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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第七章 アーサー王の婚約者
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page.159

       ***



 砦からは崖の上に出られるようになっている。その崖を作っている山はアルビオン王国の南北を分断するように東半分に伸びている。例の佐和がやって来たアルビオンの東側の聖域の山から続いている山脈だ。

 確かに……前の戦の時、この山を越えて進軍するのは無理だったろうな……。

 山は急斜面が多く、足場も悪い。軍が進もうと思ったら、かなり道を選びながら遠回りするしかなかっただろう。


「そういえば、今回、私待ってろって言われませんでしたけど、付いて来て良かったんですか?」


 ガウェインが先頭を切りそれに続いてアーサー、佐和、マーリン最後にケイの順で登っている。佐和はすぐ前のアーサーの背中に声をかけた。


「本当なら砦に残すべきだろうが、他の巨人があそこに来る可能性もある。お前がいれば侵入者として危険な目に遭う可能性が高い。今回は何が起こるかわからないからな。決して俺たちからはぐれるなよ」

「死んでもはぐれません……!」


 はぐれたら確実に死ぬ。

 佐和にあんな化け物をどうにかする力は無い。

 決死の言葉になぜかアーサーも後ろのマーリンも笑った。


「はぐれたら死ぬだろうが」

「サワが幽霊になって取り憑く所を想像した」

「そういう意味じゃないですよ!」


 その時、先頭を歩いていたガウェインが立ち止まった。

 あたりの匂いを鼻をしきりに動かして嗅いでいる。


「どうした?ガウェイン」

「なんか匂わねぇ?」


 佐和も辺りを嗅いでみる。言われてみれば確かに。森の青臭い匂いに混じって何か香ばしい香りが漂ってくる。


「火を使っているのか?……ここからは静かに進むぞ」


 物音を立てないよう、細心の注意を払いながら茂みをかき分けていく。

 進めば進むほど匂いは強くなって来た。

 しばらくして、斜面が緩やかになり、開けた丘のような場所が森の中から見えた。

 その端に煙が立ち昇る焚き火の跡がある。丘に人影がない事を確認し、周囲を警戒しながら五人は焚火の跡に近寄った。


「誰もいねぇな」

「けど、煙が上がってるって事は使っていたのはそう前の事じゃない。確実に誰かはいたみたいだな」


 随分大きな焚き火の跡だ。佐和三人分ぐらいの大きさがある。

 これだけ大きな火を起こすのは大変だったろうに。ちょっとしたキャンプファイアーだ。

 焚き火に近寄りしゃがみこんでケイとマーリンが観察している間、ガウェインは周囲を見張るために少し離れて森の方向を警戒している。


「これ……」

「あぁ……」


 マーリンが持ち上げた何かの破片を見たケイの顔が渋くなる。アーサーがそれを横から覗き込んだ。


「それは何だ?マーリン」

「……多分、人の骨です」


 人の……骨……?

 佐和はマーリンの持っている破片を見つめた。汚れがこびりついた白い小さな欠片。佐和の目には貝殻の破片か、もしくは他の動物の骨にしか見えない。


「確かか?」

「俺もマーリンに同意見だよ、アーサー。間違いなく人間だ」


 よく見れば焚き火の跡の周りにはたくさん骨の破片が転がっている。細かく砕かれてしまっているので正確にはわからないが。

 これ……一体何人の人が……。


「巨人は人を火で焼いて食べるって聞いた事が……ある」

「……カメリアドの者達か」

「恐らく、そうだろうな」


 マーリンの話にアーサーの顔が悔しげに歪む。

 一体何人の人が犠牲になったのか。想像もつかない。

 それぐらい骨は細かく砕かれて大量に捨てられていた。

 ということは……捕まったら同じように食べられちゃうかもしれないって事……!?

 それは嫌だ。こちらの世界に来てから何度も命の危険を感じた事があるが、群を抜いて一番嫌な死に方だ。


「もしかして領主も……」

「無事だと信じるしかないな……」


 マーリンもアーサーも表情が暗い。それを見たケイがアーサーの肩を叩いた。


「大丈夫だと思う。村の人は課税のお触れから領主が変わったなんて事態には気付いてないみたいだったからな。署名も本人の筆跡だった。恐らくロデグランス卿は生かされて、無理矢理命令されているんだろう。そうなると姫君は人質に取られている可能性が高い」

