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倒れていたロデグランス卿には息があり、命に別状は無かった。ただ衰弱しているだけだった。
男とモルガンが本当に消えたことを確認してから城を捜索し、捕らえられていた使用人達も解放したが、皆疲労が酷い。
「看護の手が足らないな……やはり、キャメロットに援軍を要請しなければ」
主に佐和とマーリンが走り回っているが、二人では手があからさまに足りない。腕を組んで考え込んでいたアーサーにガウェインが歩み寄った。
「俺がキャメロットまで一っ走り行って援軍連れてくるわ。俺とグリンゴレットなら休憩無しで走り通せるしな」
グリンゴレットはガウェインの愛馬の名だ。主人に似てタフな馬で、普通の馬より脚力も体力も多い。確かにガウェインの言う通り、普通の伝令を飛ばすよりも遥かに早くキャメロットにたどり着けるはずだ。
「……もう平気なのか?」
使用人を介護していた佐和は背後の二人の会話に耳を傾けた。
アーサーの言葉には何か佐和の知らない事情が含まれている。そして、ガウェインはそれを正確に読み取り、苦笑した。
「……あぁ、もう動ける。悪かったな。モルガンを逃がしちまって」
「気にするな。すぐに父上宛の書簡を書く。支度をして待っていろ」
「了解ー!」
去って行くガウェインの明るい様子は普段と変わらない。
でも……本当にガウェイン、どうしちゃったんだろう……。
モルガンと対峙した時のガウェインの様子は明らかにおかしかった。それなのに、アーサーもケイもその事に深く踏み込まない。
何か、あったんだ……きっと。
佐和はアーサーの騎士の中で最も勇猛果敢な騎士の、珍しく小さく見える背中をぼんやりと見ていた。
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ガウェインが休まずに走った結果、キャメロットからの援軍は通常よりも早くやって来た。
次々と看護や復興が執り行われ、怯え暮らしていた民も顔を見せるようになり、カメリアドは通商の街の名に相応しい活気を徐々に取り戻しつつある。
その間、アーサーはもちろん佐和達もカメリアドに滞在し、走り回る日々を送っていた。
そんな中、ロデグランス卿は衰弱していたものの命に別状はなく、アーサーとの面会は早い段階で実現した。
「これは……殿下、この度は本当になんと御礼申し上げれば……」
「ロデグランス卿、どうか楽なままで」
ベッドに横たわっていたロデグランスが起きあがろうとしたのをアーサーが手で制した。ロデグランスも本当は辛かったのかもしれない。素直にその腕に従っている。
ガウェインやウーサーが言っていた通り穏やかそうな人物だ。薄くなった黒髪、グィネヴィアと同じ新緑の瞳は細められ、目元の皺の多さがこの人物の優しさを物語っている。
「本当に申し訳ございません……何から何まで」
「一体何が起きたのか、話してくれるな?」
アーサーの確認にロデグランスは深く頷いた。
「はい。あれは数か月前の事でした。突然、ゴルロイスと名乗る貴族の男が私の元を訪ねて来たのです」
部屋の壁際で話に耳を傾けながら、佐和は必死にこちらの世界に来てからの事を思い出していた。
ゴルロイス。
どっかで聞いた事ある気がするんだけどなぁ……。
しかし、横にいるマーリンの顔色に変化はない。
とりあえず、佐和もロデグランスの話に集中する事にした。
「あのゴルロイス公と同じ名と聞き、不可思議には思いましたが、同姓同名だろうとさして気に留めませんでした。それに、彼は非常に礼儀正しく、すぐに私は心を許しました。今となっては、何故あれほど容易くあの者を信じ込んでしまったのかはわかりません。しかし、そうさせる空気があの者にはありました。ゴルロイスはしばらくカメリアドに滞在していましたが、突如、私に剣を向けたのです。そして、この土地をしばらく国の未来のために貸してほしいと言われました。無論、承諾できる事ではありません。私も剣を抜きました。その時、北門から巨人が侵攻してきたという兵の知らせを受け、驚いた隙に剣を弾かれ、さらにそこへグィネヴィアが駆け付けてしまい……娘を人質に捕られ、致し方なく……私はゴルロイスの要求を呑む事にしました……」
そこまで語ったロデグランスは上半身飛び起こし、アーサーに懇願した。
