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幾分森を進んだ先に小さな木造の小屋を発見した佐和達は小屋の様子をしばらく観察していた。小屋は静かで周囲には誰もいない。
「見張りはいない。ただの空小屋か……?」
「とりあえず確かめる必要があるんじゃないか?」
アーサーの呟きにマーリンが答える。全員同意見のようで茂みの中で互いに顔を見合わせた。
まずケイが建物まで接近し、合図を待って全員続く。窓は内側から布をかけられていて室内の様子を見る事はできない。
扉の両側で構えたアーサー達はそれぞれ剣を抜いた。アーサーが頷き、ケイが一気に扉を開け放つ。
「我が名はアルビオン王国王子アーサーだ!抵抗するな!!」
佐和は最後尾から部屋の中を覗き込んだ。小屋の中には何も物が無い。がらんとした室内の一番奥に一人だけ女性が床に座っていた。その目は布で覆い隠されている。
「アーサー……殿下……ですか?」
震える可愛らしい声。女性は両手を前で縛られていた。
着ている深緑の素材の良いドレスはこの質素な木造小屋にはふさわしくない。間違いなく小屋の住人ではない。
もしかしてこの人……。
剣を構えていたアーサーが駆け寄り、横に剣を置いてそっと跪いた。
「……もしや、グィネヴィア姫ですか?」
「……はい」
「失礼します」
アーサーがそっとグィネヴィアの目隠しを外す。伏せた長い睫がアーサーの顔を見上げた。
綺麗で真っ直ぐな長い黒髪。アーサーを見上げた瞳は潤んだ新緑。小さな顔が怯えきっている。
絶世の美女って噂、本当だったんだ……。
マーリン以外の男性陣が息をのんだのが佐和にはわかった。皆、見惚れている。
そして、何より。
グィネヴィア姫を見つめたアーサーのアイスブルーの瞳が揺れている。扉から差し込んだ光で舞った埃が淡く光る。時が止まったような静寂。
ああ……久しぶりに見たかも……。
誰かが―――恋に落ちる瞬間を。
小屋の空気は暖かく、時間にすれば一瞬だったのかもしれない。
だが、確実にアーサーとグィネヴィアの瞳は互いを見つめ合っていた。
どちらの目にもただ、お互いの顔が映りこんでいる。
やがて我に返ったアーサーが手を差しだした。
「……失礼しました。今、縄を解きます」
「はい……ありがとうございます」
差し出されたグィネヴィアの両手をアーサーはまるで割れ物でも扱うように優しく触れた。触れられた途端、グィネヴィアが恥ずかしそうに睫を伏せる。
拘束を解かれたグィネヴィアは座ったままアーサー達を見渡した。事態についていけない彼女は不安げに自分を取り囲んだ佐和たちの顔を順に見ている。
「ご安心を。後ろの者達は私の騎士と従者です」
「……そうなのですか……」
ほっと一息ついたグィネヴィアを脅えさせないようにアーサーは今まで聞いたこともないような優しい声でグィネヴィアに語りかけた。ようやく安心できたのか、グィネヴィアもおずおずと小さく声を発した。
「あの、殿下。一体なぜカメリアドに……?」
「カメリアド領領主ロデグランス卿に国王陛下の命でご挨拶に参りました。しかし、途中の村でロデグランス卿の書簡を持った伝令と出会い、異変を感じ取り、駆け付けた次第です」
「そうです!父上……!!」
焦って立ち上がった拍子にグィネヴィアが転びそうになったのをアーサーが咄嗟に抱き留めた。その瞬間、グィネヴィアが恥ずかしそうにアーサーを腕の中から見上げる。
うわ……もう、何これ、映画かドラマ?見てるこっちが恥ずかしい……。
「申し訳ございません。ありがとうございます」
「いえ……」
アーサーはゆっくりとグィネヴィアをもう一度座らせると、今度は浮ついた空気を振り払い、真面目な顔でグィネヴィアと目を合わせた。
「姫、このような状況で申し訳ありませんが、何があったか話してくださいますか?」
「……はい。全て、お話しします。ですからどうか、父を、父をお助けくださいっ……殿下」
グィネヴィアはこのカメリアドに何が起きたのか、ゆっくりと語りだした。