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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第七章 アーサーの隣
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page.167

       ***



 翌日開かれたカメリアド解放の宴は、王宮の宴と比べれば幾分質素であったものの、雰囲気はとても明るかった。

 城の大広間の立食形式の宴に参加しているのは援軍として駆けつけたキャメロットの騎士やカメリアドの重臣達だ。

 ロデグランス卿も体力を取り戻し、座ったままだが宴には参加している。その談笑が水を打ったように静まりかえった。

 皆、見惚れてる……。

 佐和を後ろに伴い、大広間に入って来たグィネヴィアに会場中の視線が注がれている。

 悩み抜いた末にグィネヴィアが選んだのは落ち着いたラベンダーの色に紫で装飾の施された可愛いながらもどこかしっかりと締まった印象を与えるドレスだった。

 長く下ろしていた髪は複雑に結い上げられ、ピンクの生花で飾られている。

 さすがにこれは佐和にはできなかったので、少しだけ元々仕えていた侍女に出て来てやってもらったのだ。


「あれが噂のカメリアドのグィネヴィア姫……」

「お噂通りお美しい……」


 数々の熱視線を受けてグィネヴィアは照れくさそうに可愛らしく頬を赤らめている。

 可愛く見える照れ方。はにかむ具合。全てがまるでプログラミングのように正確に異性の関心を惹きつけてやまない。

 それが彼女の天性の才能なのか、それとも天然なのか、計算尽くしなのか、未だに佐和はこの二日間で量り知れていなかった。

 グィネヴィアがロデグランスに並んだ所でロデグランスが椅子の肘掛を支えにしながらも立ち上がり、会場に挨拶をした。


「この数か月、(みな)には苦労をかけた。よく耐え抜いてくれた。そのことにまず感謝の意を述べたい。そして、何よりこの方をご紹介しなければならない」


 ロデグランスの導く手に従ってアーサーが登場した。

 真っ直ぐ伸びた背筋、凛とした王子としての横顔、アーサーにしては珍しく真っ黒のジャケットにズボンの正式な騎士服に肩章をかけている。

 アルビオンの王子の登場に会場中が、グィネヴィアの登場の時とはまた違う様子で浮足立った。


「我らがアルビオン王国王子アーサー殿下でいらっしゃる。この度、魔術師と巨人に支配されていた我々を救ってくださったのは他でもない、アーサー殿下の御力である。皆、殿下に感謝の意を示し、より一層アルビオンの通商の要の街として、殿下の御力になれるよう、決意新たに明日(あす)を迎えてほしい。アーサー殿下、万歳!」


 あちこちで歓声と拍手が巻き起こる。それを一心に受けるアーサーの表情は変わらない。

 グィネヴィアをエスコートし終え、壁際に下がった佐和はこっそりアーサーを観察していた。

 今は王子としての立場がある。それにふさわしい威厳ある表情で喝采を受けているが、内心は複雑だろう。

 主犯を取り逃がしてしまった責任。こうなるまで事態の悪化に気付けなかった自責の念。ウーサーの非情な決断への憤り。犠牲者への悼み。しかし、それと同じくらい喝采を受け、救えた者が少なくともある喜び。

 良かったね……アーサー。

 少しずつ、少しずつではあるが、確実にアーサーは『魔法で生まれた忌み嫌われた王子』から変わりつつある。周りが彼を認め始めている。

 明るい方へ、向かって行っている。

 佐和は、今度はアーサーに熱い視線と賞賛の拍手を送るグィネヴィアを密かに観察した。

 この人がアーサーの奥さんになって、本当にうまく行くのか。まだわからない。

 それでも、未だ不安感は大きくなり続けている。

 拍手が止み、ロデグランスの合図で立食形式の宴が始まった。

 談笑する人の合間を縫って、佐和はグィネヴィア姫の後ろに気配を消して控えた。彼女のリクエストに答え続けるのが今の自分の仕事だ。

 グィネヴィアの潤んだ視線の先を追えばアーサーがいる。

 カメリアドの重臣達に囲まれ、和やかに語り合うアーサーの側にはマーリンも控えている。

 そんな三人の様子を見ていると、余計息苦しくなったように感じた。



       ***



 立食形式の宴とはいえ、ホストであるロデグランスとその娘のグィネヴィアは会場前方に設置された席から動くことができない。ひっきりなしに話しかけに来る人が多すぎるからだ。

 そんなグィネヴィアのために飲み物や食事をサーブするのも佐和の仕事だと、事前にカメリアドの侍女頭に作法やタイミングを一日で叩き込まれたおかげで、危うい手つきではあるものの、今のところ大きな問題を起こす事なく仕事はできていた。

