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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第八章 第三の騎士
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page.176

第八章開幕です!

       ***



 謁見室に集められたのはウーサーの重臣達とアーサー、そしてグィネヴィアとロデグランスだ。

 佐和とマーリンはその様子を固唾をのんで壁際で見守っていた。

 玉座に腰掛けたままのウーサーはアーサーからのカメリアドでの報告を静かに聞いていたが、報告が終了すると長い溜息をついた。


「……ロデグランス、余は大変失望しておる」

「……申し訳ございません、陛下。申し上げる言葉もありません」


 ロデグランスが目を伏せた。横に立っているグィネヴィアは話の深刻さを理解しておらず、父親の様子に不安げにしている。


「また一人、余は友を失う事となるのか……」


 ロデグランスは黙ったままだ。何も言えるはずがない。

 そう思うなら、許してあげればいいのに……。

 もちろん、佐和だって個人の采配で刑の重さを変えていいとは考えていない。しかし、悲しむくらいならきちんとした裁判を執り行えばいい。


「……父上、ロデグランス卿の判断は致し方ない状況で行われた物です。どうか寛大なご判断を」

「アーサー、余とてそうしてやりたいのは山々だが、例外を認めるわけにはいかぬ。魔術師に関わった者は即極刑。これはキャメロット絶対の掟だ」

「……お父様?どういう事ですか?」


 そこで初めてグィネヴィアが震えた声でロデグランスの顔を見た。ロデグランスは困ったようにグィネヴィアの頭を撫でている。


「お前は何も不安に思う必要はないよ、グィネヴィア。……陛下、娘はこの件に全く関与していません。どうか、私を未だに古き友だと思ってくださっているのなら、最初のお約束だけでも果たしてはくださいませんか?」


 ロデグランスの決死の表情をしばらく眺めていたウーサーは立ち上がった。


「……良かろう。当初の約束通り、アーサーと姫の婚約は変わらぬ。しかし、カメリアド領は今後、別の騎士に任せる。姫君はこれからはキャメロットに滞在するように」

「……仰せのままに」

「お父様?」

「……大丈夫だ、グィネヴィア。お前は殿下と幸せになるんだ」


 ようやくグィネヴィアが事の重大さに気づき、小さな悲鳴を懸命に手で押し殺した。


「へ、陛下。どうか……どうかお父様を……父をお許しください。父は私を人質に取られ致し方なく」

「グィネヴィア姫、余とて好き好んでこのような判断を下しているわけではない。全ては法に則っての決定である」

「……父は……父は、どうなるのですか?カメリアドの領地を取り上げられ、父はどうなるのですか?」


 ウーサーの今までからの判断から考えると、おそらくロデグランスを待っているのも極刑だ。

 さすがにグィネヴィアがかわいそうになる。

 目の前で父親の死刑宣告をされるなんて……。

 せめて、グィネヴィアのいないところですればいいものを……。

 佐和すら耳を塞ぎたい。


「ロデグランスは」

「父上」


 ウーサーの判決をアーサーが遮った。

 そのままグィネヴィアを背に庇うように立つ。


「どうか、まずは姫のお話だけで。ロデグランス卿の処罰については、後に。お願いいたします」

「……良かろう。グィネヴィア姫。姫君にはふさわしき部屋を用意させておる。そちらへ」

「し、しかし……」

「姫君、今はどうか」

「殿下……」


 アーサーの説得にグィネヴィアは心配そうに何度もアーサーと父親の顔を見比べていたが、とぼとぼと迎えの兵に従って歩き出した。


「それでは……陛下、殿下失礼させていただきます」

「うむ」


 グィネヴィアがウーサーとアーサーに一礼して部屋を出て行く。もうロデグランスの顔を見ようとはしなかった。

 辛すぎて見られないのか、王宮に自分を連れて来た時点で彼の役割は終わったと思っているのか。相変わらずそのいじらしい態度からはよくわからない。

 謁見室の扉が閉まるとロデグランスは深々と頭を下げた。


「陛下、ご寛大な処置誠に御礼申し上げます」

「……良い。それより、ロデグランス。判決を下す前にお前には聞いておかなければならぬ事がある」

「何なりと」

「あれほど私によく尽くしてくれていたお前が娘を人質に取られたとはいえ、簡単に魔術師に屈するとは思えん。なぜ、得体の知れぬ男をそれほど信用したのだ?」

「それは……私にもわかりません。気がつけば、なぜかあの者を信用してしまっていたのです」

「……魔術にかけられたか。恥知らずめ。それでも余の騎士か!」


 はぁ!?