「そうだな……今は信じて救出に向かうしかないな」


 その時、野生動物のような素早さでマーリンが立ち上がった。厳しい目で佐和達が昇って来たのとは反対側の木立を睨んでいる。


「マーリン、どうしたの?」

「……何か来る」


 その言葉でガウェインがすぐにマーリンの視線の方向に槍を構えた。アーサーとケイも剣を抜き、戦闘体勢に入る。佐和は四人の後ろに下がった。


「俺には何も感じられないが……」

「同じく。でも、マーリンは感が良さそうだしな」


 沈黙は、すぐに破られた。

 突然森から巨人が飛び上がった。そのまま佐和達のいる開けた場所に着地する。その瞬間、地面が跳ね上がり佐和は足をすくわれた。


「うわっ」

「サワ!」


 転びそうになった佐和をマーリンがすぐに支えてくれる。


「あ、ありがと。マーリン」

「二人とも下がっていろ!」


 自力で踏ん張った三人は現れた巨人に剣を構えた。さっき入口にいたのよりは多少小さい。だが、顔つきの凶悪さは比べ物にならなかった。

 入口の巨人の阿保面と違って今回の巨人は殺意を漲らせている。やはりぶつぶつした肌に大きな鼻、違うのは目が素早くアーサー達を観察している事だ。

 さらに巨人の背後の木が音を立てて倒れていく。同じ大きさの巨人が森からもう一体姿を現した。


「まさかの二体同時かよっ!?」

「どうにかするしかあるまい!」

「今度は倒しちまっていいんだよな!?」


 ガウェインの確認にアーサーが頷いた。


「やれ!ガウェイン!」

「どうりゃあああ!!」


 ガウェインが掲げた槍に力を込め、投げた。

 ゴーレムを貫いた槍だ。もしかしたら二体同時に倒せるかもしれない。

 そんな佐和の期待とは裏腹に、最初に飛び出して来た方の巨人がガウェインの槍を真正面から受け止めた。


「なっ……!」

「ぐぅおおお!!」


 耳をつんざくような唸り声を上げ、巨人は受け止めた槍を今度はこちらに投げ返して来た。

 凄まじい衝撃が離れていた佐和達の所まで届く。


「アーサー!ケイ!ガウェイン!」


 土埃で何も見えない。

 霧が晴れるように土埃が収まると、ガウェインが投げた槍が柄から地面に刺さっていた。

 そのまま掴んで投げ返したから、刺さったのは柄の方だったんだ……。

 という事はもし、この巨人にもっと知能があって正しい投げ方をしていたら。

 その攻撃の威力の凄まじさは計り知れない。


「くそっ……!俺の槍を投げ返しやがって……!」


 突き刺さった槍の横にガウェインが立っている。かろうじて避けたようだが、砕け散った石か何かが当たったようで頬にかすり傷を負っている。

 アーサーとケイは地面を転がり、槍から距離をとって両側に回避していた。


「どうやら腕力はお前と同等か、それ以上らしいな」

「へっ!今度はもっと本気出してやる!」


 ガウェインが地面から槍を抜いて構え直した。巨人が二体近付いて来る。


「ガウェイン、一体、気を引いてくれ。確かめたい事があるんだ」

「わかった!」


 ガウェインの槍を受け止めた巨人はターゲットをガウェインに絞っている。ガウェインはケイとは反対方向に駆け出し、その視線を奪った。

 ケイが後から登場したもう一体に向かって行く。振り下ろされた手を避け、足首を切りつけた。


「やった……!?」

「いや……」


 興奮した佐和と違ってマーリンが冷静に見守っている。巨人の横を駆け抜けたケイが自分の攻撃の跡を確かめた。


「やっぱり駄目か……」


 ケイの斬撃は巨人の肌に擦り傷を負わせただけだ。致命傷を普通の剣で負わせるのは無理らしい。

 剣が効かない、槍も効かない。

 じゃあ、どうすればいい訳!?


