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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第七章 傍観者の瞳は揺らぐ
173/398

page.172

       ***



 吸い込む息は冷たいのに、頭の芯は熱い。

 それなのに考えはどこまでも冴え渡って行く。

 佐和ががむしゃらに走り続けてたどり着いたのは城の裏庭だった。

 遊覧用の小さな湖に月が揺れている。その湖畔(こはん)で息も切れ切れに立ち止まった佐和は夜空に向かって吠えた。


「聞こえてるんでしょ!?出て来い!!」


 それは確信だった。

 ――――――確実に答えるに違いないと。

 佐和の予想通り、頭上に創世の魔術師の杖が姿を現した。ゆっくりと佐和の目線の高さまで降下してくる。


「まさか遂に我を呼びつけるとは、本当に例外尽くしの娘だ」

「そんな事はどうでもいいっ!!」


 佐和は飛びかかり、杖の首を締め上げた。


「そういうことなの……?ねぇ、運命の逆流が私を襲うって。こんな…………こんな、人の気持ちを踏みにじることも入ってるの!?」


 好きだ、と言ってくれたマーリンの顔が滲む視界に何度も何度も蘇る。

 今まで異性に好きだなんて言われたことが無かった。すごく嬉しかった。

 それが、マーリンだということも、たまらなく。

 身体がわなないたのは困惑したからだけじゃない。単純に嬉しかったから。

 でも、そうじゃない。

 

 そうじゃなかったんだ。


「何の話だ?」

「とぼけないで!!」


 佐和は金切声をあげた。その拍子に堪えていた涙がはじけ飛ぶ。


「マーリンの、マーリンの気持ちは本当は私じゃない。――――――海音に向けられるはずだったんじゃないの!?」


 蘇るマーリンの優しい微笑。


『生まれて初めて、俺を必要としてくれたのがサワだったから』


 マーリンのその言葉を聞いた瞬間、何もかも納得した。

 それは、私じゃない。私だったはずじゃないんだ。

 それは本来――――――海音が果たすべきだった役割だ。

 マーリンを求めるのは海音の役割だった。

 マーリンを支えるのも海音のはずだった。


 マーリンが佐和を好きになったきっかけは全て、本当は海音の物だったはずなのだ。


「……マーリンの運命の相手は――――――海音なんでしょ」


 杖は答えない。それは肯定と同じだった。


「こんなの酷すぎる…………。マーリンの気持ちを踏みにじるなんて……!」

「言ったはずだ。帰結点への経緯に我は関与しない。湖の乙女と創世の魔術師が恋仲であるかどうかなど」

「五月蠅いっ!!わかってたくせに!!」


 佐和の怒鳴り声に杖はまたありもしない顔をしかめた。


「何を悩む。恋愛感情が存在しないというのであれば断れば良い」

「できるわけがない!!」


 海音を生き返らせるために、マーリンから佐和は離れられない。告白を断れば共に居づらくなる可能性は高い。

 そして、マーリンが佐和に気持ちを伝えてしまった以上、無かった事にはできない。


 ありがとう。気持ちは嬉しいけど、私はマーリンの気持ちには答えられないの。ごめんねー。でも、一緒にアーサーを導こうね、私の目的のために協力してね、なんてどの口が言えるのか。

 ――――――なんて、酷い。

 目的を達成したければ、生まれて初めて自分を好いてくれた大切な人の大切な気持ちを踏みにじり、真実を隠して利用するしか道が無いなんて。

 もし、これが初めに杖が言っていた運命の逆流なのだというのならば、あまりにも――――――酷い。


「では、受ければ良い」

「ふざけないで!本当は妹の運命の相手だった人の気持ちを、弄べって言うの!?海音は私のせいで死んだんだよ!マーリンから海音を奪って、さらにマーリンの気持ちまで……そんなことできない!」


 海音がマーリンを拒絶するという考えは浮かばなかった。

 何より、マーリンと海音は運命で結ばれている。そう想像した瞬間、理屈ではなく納得した。

 想像なんて、生易しい物ではない。

 二人の並ぶ背中。共に導く未来。新しい世界。


 この二人は愛し合う。

 互いを最も必要とし合って。


 それは姉としての感だとか、お似合いの二人だとか。そんな言葉で言い表せるような物ではない。

 単なる事実として佐和の胸にすとんと、落ちてきたのだ。

 その喜びを奪った張本人が、さらにマーリンの気持ちを踏みにじるなんて許される事じゃない。

 でも、そうしなければ海音を救う事はできない。

 杖を握っていた手から力が抜け落ちる。ただ胸の前で力なく杖を見つめ、涙をこぼす佐和に、杖は呆れ返ったように事実だけを告げた。


「我は言ったはずだ。可能か不可能かでいえば不可能だ、と」


 覚悟はしていたはずだった。

 だから、バリンとバランが死んでも、マーリンがボーディガンに連れて行かれた時も佐和は立ち止まらなかった。

 どれほどたくさんの敵を殺す事になろうと、誰かに恨まれる事になろうと、海音を生き返らせられるなら甘んじて受け止めると、決めていた。


 けれど――――――その覚悟に、味方を傷つける選択肢は無かった。


「それに貴様もあの時、誓ったはずだ」


 杖の言葉に佐和はゆるゆると顔を上げた。


「どのような事を言われようとも、どれほど辛かろうとも、どれほど狡くなろうとも、どれほど後ろ指さされようとも、成し遂げると決めたのは貴様だ」


 ……………………その通りだ。

 力なく座り込んだ佐和の手から杖が滑り落ち、姿を消した。



 やっぱり、私はこの程度の人間だったよ、海音。

 アーサーやマーリンに、この世界で好きになってしまった人たちのために、未来を変えたくて。

 出しゃばって、マーリンに忠告を促した結果がこれ。

 ……馬鹿みたい。

 バンシーの言葉の意味が、本当に佐和に伝えたかったことが、ようやくわかった。

 あれは、脇役どころではない場外の人間だと思い知れと言う意味ではない。

 ――――――例え、大切な相手であろうとなかろうと、お前は部外者なのだから、罪悪感に浸れる権利など存在もしない。どんなものを踏みにじってでも最初の誓いを忘れるな、という警告だったのだ。


 一人きりになった佐和は、ただただ自分のスカートの裾に涙の染みが広がっていくのを傍観していた。




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