 何言ってんだ!!

 あいかわらず、ひどい物の言い方だ。

 なら、お前は魔法にかからないとでも言うのか。自分にできない事を棚に上げて何を言っているのか。

 本当に頭にくる。


「まぁ、良い。して、カメリアドを隠れ家にしていた魔術師の名と特徴を述べよ」

「はい、黒髪長髪の妙齢の魔女モルガン。若い青年で魔術師エイボン。それからかなり若く少女といっても差し支えのない年齢の魔女メディア。最後にこの三人を統率していたのが、ゴルロイスと名乗った男です」

「ゴルロイスだと……」


 途端、ウーサーは玉座に深く腰掛け、ついた手に顎を乗せ、深く考え込む素振りを見せた。

 その表情に不快感が露わになっている。


「なぜ奴の名を語る?同姓同名か……?お前は顔を見たのだろう、ロデグランス。お前ならば本人かどうかわかるはずだ」

「申し訳ございません。私には……わからないのです」

「どういう事だ?」


 ウーサーの目が厳しく光った。


「陛下、言い訳をするわけではないのですが……不思議とあの者の顔を、私はなぜか思い出す事ができないのです……まるで、(もや)がかかったように。決して陛下に対し、嘘をついているわけではありません。どうか、信じていただきたい」

「……ロデグランス、お前には本当に失望した。まさか、身も心も魔術に食われてしまうとは」

「陛下!私は……!」

「この者を牢へ!アルビオン王国国王として判決を言い渡す。ロデグランス。魔術師の隠蔽、ならびに協力行為の罪により、お主から騎士称号を剥奪し極刑に処する」


 ウーサーの宣言にロデグランスが主張を取りやめた。悲しげな瞳で、立ち上がり背を向けたかつての友人の姿を見上げている。

 ウーサーの命令を受けて、兵がロデグランスの両脇を固めた。ロデグランスは結局それ以上何も言わずに謁見室を後にした。


「……父上、いくら何でも今の処罰は……!せめて、命だけでも」

「五月蠅いぞ、アーサー!余の判決に物申すのか!?」


 アーサーはウーサーの怒鳴り声に一瞬怯んだが、身体に力を入れ直した。


「……はい。父上、ロデグランス卿は領主として素晴らしい人物です。確かに魔術にかかってしまった罪は重いですが、命を奪う必要性は。彼もまた被害者です」

「法がそう定めている!法を守らなければ国は混乱し、人々を戒めるものは無くなる。そうなれば、民は己の欲望に走り、国は混乱する。前にも言ったはずだ、アーサー。例外を認めることは慈悲ではない。それは甘さと取られると」

「しかし」

「これ以上、何度も同じ事を言わせるでない!!」


 空気を震わせるようなウーサーの怒鳴り声に佐和は思わずすくみ上がった。


「もうこの話は終わりだ。出て行け!」

「しかし……」

「アーサー!!」


 ウーサーはもうアーサーの言葉を聞く気がない。完全にアーサーに背を向けてしまった。


「父上……」


 アーサーの呼びかけをウーサーは黙殺している。何とか意見を言えないか模索していたアーサーだったが、しばらくして諦め謁見室を退室しようとした。それを見て佐和達も慌ててアーサーの後を追う。


