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お尻から伝わってくる振動を感じながら、佐和は辺りを見回した。時々、馬のような鳴き声と蹄の音が聞こえてくる。
兵士に捕まえられた佐和たちは、その後すぐに王都の強制収容所へ向かうための馬車に乗せられた。
佐和たちの乗せられた荷台は三畳ぐらいで、佐和たち以外にも何人かがちらほら乗っている。馬車の中は小さな窓から入ってくる月明かりだけで薄暗く、全員の表情も暗い。
そりゃこんなものつけられて明るい気分になれるわけないよね。
佐和は自分の両手にはめられた手錠を見てため息をついた。
まさか自分の人生において手錠をはめる日が来ようとは……。
「ごめんなさい…ブリーセン。巻き込むつもりはほんとになくて……」
佐和は横で膝をかかえていたブリーセンに頭を下げた。さっきからブリーセンは立てた膝に顔を伏せていて、隙間から佐和を見てはすぐに視線を落とす動作を繰り返している。
「あの……」
さっきからずっとちらちら見られているのが不思議で話かけたものの、ブリーセンは返事をしてくれない。
「……ミルディン」
「え……?」
沈黙に耐えかねた佐和の言葉を意にも介せず話し始めたブリーセンが、佐和を睨みつけてきた。
「ミルディンと、どういう関係?」
「え?」
脈絡のない質問に泡をくった佐和は、足元に横たわるミルディンを見下ろした。
床に寝かせたミルディンはまだ打たれた矢に塗られていた眠り薬が効いているようで、起きだす気配はない。幸い矢は非常に細い形状のもので、けが自体はたいしたことはないらしい。
「関係っていわれても……その……私が村人に追われてたところを助けてくれて……」
「……ふーん」
聞いたくせになんだその態度!
そう叫びだしたくなるのをぐっとこらえて、佐和は曖昧に笑った。質問しておきながらブリーセンは佐和の答えに満足できなかったようでふてくされている。
「あの……あなたはマーリンの妹なんだよね?」
「だから?」
あいかわらず膝をかかえたブリーセンは自分のひざに顔をうずめ、そこから少しだけ目を出し佐和を睨み返している。
敵だと思われてるのかな?
ブリーセンの視線からは佐和に対する敵意のようなものを感じる。その視線は非常に居心地が悪い。
聞きづらい!聞きづらいよ!
心の中で盛大に悲鳴をあげたけれど、聞かないわけにはいかない。
マーリンに会って、持っている杖を渡す。それが佐和の一番の目的なのだから。
そっと自分の横の杖を握った。
どうやらこの杖は一般人には見えないようで、兵士に取り上げられずに済んでいる。
「私、マーリンに会いたくて来たの。マーリンってどんな人?」
佐和の質問にブリーセンは眉をひそめた。
佐和の真意を測りかねているのだろう。まるで値踏みするような目だ。
「……なんで、あんたなんかに話さなきゃいけないの」
そりゃそうだ。佐和だって同じ立場なら理解できない申し出に聞こえるだろう。そもそもこんな風に他人の事情にずかずか踏み込むのは佐和の流儀じゃない。
「お願い。私はどうしてもマーリンに会いたいの。でも私はマーリンのことを何も知らないから……」
「なんでそこまで……生きてるかもわからないのに……」
最後の言葉は掻き消えそうなほど小さい。口にした途端、ブリーセンの瞳がにじむのがわかった。
彼女の涙に言葉がつまる。佐和だってマーリンには生きててもらわなければ困る。けれど、ブリーセンは佐和よりもっとマーリンの身を案じているはずなのだ。
佐和の脳裏を海音の笑顔が横切る。兄弟を思う気持ちに世界は関係ない。きっとブリーセンも同じ気持ちなはずだ。
「私にも……妹がいるんだ。同じことになったらきっと……気がおかしくなっちゃうかも……」
佐和の様子をつぶさに観察していたブリーセンはしばらく黙っていた後、ぽつりぽつりと話しだした。
「いいよ……少しだけ教えてあげる。お兄ちゃんが捕まった理由はね……そこの男のせいなの」
「ミルディンの?」
「その男、魔法使いなの。この前疫病が村に流行った時、お兄ちゃんを犯人だと思って兵士が連れて行ったの」
それで村人はマーリンの名前を聞いた途端に顔を強張らせたのか。でもそれだけでは「ミルディンのせい」とは言えない。
「ミルディンのせいっていうのは?」
「……あんたには関係ない」
え?そこまで言っておいて、あとはおあずけ!?
それだけ言うとブリーセンは膝に顔をうずめてしまった。顔を上げる気配が全くない様子に佐和は溜息をついて、鉄格子の向こうの空を見上げた。一つだけついている鉄格子の向こうの月灯りは馬車の中とはうってかわって澄んでいる。
「はぁー」
これからどうなるんだか。 ……お腹痛い。
先の見えない不安に佐和は思いっきりため息をついた。