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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第八章 不意打ちの
183/398

page.182

       ***



 宴の席は佐和が思っていたようなものではなかった。

 以前ボーディガンがウーサーと仲直りをし、カリバーンを返すと告げたあの事件の時とは会場も違う。

 この部屋には大きな窓があり、そこからバルコニーに出られるようになっている。また下に敷いた薄ピンクのカーペットといくつものシャンデリアのおかげでかなり明るい。

 白いテーブルクロスのかかった円形のテーブルがいくつか点在していて、その上に料理や飲み物が置いてある。佐和の知識に限りなく近い立食形式のパーティーだ。

 だが、今まで二回、こちらの世界の宴を見たことのある佐和が、一番感じた違和感は『参加している年齢層が若い』ということだった。


「なんか参加者若いね?」


 アーサーとウーサーは既に前で椅子に腰掛け、大勢の挨拶を受けている。

 壁際に控えていた佐和とマーリンにさりげなく近寄って来たケイにこっそり聞いてみると、「あぁー、そうだなー」と軽い返事が返ってきた。


「まぁー、趣旨にもよるけど、アーサー主催の宴は割と華やかさ重視だなー。それに、今回はあくまでイウェインの騎士就任の祝いだから、はっきり言って自由参加だ。堅苦しいもんじゃない。そこにアーサーが目をかけてる騎士見習いとか、貴族の子息とかに声をかけたから、総じて年齢層が若くなったんだろ」

「なんで、ウーサーの騎士よりも若いやつらを呼んだんだ?」

「将来のことを考えれば、ここにいるメンバーは政治の中枢を担うかもしれない面子だ。イウェインの顔が効くようにしておくつもりなのかもな」


 色々考えてるんだなー。

 言われてみれば、確かにアーサー自身も楽しそうだ。

 会場の中にアーサーを馬鹿にしている騎士はいない。そのせいか部屋の空気自体が軽い。

 その会場の視線が一気に入口に釘付けになった。


 部屋に入って来たのはグィネヴィア姫だった。

 カメリアドでは新緑や薄紫のドレスを着ていた彼女だが、今回は薄いピンクの可愛らしいふわふわとしたドレスに身を包んでいる。

 髪も綺麗に巻かれ、襟足にどことなく色っぽさもある。

 うわ……これ、ほんとに天然でやってんのかぁ……。

 天然というかなんというか、本人は無意識だろうが、恐らくこの宴が不満に違いない。

 一介の騎士の就任式に自分の歓迎が含まれているなんて心の底では我慢がならない。しかし、本人は意識しているわけではないからアーサーに文句を言ったりはしない。

 だからこそ、グィネヴィアが打った手は、イウェインの異端さを浮き彫りにさせる服を選ぶ、という方法だ。

 貴族子女の本来あるべき『護りたくなる可憐さ』を全面に押し出してきているあたりが、同性から見れば一発で男受けを狙っているのがわかる。

 だが、会場中の男性はそんなグィネヴィアの才覚とも呼べる魔性性に全く気がついていない。それどころか皆して鼻の下を伸ばしている。

 ……アーサーを含めて。

 穿った見方かなぁー、でも、一回仕えてみるとわかっちゃうんだよなぁー。あの人言うなれば天然で悪気なく、自分が一番なんだもん。

 だからこそ、性質が悪い。本人に自覚がないのだから直すのは難しいだろう。


「陛下、殿下、御両名。本日はお招きいただき誠にありがとうございます」


 グィネヴィアが二人の前に進み出た。

 途端に今まで不機嫌そうだったウーサーが顔を綻ばせてグィネヴィアの差し出した手の甲に口付ける。


「噂通り美しい姫君だ」

「お褒めの言葉、ありがとうございます。陛下」


 またもグィネヴィアは恥じらい頬を赤くしている。

 佐和からすれば、その仕草も白々しい。

 挨拶を済ませたグィネヴィアが会場に加わる。彼女の可憐さに会場中の視線が釘付けだ。


 ……って!この状況でイウェイン登場するの!?


 彼女も美人だが、これではあまりに分が悪すぎる。なんせ彼女は騎士として登場するのだ。

 今のグィネヴィアの振る舞いを見ていた人々には完全に『貴族の子女はこうあるべき』という考えに支配されているだろう。

 アウェーになった会場にグィネヴィアと真反対の男装のイウェインが入室すれば、快く思わない人間も出てくるかもしれない。

 女がやはり男装して騎士など……と。

 やっぱり私、グィネヴィア苦手だ……。


「遅れて申し訳ございません!」


 そこに響いてきたイウェインの凛とした声に、グィネヴィアから全員、視線をドアに向けた。


 その瞬間、会場中が息をのんだ。


 イウェインは佐和の予想を裏切り、濃紺と白を基調としたドレス姿だった。

 しかも単なるドレスではない。

 一言でいえば、佐和のよく知るフィクションに出てくる女剣士のコスチュームだ。

 上半身は騎士の礼服に則したジャケットを元に、肩が出るデザインに変更されている。きっちりと騎士らしい上と違って、下半身はフレアのスカート、しかも前は太ももが見える丈で後ろの裾は長く伸びている。

 そこから見える長い足は、細く美しい。腰には愛用のレイピア。

 髪は普段の一つ結びではなく、結い上げて赤系統の髪飾りで飾っている。


 ……か、可愛いっ!イウェイン超可愛い!