「……待て、アーサー」

「何でしょうか?」


 扉に手をかけようとしていたアーサーにウーサーがようやく振り返り、声をかけてきた。

 その顔に不満がありありと浮かんでいる。


「お前は……ゴルロイスを名乗る男の顔を見た。そうだな?」

「……はい」

「……特徴を申せるか?」


 ウーサーの言葉に疑問を抱きながらも、アーサーは背筋を伸ばして報告を続けた。


「灰色の髪に淡い黄色の瞳をした初老の男でした。見た目だけなら優しげに映るような風貌をしており、服装もきちんとした貴族の物でした」


 アーサーの言葉を聞いたウーサーの顔が一気に青ざめた。

 アーサーが不思議そうにウーサーの元へ戻ろうとする。


「父上……?」

「アーサー、お前に新たな(めい)を言い渡す」


 余りにも固いウーサーの声にアーサーがその場で足を止めた。


「魔女モルガンとその一味ならびにゴルロイスと名乗ったその者を処罰せよ。生け捕る必要は無い。殺すのだ」

「しかし……」

「二度は言わぬ!このアルビオンの平和を守るためにも、必ずやその者達の首を撥ねよ!!」

「父上……」

「出て行け!!全員だ!!」


 ウーサーが怒鳴り散らし、アーサーだけでなく控えていた兵士達をも下がらせた。その声には反対を受け付けない強い意志が宿っている。


「……失礼いたします」


 アーサーは後ろ髪引かれながらも謁見室を後にした。

 玉座の前で視線を落とすウーサーの初めて見る絶望の目が、やけに佐和の脳裏に焼き付いた。



       ***



「何だったんだ、さっきの」


 アーサーの私室に戻るなり、開口一番マーリンが不満を漏らした。

 彼にしては珍しくわかりやすく憤っている。


「一体、何だって言うんだ」

「マーリン、とりあえず落ち着いて」


 サワが宥めるとマーリンは叱られた子どものように突然萎(しぼ)んだ。しかし、内心の不満が消えていないのは明らかだ。


「でも……なぁ、アーサー……アーサー?」


 不平不満を訴えようとしたマーリンの言葉が止まった。語りかけられたアーサーは顎に手を当て、何か思案している。


「アーサー?どうかしたんですか?」

「いや……父上の様子がおかしかった気がしてな」

「当たり前じゃないですか?」


 アーサーにとっても忌名だが、ウーサーにとってはより『ゴルロイス』というのは聞きたくもない名前なはずだ。

 なんせ、自分の命令で魔術師を使ってイグレーヌを前夫のゴルロイスから奪った過去がある。魔術師への八つ当たりぶりを考えると、ウーサーはゴルロイスのことすら逆恨みしているかもしれない。


「それは……そうなのだが……必要以上に事態を重く見ていたような印象を受けた。ゴルロイス公は亡くなったのだから、相手はただ嫌味で名を語っているだけで、所詮魔術師だ」

「不愉快なだけじゃないですか?」


 ゴルロイスという名前を語っただけで、ウーサーからしてみれば重い罪だ。そのせいで取り乱しているのだと佐和はてっきり思っていた。


「……そうなのだろうか……」

「それより、アーサー。どうやってモルガンを探すつもりなんだ?」


 マーリン?

 マーリンが進んでモルガンの捜索に関してアーサーに聞くとは思わなかった。意外な気持ちで佐和は会話の流れを見守る。


「以前、母上の暗殺未遂でキャメロットは捜索し尽くしているが……今一度調べ直す必要があるな。それから各領主にも厳重な命令を下しはするつもりだ。だが……ロデグランス卿の例もある……信用はならない……領地に関わりなく、魔術に関係のありそうな場所や情報を虱潰しに当たるしかあるまい」


