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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第一章 ミルディン
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page.17

       ***



「え……?」

「マーリンなら二ヶ月前、魔法を使った罪で王都の強制収容所に連行された」


 ちょっと待って。

 そう言いたいのに声も出ない。

 そんな、そんなことって。


「だから会えない。……無駄足だったな」


 そのまま青年は出て行こうとする。少し開いた扉から差し込む光に照らされた顔が一瞬歪んだように見えた。


「……待って!もう一つ聞かせて!」


 佐和の叫び声に青年が振り返った。


「……なんだ?」

「ここから……王都まで歩いてどれくらい?どの方向に行けばいい?」

「……王都まで行くつもりなのか……?」


 信じられないと青年の顔が物語っている。

 そりゃ、そうだ。佐和だってそんな行動的に自分が動くことになるなんて日本にいる時は思いもしなかった。

 でも、ここにマーリンがいないなら、まずはマーリンのいる王都まで行かなければどうにもならない。収容所に入れられたマーリンとどうすれば会えるのかとか、そもそも無事なのかとかを考えるのはその後だ。

 可能性が低くても、海音のためにやるしかないのだから。立ち止まっている時間はない。


「ムリだ。王都まで歩いたら4日はかかる。途中難所もいくつもあるし。野宿しようにも獣も出る」

「そんなに……」


 元の世界でさえ、出不精であまり旅行にも行かない佐和が野宿旅など夢物語だ。

 それでも。


「収容される人達はどうやって連れて行かれるの?」

「囚人はドゥンの引く馬車に乗せられて連行される。ドゥンなら2日で着く」

「ドゥン?」

「足の早い魔物だ……そんなこと聞いてどうするつもりだ?まさか王都まで行くつもりじゃないよな?」

「無謀なのかもしれないけど……うん。行くよ」


 佐和の返事に青年が目をむいた。

 私だって無茶を言っていることぐらいわかってる。

 でも、海音のためにこんな所で諦めるわけにはいかない。

 青年の言い草からすれば、もしかしたらマーリンは王都に連れて行かれて既にこの世にはいないのかもしれない。

 けれど、その可能性は低いんじゃないだろうかと佐和は頭の片隅で考えていた。

 そもそも運命通り海音が試練を乗り越え、この杖を手にしてマーリンの所を訪ねていたとしてもタイミングは佐和と変わらないはずだ。とすれば、マーリンは海音が訪ねてきた時にもやはり王都にいることになる。

