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宴も中盤にさしかかり、ロデグランスとグィネヴィアに挨拶に来る人の波も落ち着いて来た。
ようやく一息つけたようなタイミングでグィネヴィアが佐和を手招きした。すぐに側に駆け寄り身をかがめるとグィネヴィアが小さな声を出した。
「私、少し休憩したいわ」
「わかりました」
これは事前に決めてあった隠語だ。つまりはお手洗いに行きたいというだけの事である。
佐和はグィネヴィアの後に付いて会場を後にした。
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お手洗いを終えたグィネヴィアを控えの部屋に入れ、佐和はドレスのよれた部分などを直していた。その間グィネヴィアは楽しそうに佐和に語りかけてくる。
「本当に、素敵な方だったわ……殿下」
「そうですね」
佐和の適当な相槌でも彼女は気にしない。
なぜなら、佐和の意見などどうでもいいからだ。
貴族階級の人間が一般市民にも自分たちに同じように意思や人格があると考えていないことは、こちらの世界に来てから身に染みている。
グィネヴィアも佐和が肯定以外の言葉を口にするとは夢にも思っていない。
「あの金髪、とても綺麗だったし……それにご挨拶も優雅で、とても格好良かった……」
「そうですね」
佐和はスカートの裾を直したりしながら、適当な返答を繰り返す。
佐和の様子に気付かず、グィネヴィアは夢見る口調で語り続ける。
「キャメロットに招待していただけたという事はいよいよなのね……長かったわ。この日をどれだけ待ち望んだか、わからないもの……ねぇ、あなたも祝福してくださる?」
「何をですか?」
本当は佐和の祝福なんてどうでもいいくせに。
ただ単純に彼女は自慢したいだけだ。自身の身の上に降り注ぐ明るい未来を。
「私、アルビオンの王子様と結婚するのよ?私が王妃……キャメロットでの暮らしは一体どれほど優雅なのかしら?想像もつかないわ……」
「……ま……待ってください」
グィネヴィアは嬉しそうに両手を唇に当てている。だが、佐和は違う。
今の言葉で疑心が確信に変わった。
立ち上がり、正面からグィネヴィアと向き合う。
「あの……グィネヴィア姫、あなたは王妃になるんですよね?」
「そうよ!素敵でしょ!」
「殿下の事が……好き、なんですよね」
「恥ずかしいわ……」
直接口にするのはできないようで、頬を手で包み込んで恥じらっている。
普通なら可愛いと思う仕草。だが、佐和の心はその度に冷え切っていく。
「王妃になって何をする心構えでいるんですか?」
「心構え?」
アーサーは新しい時代の王になる。
その隣に並ぶ人物はそんな彼を支える人だ。
けれど……
「殿下の御子様を産む事を指しているのかしら?それとも……他に私がやる事なんてあったかしら?」
グィネヴィアにそのつもりは、無い。
佐和の疑問に心底不思議そうにしているだけだ。
彼女にはアーサーのために何かをするつもりも、やりたい事も―――無い。
「グィネヴィア様……一つ聞いてもいいですか?」
「なぁに?さっきみたいな不思議な質問?」
佐和は感情を懸命に抑え込み、努めて平静な声で尋ねた。
「殿下のどこが好きなんですか?」
「きゃあ、そんな事聞かないで。恥ずかしいわ……」
「教えてください」
恥じらっていたグィネヴィアは佐和の真剣な瞳に少しだけ怯え、慌てて一生懸命考えこんだ。
「そうねぇ……だって、王子様ですもの」
グィネヴィアはまるで名言と言わんばかりに手を叩き、自分の答えに満足そうに微笑んだ。
「それにとても格好良いし、お父様が選んでくださった相手だもの!」
それは、つまり―――グィネヴィアが好きなのは、アーサーの肩書きと、見た目だけ……。
佐和は応える言葉を失くしてしまった。佐和の様子を見たグィネヴィアが目を丸くしている。
「あなた、どこか具合が悪いみたいね?大丈夫かしら。代わりの侍女を呼んで来てもいいわよ?」
一見、佐和を気遣う発言。
だが、一度気付いてしまえばもうわからないフリはできない。
彼女は佐和の身を案じているのではない。佐和の身を案じている自分が好きなだけだ。
それはアーサーに対しても同じ。
自分を最も高い場所へ連れて行ってくれる王子様に憧れているだけで、アーサー・ペンドラゴンという一人の男に対しては何も感じていない。
佐和の具合を心配しながら、代わりの侍女を『呼んでくればいい』と言っているのが何よりの証拠だ。例え、目の前で困っている人間がいたとしても彼女には自ら動くという考えが無い。
そこへちょうどノック音が響き渡った。
部屋を覗き込んで来たのは、佐和の代わりにグィネヴィアの髪を結ってくれた元々のグィネヴィア付きの侍女の一人だ。
「サワ殿、ありがとうございました。もう代わりますので」
「あら。ちょうど良かった。じゃあ、会場に戻りましょう」
グィネヴィアがひどく楽しそうに部屋を出て行く。それに侍女が付き従う。
佐和はただ何も言えず、その浮かれた背中を見送り、部屋の真ん中に突っ立っていた。