 騎士としての格好の良さと貴族のお姫様としての可愛いらしさが両立した彼女に相応しい服だった。


「申し訳ございません。陛下、殿下。遅くなりました」

「い……イウェイン、その服はどうした?」


 アーサーも戸惑っているが、横のウーサーは完全に固まっている。

 アーサーに話をふられた瞬間、イウェインが頭を下げた。


「も、申し訳ございませんっ!本来なら式で着用した礼服にて参加するつもりでしたが、不手際でそちらを用意することがならず……い、致し方なく、このような……」


 その瞬間、イウェインが前のスカートをつまんでどうにか裾が伸びないかともじもじした。

 この世界の女性からすれば、かなり恥ずかしい丈のはずで、その行動は自然だったが……。

 さ、さすがイウェイン……!天然でやってくれおる……!

 男装で登場すると思っていた会場中の人間をあっと言わせただけではなく、その恥じらい、頬を染める様子に見惚れる人が続出している。

 そう、彼女の一番の魅力はその美貌でも、剣技でも、凛々しさでもない―――そこから放たれるこの恥じらう時のギャップの凄まじさが彼女の一番の武器だ。

 イウェインは真っ赤な顔のまま、ウーサーに頭を下げた。


「国王陛下、お久しゅうございます。アストラト家が子女、イウェイン・アストラトです」

「あ……あぁ……」

「この度は不肖この(わたくし)の騎士就任の祝いに隣席賜りましたことを心より御礼申し上げます」

「き……気にするでない……」


 ウーサーは目の前の自分の理解を越えたイウェインにただ戸惑っている。

 ちょっと小気味良い光景だ。

 それにしても……不手際って何だろう?

 イウェインが進んでこの服に袖を通したとは思えない。

 そう考えていた佐和の視界に、入口付近に立つリュネットが飛びこんできた。

 佐和の視線に気づいたリュネットが佐和を見返して……舌を出し、自分の頭を小突いた。


「……マーリン、ちょーっと私、出かけて来る」

「え、サワ?」


 控えていた場所から壁伝いに、佐和は入口のリュネットに歩み寄った。参加者はイウェインに釘付けなので咎められることもない。


「リュネット」

「こんばんは、サワ殿」

「あれ、準備したの。リュネットでしょ?」


 ほぼ断言に近い佐和の推理にリュネットはもう一度舌をぺろりと出した。


「サワ殿。姫様がこの日を夢見たように……私も姫様の騎士就任を祝う宴の着付けを行う瞬間を誰よりも夢に描いて参りました……」

「リュネット……」

「そんな私が……姫様が最も輝く衣装を用意していないわけがないじゃないですかっ!」

「やっぱりリュネットなんじゃん!」


 やはり、ここの主従関係も変わっている。

 というか、リュネットがイウェインを好き過ぎる。


「でも、よくあれをイウェインに着せたねー」


 あんな恥ずかしいデザインの衣裳、自分からは絶対に着ないはずだ。


「もちろん、そちらも折込済です」

「……もしかして、不手際って……」


 リュネットは輝く瞳でガッツポーズを決めた。


「私が『うっかり』礼服に紅茶を零してしまい、運良く用意してあったあちらの礼服を姫様にお勧めさせていただいた次第です!」


 そういうのを人は『うっかり』とは言わない。『しっかり』と言う。


「……まぁ、似合ってるけどさー……」


 確かにあれ以上イウェインらしさを表現したドレスは無いだろう。

 それに意図せずしてグィネヴィアに持っていかれた空気を取り返すことができた。

 へっ、ざまーみろ。

 佐和の功績でもないのに、イウェインをぽかんと見ているグィネヴィアを見ると、佐和も爽快な気分になれる。


「まぁ、いいや。リュネット、グッジョブ」


 図らずともグィネヴィアはお姫様らしい可愛さを追求した格好をすることによって、逆にイウェインを引き立てることになってしまったわけだ。

 佐和は横にいたリュネットに親指を立てた。リュネットも満足げに返してくれる。


 こうしてセンセーショナルな登場を果たしたイウェインの人気が、参加していた騎士見習い達の間で急上昇していたことは、ここにいる誰もがまだ知らないことだった。




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