっていうか、そもそもアーサー付きの侍女が貴族に何か渡すってアウトだよねって今更気づいて……」
はぁーと溜息をついた佐和を見ていたケイの顔はいつもと変わらない。が、ふいにもう一度紙袋を指差した。
「それ、中身何なの?」
「ノート。イウェインってなんか書き物好きみたいだし」
以前イウェインの私室で女子会を開いた時もかわいい雑貨が実はこっそり置いてあったし、本を読んで感想を書くのが好きだと話していた。
そこで、シンプルなノートにリボンやレースで可愛らしくアレンジを加えてプレゼントにしてみたのだ。
「せっかく作ったんだけど、なんか申し訳なくて渡せなくて……」
「あげりゃーいいじゃん。きっと喜ぶぞー」
「うーん……私もせっかくならあげたいけど……今、私から渡すわけにいかないし……」
「ま、確かにサワーから今渡したら、おっさん達はうるさいわな」
今日の参加者には少ないとはいえ、貴族の老人たちはこういったことに目敏い。それにイウェインの不利になるようなことはしたくなかった。
「だよねー……」
「俺で良ければ、渡しとこうか?」
思いがけない返答に、佐和はケイの顔を見上げた。
「いいの?でも、こんなみずぼらしい物渡したらケイまでなんか言われちゃわない?」
「安心しなってー、小うるさいおっさん達には、ばれないようにするから」
その物言いに思わず吹き出してしまう。
無理なことならば無理と言い切るのがケイだ。渡してくれると言ったということは、渡せる算段がケイにはあるのだろう。
「じゃあ、お願いします」
「ほいよ」
手に持っていた袋を頭を下げながら渡すと、ケイはあっさり受け取った。
「ありがとう、ケイ!」
「いーって、いっーて。それより、そろそろ戻らないとヤバいんじゃないか?」
確かに。抜け出してからかなり時間が経ってしまっている。
「そうだね、私戻るよ」
「おーう」
会場に向かう佐和とは反対方向に歩き出したケイは、ひらひらと手を振りながら角を曲がって行った。