「マーリン、どうしよ……?」


 こっそり尋ねたものの、マーリンも悩んでいる。

 入口の時と違い、逃げ場がないせいかアーサーは絶えず佐和達が安全か気にかけてくれている。この状況でマーリンが隠れて魔法で援護するのは難しい。


「せめて急所をつければ良いのだが……!」


 アーサーの言葉で、マーリンが素早く目で何かを探し始めた。その視線が止まった先には森の樹々に絡まった蔦がある。


「また縄にして捕まえるの?」

「いや……今度は倒す手伝いをする」


 マーリンが瞳に力を込めた。マーリンの意志魔術を受けた蔦がこっそり戦場を這う。

 巨人の攻撃を避けることに必死な三人は気付いていない。巨人が振り下ろした拳がアーサーを掠め、土埃を巻き起こした瞬間、マーリンが動いた。


「今だ」


 土埃の中、マーリンが蔦で巨人の足を絡め取った。両足を縛られた巨人がバランスを崩し、倒れこむ。地響きが辺り一帯を震わせる。


「何が起きたんだ!?」

「わからん!が、チャンスだ!!」


 アーサーは怯む事なく巨人に駆け寄り、巨人が寝転がった状態でがむしゃらに振り回す手を全て躱し、倒れた巨人の後頭部に乗った。


「食らえ!」


 脳天に剣を突き立てる。巨人はその攻撃に大気を震わせるように唸り声をあげた。空気を震わせるような断末魔をあげ、暴れようとする。その手が後頭部のアーサーを掴もうと振り上げられる。


「……っ!」


 佐和の横でマーリンが瞳に力をこめた。マーリンの意志魔術で巨人の腕が何かに縛られたように途中で止まる。その腕に込められた力がなくなり、やがて巨人が息絶えるまでアーサーは決して剣を抜かなかった。巨人を仕留めたことを確認したマーリンがも意志魔術を解く。息絶えた巨人の腕が地に落ちた。


「アーサー!」

「大丈夫だ!今度はガウェインの方の一体をやるぞ!」


 ようやく息絶えた巨人から飛び降りたアーサーが、ガウェインを追いかけ回している巨人を観察し、反対周りでガウェインと合流した。


「おっし!どうすりゃいいアーサー!?」

「どうやら急所は人間と変わらないようだ。あいつの頭を狙えるようにしろ」

「ガウェイン、俺が隙を作る!」


 反対側から叫んだケイの声に巨人が反応した。ケイは巨人の注意を惹きつけると上着の内に隠し持っていた短剣を巨人の目に向けて投げ飛ばした。短剣は回りながらも正確に巨人の右目に突き刺さる。巨人は唸り声を上げて両手で顔を覆った。


「今だ!ガウェイン!」

「ばっちりだぜ!ケイ!」


 巨人の視界が奪われている隙にガウェインが背後から巨人に駆け寄り、持っていた槍を投げ捨て、巨人の片足を抱きかかえた。


「どうりゃああああ!!!」


 ガウェインの力によって巨人の片足が持ち上がる。バランスを崩し巨人が倒れた瞬間、地面にヒビが入り込み、跳ねあがった。


「アーサー!!」


 手で目を覆っていた巨人がその手をどける。あおむけに倒れた巨人の上にアーサーが飛び乗り、巨人の眉間に刃を突き立てた。


「ぐおおおおおおおお!!!!!!」


 最期の一体の断末魔の凄まじさに佐和は耳を塞いだ。横にいるマーリンは風圧に目を細めながらも状況をしっかり見届けている。

 すぐに巨人は動かなくなり、辺りには静けさが漂って来た。

 トドメを刺したアーサーが剣の露を払い、鞘に収めた。


「これで最後の一体だな」

「後は例の謎の男ってやつだけだな!!」


 ……すごい。

 本当にアニメや小説みたいに自分の身の丈より大きな敵を倒しちゃった……。

 巨人が弱かったわけではない。彼らが強すぎるのだ。武器をしまって互いを称える三人の騎士が異常なのだ。

 でも、それは奇跡ではない。

 だって、もう私は知ってる。

 アーサーが毎日必死に訓練してること。ケイがこっそり鍛錬してること。ガウェインが誰よりも果敢に敵に向かって行くこと。

 そして、その手助けをするために寝る間も惜しんで魔法を学んでいるマーリンのことも。

 誰もマーリンが手助けしたことには気付いていない。それでも、マーリンは結果に安堵してほっとしている。

 ……本当にすごい人達。

 この人達の傍にいられる事が、この人達を見守れることが誇らしい。


「さて、後はガウェインの言った通り、謎の黒幕の男の討伐とロデグランス卿、姫君の救出だな。だが、どこを探すべきか……ケイ、どう考える?」

「……とりあえずこの巨人たちが来た方角に向かうのが良いと思うな。拠点があるとすれば、そこから来た可能性が高い」

「そうだな。おい、マーリン、サワ。動けるか?」

「え?あ、はい!大丈夫です!」

「平気」


 呼びつけられた佐和達もすぐに三人に合流する。


「行くぞ」


 登って来た方角とは反対の森に向けて、佐和達は再出発した。




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