「殿下!私が領主として失格であり、罰せられるべき存在である事は重々承知しております!しかし、どうか、最後に私の話を聞いていただきたい!私が知りうる限りの情報を提供させてから死なせてください!」
飛び起きたロデグランスの肩をアーサーが力強く掴む。その目が優しげに細められた。
「無論だ。ロデグランス卿。勿論、領主として他者の侵攻を許してしまった罪を私の一判断でどうにかする事はできない。だが、貴殿の証言を無碍にする気はさらさら無い。安心して全て話してくれ」
「・・・・・・ありがとうございます。殿下」
頭を深く下げたロデグランスは話を続けた。
「ゴルロイスを名乗った者はまず巨人を用いてカメリアドを制圧し、そして、民から税の追加をするよう私に命じました。どうやら何かの計画のために資金を集めていたようです」
「その計画の内容は?」
「詳しい事はわかりません。しかし、この国の未来を変えると言っているのは聞きました」
「そうか・・・・・・続けてくれ」
「はい。そして、このカメリアドをどうやらゴルロイスの仲間達の隠れ場所にしているようでした。なぜ一般人であるあの男が巨人を統率できるのか不思議に思っていたのですが、ゴルロイスは魔女と魔術師を仲間にしていたのです」
「・・・・・・自称ゴルロイスに協力していた魔術師は黒髪の女、魔女モルガンだけではなかったのか?」
アーサーの疑問にロデグランスは首を縦に振った。
「はい。私が見ただけでもその魔女モルガン、それからエイボンという名の若い男の魔術師、メディアと呼ばれていた少女がゴルロイスの仲間だったようです。彼らは不可思議な魔術を行使し、城の兵を無力化してしまいました」
「……敵の魔術師はモルガンだけではなかったという事か……」
佐和はこっそり横にいるマーリンに目配せをした。
佐和とマーリンにとっては既知の事だ。
それにメディアはもういない。エイボンに殺されてしまった……。
そうなれば、残った敵は後、三人。
ゴルロイスと名乗った黒幕の男、魔女モルガン、魔術師エイボンだ。
でも、何でお金なんて集めてたんだろう……?
彼らの最終的な目標はウーサーへの復讐を果たし、アーサーと佐和を殺す事。そして、マーリンの身体を手に入れるという理解できない目標だったはずだ。その計画に資金が必要だとは思えない。
「このままではいけないと、私は何とかあの者達の目を盗んで、紙を手に入れ、自らの指を噛み切り書簡を連ねました。それを配下の者が何とか城から抜け出し、王都へと向けて発ったところまでが、私の知る全てです」
「なるほど……しかし、これで合点がいった事もある。キャメロットでモルガンが王妃暗殺の嫌疑をかけられ、各領地にも手配書が出回ったが発見されなかったのは、カメリアドに潜んでいたからなのだな」
「……魔術師を隠蔽してしまった罪は必ず後、償わせていただきます……」
ロデグランスの暗い言葉にアーサーも何も言えずにいる。
罰を決めるのはアーサーではない。ウーサーだ。
そして、あの王が昔からの仲であるという情に流され、魔術師に関わった罪を軽くするとは思えない。
「殿下、どうか殿下はお気になさらないでください。全て私の不徳の致すところなのですから」
「……すまない」
アーサーに彼の命を救う事はできない。
無力感に唇を噛みしめているアーサーを見たロデグランスはなぜか嬉しそうに微笑んだ。
「しかし、良かったと思える出来事もありました」
ロデグランスの言葉の真意がわからず、困惑しているアーサーにロデグランスは今にも泣き出しそうな笑顔で笑いかける。
「初めて殿下とこれほど直接長くお話させていただきましたが、やはり、あなたは王の中の王です。私は罰せられるでしょうが、アルビオンにとってカメリアドは通商の要の街。グィネヴィアとあなたの婚約を解消する事はウーサー王もしないでしょう……どうか、娘をよろしくお願いいたします」
ロデグランスは布団に額がつくほど頭を深く下げた。
アーサーは何も言えず、ただその姿を目に焼き付けている。
こんな良い人も……魔術師と関わったっていうだけで……。
アーサーと同じくらい、いやそれ以上にマーリンも唇を噛みしめている。その横顔を見ていると佐和も心苦しい。
どうして真面目に生きている人ほど生きづらいのか。被害者である彼が死ななければならないのか。
佐和も釈然としない気持ちでこの光景を傍観していた。