 つまり、これは海音でも佐和でも会うことになる展開ということだ。それならマーリンが死んでしまっているはずがない。


「……なんで、そんなに必死なんだ?そこまで会う価値がマーリンにあると?」

「うん。どうしても……私はマーリンに会わないといけないの」

「……羨ましい」

「え?なに?」


 青年の声は小さくて、佐和には聞こえない。聞き返してみると青年は「なんでもない」とそっぽを向いてしまったが、出て行こうとはしなかった。

 そのまま下を向いて動かなくなる。気まずい沈黙が二人の間を流れた。


「えっと……その……そ、そういえば名前!聞いてなかったですよね?なんて名前ですか?」


 話題を必死に探して発した佐和の発言に青年が冷ややかな視線を返してくる。

 やらかした。これじゃ、単なる不審者だ。

 村人に追いかけられるような人間が名前を聞いてきたりしたらそりゃ、もう怪しさマックスでしょうとも。話題のチョイスとしてはこれ以上ない失策だ。


「えっと……ごめん、見ず知らずの私にいきなり名前なんて」

「……俺が怖くないのか?」

「へ?」


 間抜けな声を出した佐和をちらりと見た青年が言いにくそうに言葉を探しているが、佐和には彼の言っている言葉の意味がさっぱりわからない。


「えっと……確かにもうちょっと目つきは優しくしたらいいかなーと思うけど」

「え?」


 怒らせた!そう思った佐和は思わず頭を抱えたが、当の青年は豆鉄砲を食らったかのような顔で佐和の顔を見つめ返したまま動かない。


「えっと……あの?」

「おかしい」

「え?な、何が?」


 一体この人は何が言いたいんだろうか。

 理解できずに頭をひねっていた佐和は一つの可能性に行きついた。


「あ!もしかして、私が兵士にあなたを突き出すとか思ってる?大丈夫!命の恩人にそんな真似しないから!」

「恩人?俺が?」

「うん、だって助けてくれたし」


 佐和はこの世界の人間じゃない。だから、魔法を使う青年の事は別に怖くもなんともないけれど、彼からすればそれは理解できない価値観だろう。

 もし、佐和が自分を怖がって兵士に引き渡そうと考えるかもしれないと考えているなら、そんな風に不安にさせるのは申し訳ない。

 彼が佐和を助けてくれなかったら、今頃佐和は村人たちに捕まり、兵士に引き渡されて、収容所行もしくは殺されるところだったのだから、むしろ恩人だ。


「ありがとうね」


 佐和のお礼を聞いた青年の目が一瞬見開いた気がしたが、すぐに視線をそらされてしまう。まるで珍獣でも見たかのような顔だった。


「えっと……」


 黙りこくってしまった彼の顔を覗き込もうとした佐和にいち早く反応した青年が野生動物みたいな素早さでそっと顔を伺っていた佐和を見た。


「……ミルディン」

「え?」


 聞き取れなかった佐和の顔をそっぽを向いていた青年が見つめ直してきた。

 その表情に鼓動が跳ねた。

 小屋に差し込む柔らかい光が青年の綺麗な顔つきをほのかに照らしている。


「ミルディン」

「ミル……ディン」


 名前を馬鹿みたいに繰り返した佐和をミルディンが見つめてくる。その瞳に宿る不思議な光を佐和はぼんやりと見つめた。

 その時、小屋の外から異常なざわめきが聞こえて来た。その音にミルディンの目つきが鋭くなる。


「ここにいろ」


 ミルディンが少しだけ開けた扉からするりと外に抜け出していった。

 そうは言われても表の喧騒は大きくなるばかりで、追われている立場としては状況を確認せずにはいられない。

 佐和はミルディンの出て行った扉を薄く開けてそっと外の様子を伺った。


「放して……!!」

「大人しくしろ!!」


 小屋から少し離れた道の合流地点に人だかりができている。人と人との隙間から見えた状況に思わず息をのんだ。

 中学生くらいの少女が鎧を着た男たち―――たぶん兵士に、手荒に地面に組み伏せられている。人ごみはそれを囲むようにできているようだった。


「いやぁ……!!」

「お前が手引きしたんだろう!!」


 兵士は少女の三つ編みの茶色の髪をひっつかみ、語気を荒げている。衆人も誰1人少女を助けようとはしない。それどころか冷やかな視線で少女を遠巻きに観察していた。


「あの子、ほら。あそこの孤児院の子」

「ああ、数年前の疫病の原因になった……」


 衆人から聞こえてくるひそひそ話を聞きながら、佐和は少しだけ身を乗り出した。

 疫病の原因……?

 話の内容はよくわからないけれど、少女の味方がいないことだけはなんとなく佐和にもわかった。


「私は知らない!!やめて!放して!!」


 泣き叫ぶ少女の頬がひどくはれ上がっているのが佐和の位置からでもわかった。

 あの兵士達に殴られたのだろう。痛々しい傷の上を涙があふれていく。


「嘘をつくな!この村に先程マーリンを探す女が現れたという情報が、村人から寄せられた。今度は何をしでかす気だ!」

「何もしないし!前もしてない!!」

「いい加減にしろ!二年前の事件といい、この前の事件といい、この村に二度も疫病をまき散らした魔術師の一族が……!!今までお前は魔術を使う素振りがなかったから捕まえられなかったが、今度はそうはいかん!!貴様を王都の強制収容所へ連行する!」

「いやあ!……助けてえ!!」


 詳しい経緯はさっぱりわからないけれど、一つだけ佐和にも確信できることがある。

 佐和のせいであの少女は窮地に立たされているのだ。たぶん佐和が来たせいであの子は兵士に疑われて捕まることになったに違いない。

 少女の酷い頬の傷を見ると罪悪感で胸が締め付けられる。けど、ここで出ていけば佐和が捕まるだけだ。

 どうしよう……!!

 どうにかできないかと焦りながら、辺りを見回してみると、少し離れた観衆の一番後ろにミルディンが立っているのが見えた。

 心なしかその顔は青い。怯えるような目で兵士に捕まっている少女を見ている。

 今頼れるのは彼だけだ。佐和は小屋からそっと抜け出すとミルディンの後ろについた。


「ミルディン」


 こっそりと声をかけた佐和が自分の背後に立っているのに気付いたミルディンの顔つきが、驚愕の表情に変わった。


「出てくるなと……」

「あの子は……?」


 佐和の質問にミルディンの表情が今度は苦虫をつぶしたように変わる。


「ミルディン……?」

「二か月前……この村に疫病が流行ったんだ。その時、疫病を流行らせたのがマーリンだと噂が流れて……マーリンは兵士に捕まった……ブリーセンはマーリンの妹だ」

「マーリンの、妹……」


 ミルディンの言葉に佐和の心臓がはやりだす。

 マーリンの妹。

 それが本当なら、何かの手がかりになるかもしれない。それならこのままみすみすブリーセンを兵士に連れて行かせてはならない気がする。

 けど、こんな大観衆の中、どうやって連れ出せば……。

 せめて、何か、何か兵士の気をそらせるようなことが起きれば。

 辺りをさっと見渡すと、路地に立てかけてある木材が目に飛び込んできた。それからその近くに出ている露店。その場で焼いた肉を切り売りしている店だ。露店の軒先の後ろで大きな肉を炎で炙っている。店主はこの騒ぎのせいか店先にはいない。

