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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第八章 第三の騎士
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page.179

       ***



 翌日の騎士就任式は厳かな雰囲気で執り行われた。

 すごい……なんか静謐って、こういう時に使う言葉なんだろうなぁ……。

 普段の謁見室は質素だ。玉座とそれからアーサーのためのもう一つの席、そこへ続くカーペットが敷かれている部屋で、玉座の背後にはペンドラゴン家のドラゴンをかたどった家紋を刺繍したすすけた垂れ幕が二枚下がっているだけだ。

 だが、今はカーペットは深紅の儀式用のものに取り替えられ、垂れ幕も一枚は赤にドラゴン、その頭上に王冠が描かれたペンドラゴン家のもの。

 だが、もう一つ飾られている垂れ幕に描かれているのは青地に獅子、その頭上に長方形から三本下に伸びる棒の図。これはイウェインのアストラト家の紋章らしい。

 これが並んでるだけでも、きっとイウェイン誇らしいんだろうな……。

 友達の胸中を思うと佐和も喜ばずにはいられない。

 アストラトに滞在している間だけでも、彼女がどれほど強い気持ちで騎士を目指していたのか知っている。

 謁見室には他の騎士も大勢集まっていた。

 基本、騎士就任式は自由参加らしいのだが、アーサー初、かつ物珍しい女性騎士を一目見ようと、非番の騎士はほとんど来ている。

 本来なら一介の従者である佐和やマーリンに参加する権利はない。けれど、アーサーがそこは推し量ってくれたようで、特別に壁際の柱の影から見ててもいいと許可をくれた。

 ただし、何か雑用しているフリをしていろとは言われたが。

 ウーサーは参加していない。関係ないからだ。それに臨席して女性騎士を認めたような絵図らになるのが嫌だったのかもしれない。

 まぁ、宴にはしょうがないから出てくるみたいだけど、正直いらないってーの。

 むしろ、イウェインのことを心から祝福してくれる人間だけが、ここにいれば良いと佐和は思っているが、周りの騎士はどう見ても物見遊山だ。

 唯一違うのは玉座の前でイウェインの入室を待っているアーサーと、その横に控えたケイとガウェインだ。三人とも騎士の正装をしている。

 三人ともかっこいいー……。

 まるでおとぎ話に出てくる王子様のような後ろの裾が長いジャケットに肩章。腰で履いたきっちりとしたズボンから伸びる足は全員長い。腰には剣を差し、真剣な表情でその時を待ち望んでいる。

 窓から差し込んでくる陽もイウェインの就任を祝うように穏やかで暖かい。


「それでは、これより騎士就任式を執り行う。イウェイン・アストラト。こちらへ!」


 アーサーの呼び声に呼応して謁見室の両扉が同時に開いた。

 廊下の窓から差し込む陽光を背にイウェインが背筋を伸ばし、謁見室に入室して来る。

 今日はイウェインも単なる男装ではなかった。

 アーサー達と同じ騎士の正装で、きっちりとジャケットを着こなしている。

 濃紺のジャケットに金の装飾。白いズボンは彼女の凛とした雰囲気をより引き立てている。腰には愛用している細身のレイピアが輝いている。

 イウェイン……綺麗……!

 感動しているのは佐和だけではなかった。

 謁見室にいた興味本位で扉が開くのを待っていた騎士たちも皆、イウェインの凛々しい佇まいに感嘆している。


「う……美しい……」

「本当にあのようなご婦人が殿下の騎士になられるのか……?」


 こそこそ交わされる言葉を聞いて佐和はほくそ笑んだ。

 驚いとけ。驚いとけ。

 あの美貌から繰り出されるとは思えない鋭い攻撃をこいつらが見たらどうなるか、想像するだけで笑える。

 イウェインはゆっくりとアーサーに近づいてから、片膝をつき頭を垂れた。その仕草も優雅だ。


「……イウェイン・アストラト参上いたしました。殿下」

「イウェイン。貴殿は私の試練に見事合格し、その武勇を見せてくれた。今後も貴殿の活躍に期待している。よって貴殿を私の騎士に任命する旨をこの場で表明する」

「必ずや、殿下の御力に」


 ここらへんは佐和もマーリンも事前に聞いている定型文のようなものだ。

 淡々と、しかし粛々と儀式は進んでいく。

 必要なやりとりが終わったアーサーは、イウェインに顔を上げるように告げた。


「……イウェイン、主従の誓いとして、私は貴殿に騎士の称号、そして私に仕える名誉、また貴殿が王都に滞在し、いついかなる時も私の力となれるよう城下町に屋敷を与える」

「はっ」

「また今後、貴殿の働きを公正に吟味し、貴殿の行いにふさわしき賞与を与えることをここに誓う」

「はっ」

「……では、イウェイン・アストラト。貴殿は主従の証として今から私が述べる騎士の掟を守ることを誓えるか?」


 ……あれ?

 事前に聞いていた流れとは違う。イウェインも少し不思議に思っているようだが、顔に出さないようにしている。


「マーリン、こんな流れだっけ?」

「いや、違ったと思う」


 ひそひそと柱の影に隠れて話していた佐和たちを見ている視線に気付いて佐和はさっと謁見室中に目を走らせた。

 視線の主は―――ケイとガウェインだ。

 二人とも忍び笑いを堪えているというか、いたずらがばれる前の子供のような笑い方を我慢している。

 ……何だろう?

 小首を傾げる佐和の思考を遮るようにアーサーが威厳のある声で宣言を続けた。


「私の騎士となる者には守ってもらうべき七戒がある」


 どうやら佐和だけでない。多くの騎士が初耳のようで静かに話に耳を傾けている。


「一つ、どのような敵にも恐れること無く勇猛に挑むこと。一つ、己の信念に、恥じぬ行いを常にすること、一つ、主君が道を誤った時には諫める事すら躊躇しない忠誠を誓うこと」


 アーサーが張り上げる誓いに部屋中が聞き入る。


「一つ、全ての弱き者を慈しみ、救いの手を差し伸べること。純真な心で友を信じ、人を愛すこと。許し合う心を持ち、他を寛容に受け入れること。そして、誰よりも騎士の名にふさわしく、持つべきものの義務を果たそうと努め続けること」


 微笑みながらも堂々としたアーサーの声にイウェインも魅入られている。


「難解な道にも屈せず、善き行いをし、務めを果たすと誓うか?」

「……イウェイン・アストラトの名にかけて誓います」


 アーサーが腰に差していた剣を抜いた。

 あらためて下を向いたイウェインの両肩に順に軽く面を当て、その剣を鞘に収めてから腰から抜き、鞘ごと両手で横向きに持った。


「……イウェイン・アストラト。貴殿をアーサー・ペンドラゴンの名において騎士に任命する」

「はっ!」


 アーサーが授ける剣をイウェインが受け取り、立ち上がった。その剣を腰に差し、観衆の方を振り向く。


「新たなる仲間、イウェイン卿に!」


 アーサーの合図でケイとガウェインが喝采を贈る。

 つられて呆然としていた騎士たちも続々と拍手を贈った。謁見室がここ最近、見たことがないほど活気づく。

 その渦の中心に立つイウェインの誇らしげな表情に佐和も拍手を贈った。




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