 やがて人々の波が退き、グィネヴィアにジュースを渡していたところにアーサーとマーリンがやって来た。

 二日間しか離れていなかったのに、なぜか懐かしい気がする。

 そう思っていた佐和の前でアーサーはロデグランスに一礼した。


「ロデグランス卿、ご回復何よりです」

「本当に何から何までご迷惑をおかけいたしました。殿下」

「いえ、私は当たり前の事をしただけですから」

「この宴の企画も、殿下がご提案してくださったと家臣から伺っております」


 ロデグランスは恐怖から解放され、喜び、清々しい表情を浮かべる宴の参加者をまるで我が子を見るような愛おしい目つきで眺めている。


「これで心残りはありません」

「ロデグランス卿……」


 横にいるグィネヴィアは何の事かわからずに不思議そうにしているが、アーサーとロデグランスの会話に立ち会った佐和とマーリンにはどんな意味の言葉かわかってしまう。

 ここにいるのは救護のために派遣されたキャメロットの騎士を除けば、皆カメリアド領をロデグランスと共に支えてきた家臣達だ。

 今後、魔術師と関わった罪で裁かれるであろうロデグランスが彼らにまた会えるかどうかはわからない。

 ……それで、わざわざ宴なんて開いたんだ……。

 多くの犠牲者も出た中、質素とはいえ宴を開くなんてアーサーにしては珍しく空気の読めない事をすると思っていたが……今までカメリアドを守り続けてきたロデグランスのためなのだとすれば合点が行く。


「それに街の方では犠牲者の哀悼を祈る行事まで執り行ってくださった……皆、これで心の整理ができるでしょう」


 たった数日でそこまで……。

 元々有能な事も、その上自分に厳しい事もよく知っている。しかし、離れてみると、どれだけこの王になるべき人が人の上に立つのに相応しい人物なのかよくわかる。

 いつもならペンドラゴン家のシンボルカラーである赤を好んで身に着けるアーサーが黒の礼服であるのも、彼がどれだけ犠牲者にも心を配っているのかよくわかる。

 それに……きっと、それを全力で手伝ったに違いない同じ黒服に身を包んだ優しい魔法使いも。

 アーサーの後ろに控えるマーリンを密かに見つめようとした瞬間、佐和とマーリンの視線が交差した。

 あちらも懐かしいような表情で佐和の事を見つめてきている。

 その瞳に同志以上の感情の熱がちらつく。

 ……息が、苦しい。


「ロデグランス卿……」

「良いのです、殿下。代わりといってはなんですが、娘をよろしくお願いいたします」

「……必ず」


 頭を下げたロデグランス卿に、騎士として正式な礼をしたアーサーがグィネヴィアに向き直った。その途端、グィネヴィアが花が綻んだような笑顔を見せる。それにアーサーも優しく微笑み返した。

 どんどん、どんどん息が苦しくなる。

 緊張が増して行く。呼吸が荒くなっていく。


「姫君」


 グィネヴィアの前に立ったアーサーを見て、グィネヴィアも立ち上がった。その手を取ったアーサーがグィネヴィアの手の甲に口付けた。

 小説ならば、最も心ときめくシーン。

 それなのに佐和にはただこの光景が不安で、不安でたまらない。


「殿下……」


 グィネヴィアはアーサーの扱いに嬉しそうにはにかんだ。

 その目線、首の角度、声の微妙な甘さ。

 全てが佐和の胸にさざ波を立たせる。


「姫君、急な事ではありますが明日(あす)、キャメロットへと私は発ちます」

「そう……なのですか……」


 睫毛を伏せたグィネヴィアの顔をそっとアーサーが覗き込んだ。


「ですが、宜しければ、姫君もご一緒にキャメロットに行きませんか?」

「私も……?」


 初耳らしく、グィネヴィアは素直に驚いている。その様子を見守りながらアーサーは優しく言葉を紡いだ。


「はい。ロデグランス卿と共に。その間カメリアドは別の者に任せられるよう準備してありますので、どうか王都で守護させてください。またいつ、あの者達が現れ、姫君を脅かさないとは限りません。ロデグランス卿とご相談した結果です」

「お父様と……?」


 グィネヴィアの確認にロデグランスが短く頷いた。

 アーサーの話は恐らく半分は本当で、半分は嘘だ。

 つまり、アーサーはロデグランスをウーサーの裁きの前に連れて行かねばならない。しかし、そうなればグィネヴィアを守る人は誰もいなくなる。

 だから、王都に連れて行き自分が護ろうと考えているのだ…………未来の夫として。


「勿論、あなたの意志を私は尊重します。どうかこの宴が終わるまでにお返事いただきたい」

「考えるまでもありませんわ……よろしくお願いいたします。殿下」


 グィネヴィアからすれば願ってもない申し出だ。快諾するに決まっている。

 まるで白馬に乗った王子様が迎えに来てくれた物語のお姫様のような心地でいるのが、恍惚とした表情からもよくわかる。


「必ずや、お守りいたします。それでは、少し失礼します」

「はい」


 アーサーが離す手の上を、重ねたグィネヴィアの手が名残惜しそうに滑り、指先が少し引き止めるように触れてから離れた。

 アーサーは佐和の事など一度も見ずに背を向けて離れて行く。

 ―――まるで佐和なんてこの場に存在していないように。

 アーサーについてマーリンも背を向ける。振り返る直前、マーリンの瞳が佐和を捉えてくれた。

 それでも、二人の背は遠のいて行く。


 馬鹿らしい……。

 佐和は内心感じた自分の気持ちを自嘲した。

 どうせ、明日には元通りになれるのに。


 まるで、置いて行かれたような気持ちになるなんて。




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