 意を決して佐和は人ごみの後ろを移動すると、肉を焼いている炎の中の一本の木材を引き抜いた。それを路地に立てかけてあった木材に押し付ける。少しすると木材に火が燃え移った。慌てて今度はそこを離れる。


「火事だ!!」


 鋭い声に村人の視線が一斉に燃え上がる炎に向けられる。勢いを増して次々に民家に燃え移っていく炎に、慌てた村人が鎮火しようと一斉に動き出した。

 パニックに陥る人、騒ぐだけの人、逃げ出す人、場が混乱で満ち溢れ、人がバラバラに動きだす。


「おい!貴様ら!落ち着け!」


 兵士の静止もきかず、村人が慌てふためく混乱の中、佐和は建物の影からそっとブリーセンを手招いた。


「急いで!こっち!」


 見上げたブリーセンの顔は遠くで見た時よりも痛々しかった。頬が腫れ上がり、そばかすの残る幼い顔中が涙で濡れている。乱暴に捕まれた茶色の三つ編みは乱れていた。


「早く!!」

「何をしている!?」


 佐和に気付いた兵士が踵をかえしてくるのは同時だった。駆け寄って来たブリーセンの手を引いて走り出した佐和の前に別の兵士が立ち塞がる。


「さては貴様が例のマーリンを探していた女だな!!」


 周りの兵士が腰から剣を抜き放つと切っ先を佐和たちに向けた。じりじりと距離を詰められ取り囲まれる。

 刃物を人に向けられた経験など日本に生きててそうはない。初めて味わう恐怖に足がすくんで一歩も動けなくなった。


「抵抗すれば切る!」


 するわけないじゃん!!

 周りはすっかり兵士に囲まれている。どうしようもない状況に反射で佐和は両手を挙げた。

 降参のポーズ。無意識にやっていた。

 けれど、佐和は忘れていた。ここは佐和の住んでいた世界とは違うことを。

 手を挙げた佐和を見た兵士がまるで次に佐和が爆弾物でも投げつけてくるかと思ったように怒鳴った。


「何をしでかす気だ!」

「ちが……!」


 弁明をする間もなく一人の兵士が佐和に向かって剣を振りかざした。

 ――――切られる!


「きゃああ!!」


 顔を覆いその場にうずくまった。洞窟で味わった死への恐怖が這い上がってくる。絶対、痛い。

 けれど、いつまでたっても佐和の身体のどこにも痛みは走らない。恐る恐る顔をあげると佐和とブリーセンの前にミルディンが立っていた。


「ミルディン!!」

「ひいい!!なんだこいつ!」


 ミルディンから焦って遠ざかる兵士の手元を見て、佐和の口が開く。

 兵士が持っていた剣の先がぽっきりと折れていた。


「な……」

「なんだ!貴様は!」


 別の兵士がミルディンに勢いよく切りかかる。


「ミルディン!!」

「アダマント!」


 ミルディンは切りかかってきた兵士に手を向けると知らない言葉を叫んだ。その途端見えない壁に阻まれるように兵士の剣が宙で止まる。


「なんだこれ!」

「さては貴様も魔術師か!!」


 そうだ。これは魔法だ。

 洞窟で海音が天井を落盤させた後、佐和たちの身を守った時の魔法と似ている。魔法を使ってミルディンが佐和とブリーセンを助けてくれているのだ。

 ようやくわかった。

 さっき村人に追われた時も、佐和の姿が目の前にあるのに村人から見えなくなったのはミルディンの魔法だったんだ。


「リプカ!」


 ミルディンがまるで薙ぎ払うかのように手を周囲にかざすと、あっという間に兵士と佐和たちの間に炎の壁が出来上がった。


「早く!長くは持たない!」

「ミ、ミルディン!?」

「話は後だ!はや」


 く、と続くはずのミルディンの言葉が止まった。そのままゆっくりと横にミルディンが倒れていく。


「ミルディン!!」


 ミルディンが倒れた途端、周囲の炎の壁が消えうせた。


「ミルディン!!ミルディン!!」

「く……」


 苦痛にうめきながら倒れたミルディンに駆け寄ると、その背中に小さな針が刺さっている。消え行く炎の壁の向こうに吹き矢を持っている兵士がいるのが見えた。


「捕えろ!!全員王都へ連行するんだ!」


 次々と現れた兵士に佐和達は地面に組み伏せられた。




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