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少し時間を置き、ようやく自分を取り戻した佐和は混乱したまま、会場に戻った。
……アーサーに、私がどうすればいいか聞かなきゃ。グィネヴィア姫の侍女はもう戻って来たし。いつも通りアーサーに付いてればいいのかな。それとも、給仕とかを手伝った方がいいのかな。
……ああ、嫌だ。
佐和は廊下を歩きながら自嘲した。
こんなのただの現実逃避だ。
仕事のことを考えて、気付いてしまった問題から目を逸らそうとしているだけだ。
確信してしまった。きっと、マーリンの感は正しいと。
グィネヴィアがアーサーと結婚したらどうなるかなんて、今なら簡単に想像がつく。
恐らく、初めは彼女は王宮にいる自分に、王妃という立場に酔いしれ、単純に楽しく日々を過ごすだろう。
しかし、アーサーは王族というだけで贅沢をしたり、それを振りかざしたりする事はしない。もしも、飢饉でも起ころう物なら、彼女はきっと食糧庫にある麦を解放しようとするアーサーにあの純真な瞳で小首を傾げながら訪ねるに違いない。
「なんで、民に麦を配るんですか?」と、小鳥のさえずるような声で。
彼女はアーサーの敵ではない。けれど、味方でもない。そして彼の心や志を大切にするつもりも―――無い。
でも……どうしろっていうの?
私に、アーサーの決定を覆す力なんてない。
役不足にもほどがある。笑ってしまう。
でも、このままなら確実に後に伝えられている事態が、本に記されていた通りの破滅の未来が、アーサーの元に降り注ぐだろう。
それを私は止めるべき……?
それとも、それが正史なのだから、黙認すべき……?
どちらが一体、杖の言った『正しき運命』なのか。
今まさに佐和は岐路に立たされている。
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考え込みながら会場にたどり着くと、さっきまでとは宴の雰囲気が明らかに変わっていた。
……何?
皆、談笑もせず、大広間の中央を凝視している。
その視線の先で優雅な音楽に乗せてアーサーがグィネヴィアに腕を差し伸べていた。
差し出された腕に恥じらいながらそっと手を乗せたグィネヴィアをアーサーがエスコートする。その優雅で洗練された動きに、全ての者が息をのんで見惚れている。
ロデグランスの合図で曲が変わった。
端に控えている楽団がワルツのための曲を奏で始める。手を取り合い、ゆったりと踊り始めた二人は物語の王子様とお姫様そのものだ。
輝く部屋の中心。
明るい顔。
見つめ合う瞳と瞳。
……駄目だ。
駄目だ。
駄目だよ、アーサー。
佐和はアーサー達から目をそらし、会場中からマーリンの姿を探して人の合間を縫って駆け出した。
その人はあなたの未来をきっと邪魔する。
悪い方向へ導く。
決して味方になんかなってくれない。
あなたが傷ついた時、その人はあなたを慰めたりなんてしない。
奥の壁際に控えていたマーリンが眉を潜めて二人のワルツを見守っている。その目を見た途端、迷子になっていて、ようやく会いたい人に会えた時のような安心感が佐和の胸をよぎった。
「……マーリン」
「サワ?どうし」
「来て」
佐和はアーサーにはばれないよう、マーリンの手を無我夢中で引いて、会場を後にした。
背後から優しいメロディが流れてくる。
遠い世界のおとぎ話のオルゴールのようなその音から佐和はマーリンの手を引いて逃げ出した。