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「……好きだ」
生まれて初めての異性からの告白に佐和の頭が真っ白になった。
掴まれた手と熱の灯る視線が痛いほどマーリンの気持ちを注ぎ込んでくる。瞳に込められた熱が揺らいで。
言葉にならない。
佐和はわななく身体に力をこめて、何とか立っている。
「……やだなぁ、マーリン!私もマーリンの事大好きだよー。うん」
「そういうのじゃ、ない」
そんなことは知っている。
どうしてごまかされてくれない。
予感はあった。
確信も、していた。
それでも目の当たりにした途端、どうしたらいいのかわからなくなった。
「アーサーじゃない。サワ、俺を選んで。俺には、サワが必要なんだ」
「な、何言ってるの?マーリン、私、別にアーサーの事好きじゃない……」
「そうだと思う。何か目的があって、サワが俺とアーサーを助けてくれてる事ぐらいわかってる。だから、アーサーとグィネヴィアの関係を心配するのもそれが理由だって、頭ではわかってる。わかってる。だけど―――堪らないんだ」
マーリンは懸命に佐和に想いをぶつけた。
「サワがアーサーに近付くたびに、ケイやガウェインに笑いかける度に、狭い心で、堪らなくなる。だけど、サワから聞けばきっと俺は前を向ける。自分のやるべき事に専念できる。――――――俺を選んで、サワ」
マーリンの声が、瞳が、触れる手の熱が、熱い。
生まれて初めて自分が『愛されている』のだと痛感するのに、マーリンの切実さは充分すぎるほどだった。
こんなに、私の名前って切ない響きをするものなの?
これほど優しい人が、素敵な人が、頑張り屋の人が、勇気のある人が、笑顔が素敵な人が。
こんな自分を愛してくれている。
………………嬉しい。
嬉しい。
嬉しい。
嬉しい。
嬉しい。
乾いた身体に水が染み込むような、幸福感が体中をいっぱいにしてくれる。
悩んでも、悩んでも、答えなんて出なかった。
それなのに、言葉にされると、こんなにも――――――嬉しいなんて。
「ま……マーリン……」
「……何?」
優しい彼の声。ひどく、それは耳に甘い。
ずっと夢見てた事がある。
実は私には不思議な力があって、何かを成すために生まれてきた特別な存在だったりしないかって。
周囲の人とは違う特別な才能があったりして、ある日それが芽生えたりしないかって。
でも、それは物語の中だけのお話。
現実はそんな人間はほんの一握り。
そして、自分は明らかに脇役で終わる人間。
それならそれでいい。
でも、せめて―――普通でいい。普通でいいから、私を愛してくれる人だけはどうかいてくれますように。
新宿駅の駅ビルから眺めた人ごみに、それは途方もない願いのように感じていた。
けれど、その願いは叶う――――――叶うんだ。
信じられなくて、涙をためた瞳でサワは優しく見つめてくれるマーリンの瞳を見返した。
「…………一つ、聞いてもいい……?」
「うん」
「どうして………………私、なの?」
それを聞けば答えが出る気がした。すっと、マーリンの好きを受け止められる気もした。
その質問にマーリンは今まで見せたことのないほど優しい笑顔で答えた。
「生まれて初めて、俺を必要としてくれたのがサワだったから」
「ち、違うよ……マーリン、それは……!」
言葉を続けようとしたその瞬間、佐和は全てを察した。
体中を満たしていた暖かい幸福感が波のように引いていく。
「……サワ?」
黙り込んでしまった佐和を気遣ったマーリンが掴んでいた腕の力を緩め、労わるように顔を覗き込んで来た事すら気にせず、佐和は俯いた。
ああ、なんだ。
そっか。そうだった。
目頭が熱くなる。自分のつま先に涙が零れていく。滲む視界で佐和は自分を笑った。
そういうことか。
白い壁。
大好きだった彼。
新宿の人ごみ。
途方に暮れた自分。
夢は叶う。
特別な人。
特別な想い。
特別な自分。
自分を想ってくれる大切な人
―――そんなのは全て、幻だった。
「サワ?……サワ!?」
佐和はマーリンの手を思い切り振りほどき、その場を逃げ出した。
21時に次話投稿します。