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アーサーの支度をいつも通りこなした佐和とマーリンは馬に乗り、アーサーに従ってキャメロットへと帰城した。
援護のために駆けつけた騎士の何人かは、引き続きカメリアドの復興の指揮を執る予定だったが、それ以外の騎士も同時に城に帰る。
そして、その一向にはロデグランス卿とグィネヴィア姫を乗せた馬車も加わり、帰りはゆったりとした道のりだった。
そのせいで王都に着く頃には佐和の緊張はマックス値まで高まっていた。
待つ時間が長ければ長いほど、緊張って増すんだよなぁ・・・・・・うー、お腹痛い。
ロデグランスとグィネヴィアをウーサーの元に連れて行くのはアーサーが一人で行うらしい。その間、休息しているよう言われた佐和はマーリンを誘って、城の裏手の草原に来た。
たぶん、気を使われたのだと思う。
「マーリン、ごめんね。仕事の合間に」
「大丈夫」
応えるマーリンの声は平静で、今何を考えているのかはわからない。
それでもあの日、自分がこの人を傷つけた事実が消えてなくなったわけじゃない。
「……あのね、この前の話なんだけどね」
何か良い切り出し方はないかと、キャメロットへの帰路の最中もずっと考えていたのに、これといった案は結局、何も浮かばなかった。
もう、ここまできたら小細工も、細かい誤魔化しも、無しだ。
佐和は懸命に言葉を探した。
「……ごめんなさい!私は……マーリンが望んでくれてるような関係にはなれない……」
「サワ……」
「でもね、誤解だけはしてほしくない」
「誤解?」
「うん。私は……マーリンの事が大好きだよ。でも、それはマーリンの好きとは違うの。けど、マーリンの事が嫌いだから断るわけじゃないの」
言っている内にまた目頭が熱くなってくる。
今すぐ消えてなくなりたい。
でも、逃げたくない。
マーリンをこれ以上傷つけたくない。宙ぶらりんの状態にさせる事が何よりもひどいマーリンの誠意への、裏切りだから。
「ごめんね、ごめんね。ごめんなさい。私、マーリンの気持ちに応えられないのに、これからも一緒にいさせてほしいの。どうしても、やらなきゃいけないことがあるの。それは、マーリンと一緒じゃなきゃダメなの……」
泣き切ったはずの涙がまた静かに溢れ出した。
なんて虫のいい言葉。
恥ずかしくて。悔しくて。最低で。残酷で。
両手で顔を覆う。
「自分の言ってる事が最低で都合が良すぎるってことは自分でもわかってる。本当にありえないって。最低だって。でも、お願い。これからも一緒に、アーサーを見守らせてほしいの…………」
「……謝るのは、俺の方だ」
予期していなかったマーリンの沈んだ声に、佐和は涙で濡れた顔を上げた。
「サワが、何か目的があって、俺の側にいる事なんてわかってた。それなのに、それを逆手にとって、好きだって、言った。……言えば、サワが苦しむことくらい、わかってた」
マーリンは佐和に歩み寄った。柔らかい藍色の髪がそよ風に揺れている。
「だから、俺の方こそごめん」
「マーリンは……悪くない。マーリンは何にも悪くない。悪いのは私で」
傷つけた。
傷つけた。
やっぱり、傷つけた。誰より優しいこの人を。
「サワ」
謝り続けようとした佐和をマーリンが穏やかに止めた。
「聞いても、良い?」
「……なぁに?」
「俺の気持ちは……嫌だった?サワにとって、迷惑だった?」
そんなこと、あるわけない。
佐和はがむしゃらに首を横に振った。
生まれて初めて自分を好きになってくれた人。
それが、こんなに素敵な人の素敵な気持ちだったことを、迷惑だなんて、嫌だなんて、思わない。
思えるわけがない。
「……そっか」
「うん……」
「じゃあ、俺のこと、嫌いじゃないんだ」
「うん……」
「なら、まだ機会がある」
「……へ?」
突然、マーリンはいたずらっぽく笑った。今まで見せた笑顔の中で一番、穏やかで気持ちの溢れた表情だった。
見惚れる佐和の手をマーリンはそっと取った。
「一つだけ、アーサーを見習わなきゃいけないことがあると思って」
一体何の話かわからず、呆然とする佐和を楽しそうにマーリンが見ている。
「俺も、サワのそういう頑固なところは無視しなきゃ。サワは素直に甘えてくれないから」
「わ、私……マーリンにはかなり甘えて……」
「もっと」
マーリンは掴んだ佐和の手を包み込んだ。
「もっと、甘えて」
その表情に動けなくなる。
「今はいい。一緒にいよう。同志でも、仲間でも、同僚でもいい。一緒に頑張ろう。でも」
マーリンは佐和の手を強く握った。
「俺の気持ち、嫌じゃないって。迷惑じゃないって。だから、まだ機会がある」
「マーリン……?」
「いつか、好きになってくれるかもしれない。その日まで―――諦めないことにした」
「……そんな日は……」
「来ない?そんなのは誰にもわからない。未来のサワにしか。未来の俺にしか。だから」
マーリンは佐和の顔を至近距離から覗き込んだ。その顔がゆっくりと近づき、頬に温かい温もりが触れた。
「俺は頑張ることにした。―――覚悟、しておいて」
佐和から顔を離したマーリンが佐和の手を引いた。城に向かってゆっくりと歩き出す。
「帰ろう」
「…………う……うん」
繋いだ手に導かれるまま佐和も歩き出す。
ようやく何が起きたのか、理解が後から追いついて、佐和は空いた片方の手で頬に触れた。
……今、ほっぺに……キ……!
これ以上は頭の中でも単語を浮かべたら、恥ずか死ねる……!
どこかわくわくしながら前を歩く彼の背に、ただただ佐和は真っ赤な顔を隠しながら付いて行く。
彼の愛や思い遣りが温かくて。
ただひたすら繋いだ手と触れられた頬の熱がうずく。
きっともう、ただの傍観者ではいられない。
そう、思わせてくれるのにマーリンの手の平は充分な熱を携えていた。
第七章完結です。
明日より第八章開幕です。