 ロデグランス卿の名を口にした瞬間、アーサーの顔が悔しげに歪んだ。

 娘を人質に取られ、カメリアドを魔術師の潜伏先として提供していたロデグランス卿の刑は数日の内に執行されるはずだ。

 もし、刑の執行までにモルガン達を捕まえていられたら、ロデグランス卿を助けられたかもしれない。きっとそう考えているのだろう。

 だが、現状できるのはアーサーが言った案ぐらいのものだ。なんて地道な作業。気が遠くなりそう。絶対に間に合わない。

 マーリンもアーサーの横で悔しそうにしている。彼もまた魔術の被害で誰かが亡くなる事に敏感な人だ。

 なんとかこの重苦しい空気を変えたくて、佐和はあえて事務的な質問を尋ねた。


「じゃあ、明日からどうしますか?早速アーサーってどこかに行きますか?」

「いや、明日(あす)は久々に城にいる」

「そうなのか?」


 珍しい。ということは……キャメロットに戻って来て、ゆっくりと城にいる時間が初めて訪れることになる。

 そうなると必然的に佐和とマーリンが一緒にいる時間も長くなる。意識しないようにしていたマーリンとの距離感が唐突に気になり出した。

 うわぁ……今、そんな事考えてる場合じゃないのにぃ……。


『諦めない』


 そう宣言されたのはつい、昨日の話だ。

 あの時の優しいマーリンの笑顔、触れた手。思い出すだけで顔が火照る。


「あぁ、明日は用事があるからな」

「どんな用事だ?」


 マーリンの質問にアーサーは意地の悪い笑みを浮かべた。


「そうだな。お前らがいつも通りに今日一日働ければ、夜にでも教えてやる」

「は?」


 マーリンはいつも通りのアーサーの意地悪だと思い、無茶振りでもされると考えて嫌がっているが、これは多分違う。

 ……きっと私とマーリンが仲直りしたかどうか、ひっかけてきてるのかも……。

 けど……なんて、わかりにくい優しさ。

 案の定、マーリンは誤解してアーサーを睨みつけている。


「またサワに無茶を言うつもりか」

「だとしたらどうするんだ?ん?」

「俺が守る」


 マーリンの短い返答にアーサーの目が丸くなった。


「サワには指一本触れさせない」

「ま、マーリン!」


 ちょ……!そんなメインヒロインに言うようなセリフを……!!

 マーリンの恐ろしい所はこれを至極真面目に言っているところだ。

 何とかマーリンの暴挙を止めようと佐和はマーリンの袖を引いた。

 呆気に取られていたアーサーだったが、佐和の焦る様子とマーリンの真顔を交互に見比べると、また皮肉げな笑みを浮かべた。


「なんだ?まるで自分の女のような言い方だな?」

「そうなるつもりで言った」


 いつか似たようなやり取りがあった気がする。だが、続く言葉はあの時とは異なっていた。

 アーサーがマーリンを煽るより早く、マーリンが佐和の肩を抱き寄せた。


「アーサーの好きになんて、させないから」

「……!?」


 最早マーリンはアーサーの方を見てすらいない。佐和の顔を覗きこみ、溶けそうなほど優しい瞳で佐和だけを見つめている。

 悲鳴を上げなかったのは奇跡に近い。

 人生初体験。

 イケメンに至近距離で甘い言葉を掛けられるというおよそ佐和の人生に最も無関係なはずだった状態に、脳が追いついていない。


「……ま、ままま……マーリン」

「なに?」

「ちょ!……ちょっと、この……態勢は……!」

「辛かった?ごめん」


 どうやら誤解してくれたようだ。

 言いたいことはそこではなかったが、とりあえず放してくれたので良しとする。

 マーリンの腕の中から解放された佐和は両手で頬を抑え込んだ。

 自分でも自分の顔が真っ赤になっているのがよくわかる。

 い、い、いきなり何してくれちゃってんのぉぉぉ!!


「そういうわけだから」


 何がそういうわけなのか全くわからないが、マーリンは自分の宣言に満足している。

 最後にアーサーに一瞥して部屋の扉に手をかけた。


「ま、マーリン?」

「俺、家令に呼ばれてるから行く。だけど、何かあったらすぐ言って、サワ。駆け付ける。アーサー、サワに何かしたら、許さないから」


 それだけ言うとマーリンはあっさりと部屋を出て行った。

 取り残された佐和とアーサーはたっぷりと固まった後、互いの顔を見合わせた。


「……おい、どういう事だ!?あの変貌ぶり!?見ているこっちが恥ずかしい!!結局お前ら付き合うことになったのか!?」

「ち、違いますよ!!」

「なら、どうしてああなる!?以前より、酷いではないか!」

「ちょっ……!マーリンと話し合えって言ったのはアーサーじゃないですか!話し合ったらああなっちゃったんですよ!」

「なぜこんな事態に行き着く!?鬱陶しい!せめて俺の前以外でやれ!!」

「それはマーリンに言ってよ!」

「あいつに言っても無駄だろうが!お前が止めろ!」

「私が止めようとしたら、そんなのは二人で決める事だって言ったのはどこの誰ですか!」

「こうなるとは思いもしないだろうが!」

「私だってそうだっての!」


 言いたい事を言い、すっきりとした気持ちで足取り軽くマーリンが廊下を歩いている頃、部屋に取り残された佐和とアーサーの言い合いはしばらく続いていた。




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