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「あれは……数か月前、とある男が父上の元を訪ねて来ました。それから……なぜか父上はその者ととても親しくなって……ですが、ある時突然、巨人がカメリアドに北から襲い掛かって来たのです」
グィネヴィアはその時の事を思い出しているのかもしれない。胸の前で組んでいた両手が震えた。
「すぐに逃げようと父の元へ向かった所、その者が父に剣を向けていました。私は怖くて何もできませんでした。その者は、その日からカメリアドは自分が支配するような事を言っていました……それから……」
「ゆっくり、落ち着いて。大丈夫ですよ」
戸惑いながら話すグィネヴィアの話はゆったりで概要がなかなか見えてこない。だが、アーサーはグィネヴィアを責めず優しい目線で続きを促した。
促されたグィネヴィアが視線を彷徨わせながら、懸命に言葉を選んでいる。
「それから……私はこの小屋に閉じ込められて……時々食事を持って来る者がいる以外には、巨人がこの小屋の周りを歩き回り、外に出れば食べられてしまうと脅されて……」
「では、ロデグランス卿が今どうされているか、姫君はご存知ないのですね?」
「小屋から出ないよう言われて、必要最低限以外縛られていたので……」
返事になっていないが、しょうがない。
普通、さっきまで化け物に囲まれていた女性に要領よく話せっていうのは酷だよね。
佐和も小屋に入ってグィネヴィアの話の続きに耳を傾けた。
「でも、父は危険なんです!この前、その者がこの小屋に来て、もうすぐ父上の役割も必要なくなると言ったんです……もしも、父上に何かあったら……私……」
「その者の姿の特徴を覚えていらっしゃいますか?」
アーサーの問いかけにグィネヴィアは悩んでいる。
「年齢は……父上と同じぐらいでした……身分は……貴族だと思っていました。着ている服も礼式もしっかりしていましたので。後は……とても優しそうな人だったのですが……」
「……わかりました。今、ロデグランス卿がどこにいらっしゃるか、姫君はご存知ないのですね?」
「はい……」
アーサーの二度目の確認にグィネヴィアが自信無さげに頷いた。
敵についての情報はこれ以上はこのお姫様からは聞き出せそうにない。
「どうする?アーサー」
「ロデグランス卿を探さなければな……民に重税のお触れを出したという事は城に捕えられ、無理矢理言う事を聞かされている可能性が高い。とりあえず、城に向かってみるか。姫君を安全な場所にお連れしなければならないし」
グィネヴィアが相談するアーサー達を不安げに見つめている。それを確認したアーサーが佐和の顔を見た。
「サワ、何かあれば姫君を。いいか、細心の注意を払って事に当たれよ」
「……はい」
アーサーはまるで威厳を見せつけるように佐和に命令を下した。久しぶりに見せる下の立場の人間への傲慢な態度だ。
かっこつけたい気持ちはわかるけどさぁ……。
はっきり言って好きな女の前でかっこつけたい気持ちはわかる。だが、出会った頃と同じような態度を取られるのは不服だ。
といってもそれはそれ、これはこれ。佐和は納得できない気持ちを隠し、グィネヴィアを脅えさせないようにそっと近寄った。グィネヴィアは不思議そうに佐和を見ている。
「殿下、あの……」
「ご安心ください。私の侍女のサワです。何でもお申し付けください」
佐和は忘れかけていた貴族への正式な礼をグィネヴィアに向けて行った。
アーサーの許嫁というのが本当なら彼女の立場はかなり上だ。しっかり礼を怠らないようにしないといけない。
「あぁ、ありがとうございます。殿下」
「御手を」
グィネヴィアは佐和の顔も見ず、直接アーサーに礼を言った。それを受け取ったアーサーも満足げに微笑み、グィネヴィア姫に手を差し出した。照れながらもグィネヴィアはその手を迷う事なく取っている。
立ち上がると佐和より少し背が高い。スタイルも良い。やはり文句のつけようのない美人だ。
「参りましょう」
「はい」
アーサーに連れられ、グィネヴィアが歩き出す。しっかりとエスコートするその様子は王子様とお姫様だ。ケイとガウェインも歩き出す二人にしっかりと騎士の礼を取っている。
その背中を見つめながら、佐和は言葉にならない想いを胸に抱いていた。
何だろう……これ……何か、もやもやする……。
私を紹介しておいて何か蚊帳の外というか。いや……まぁ、でもこれが普通の貴族の対応なのか。
釈然としない気持ちだが、今は考え事に浸っている場合ではない。意識を切り替えて小屋を出て行った四人に続いて佐和も部屋を後にする。最後尾ではマーリンが佐和を待っててくれていた。
「マーリン」
「…………サワ」
その表情に佐和は驚いた。マーリンが初めて見せる不安げな表情で前を歩くアーサー達を見ている。その様子に佐和も不安感を煽られた。
「どうしたの?」
「…………何でもない」
何でもないわけがない。マーリンがこんなに不安そうになった所を佐和は見たことがない。
会話している間にも四人との距離が開いて行く。
これだけ距離があれば、話し声は聞こえないだろう。一応声を潜め、佐和はマーリンに話しかけた。
「マーリン、私もなんかヤな感じがするの。マーリンも何か感じてるなら聞かせて」
マーリンは言い淀んでいる。しかし、しばらく悩んだ後、小さく吐き出した。
「……こんな事言ったらサワは……きっと、俺に幻滅する」
「しないよ。なあに?何思ったの?」
詰め寄った佐和の迫力に負けて、マーリンは観念して呟いた。その目はグィネヴィア姫の背中に向けられている。
「……あの姫をアーサーと一緒にいさせちゃいけない。そう直感したんだ。理屈は……うまく言えない。でも、それだけは確かなんだ」
その言葉に佐和も不安な気持ちでアーサーとグィネヴィアの並ぶ背を見直した。
見た目だけならこれ以上ない組み合わせのカップル。それなのに。マーリンだけではない。佐和までどうしてこんなにも心がざわつくのか。
佐和もマーリンも不安な瞳で、前を歩く未来の王と王妃を見つめた。
すみません、予約投稿日付間違えてました。
今日の夕方ぐらいにはまた1話あげる予定です。