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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第一章 ミルディン
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page,16

       ***



 息が上がるほど走り続けてたどり着いたのは小さな倉庫だった。

 どうやら村の端までやってきたようで、追いかけてくる村人は一人もいない。

 後ろを振り返った佐和に構わず、木の扉をあけて青年は佐和を中に引っ張りこむ。たたらを踏みながらも佐和が入りきったことを確認し、扉に大きな閂をかけると、佐和のほうを初めて振り返った。


 「なぜ、村人に魔女とばれるようなことをしたんだ?」


 低く冷たい声。佐和を問い詰める青年が黒マントのフードを取った瞬間だった。

 い、イケメン……!

 それがフードを取った彼を見た佐和の第一印象だった。

 年齢はたぶん佐和と同じくらい。髪は黒色のように見えるが、小屋の隙間から差し込む光に当たって藍色の輝きを放っている。瞳は優しげな鳶色だが、吊り目のせいで柔らかい印象ではない。日本人とは違う顔つきにやっぱりここは異世界なのだとしみじみ感じた。


 「えっ……あの、特に何かをしたわけじゃ……」


 佐和の煮え切らない返事に青年が片眉をあげた。

 かっこいい顔で睨まれるとすごみが増す。


 「なら、なんで村人に追われてる?」

 「人を探してて、そうしたらなぜか……」


 そんなものは佐和が聞きたいぐらいだ。

 なぜマーリンの名前を出しただけで、あれほどの騒ぎになったのか。


 「……魔女じゃない?」

 「魔女って?」


 佐和の言葉を聞いた瞬間、青年が眉間を揉んだ。助けるんじゃなかった。と小さくぼやいているのが聞こえてくる。


 「魔女だと村人に追われるんですか?」


 同い年に見えるとはいえ、距離感もよくわからずとりあえず敬語で話しかけた佐和を睨み返した青年は盛大にため息をついた。


 「何を言っているんだ……当たり前だ」

 「えっと……私遠い国から来たんです。だからこの……この国の事情にうとくて」


 危うくこの世界と言いそうになったのを訂正する。

 怪訝そうにこちらを伺っているが、佐和を置いて出ていく様子はない。

 ようやくまともに話せるこの世界の住人と出会えたのだ。とにかく情報がほしい。それに。

 それに、この人絶対良い人だ。

 佐和のこういう感はよく当たる自負がある。

 実際、彼は佐和を睨みながらも一向に佐和を置いて出ていこうとはしないのだ。


 「……この国ではウーサー王によって魔法の使用が禁じられている。魔法使い、魔術師、魔女、魔法に関係した者は全て即処刑が許されている。運が良くても王都にある強制収容所行。最終的には死刑だけど」


 ななななにそれ!?

 どうやら魔法の溢れる異世界は佐和の幻想のようだ。

 日本人の海音さえぽんぽんと魔法を使っていたものだから、全員が魔法を使い豊かな生活を送っている世界なのだとばかり思っていた。しかし、魔法を使えるのは一部の人間だけで、差別の対象になっているということか。

 そんなファンタジーあり!?


 「わかったなら早くこの村を出て行け。お前は魔法を使えないらしいが、村人に誤解されたなら誤解だと弁明する間もなく、殺される」

 「そんな……」


 ということは、あそこで逃げ出していなかったら今頃私は死んでったてこと……?

 浮かんだ考えにぞっとして、佐和は身ぶるいをした。

 この人が助けてくれなかったらもう佐和はこの世にいなかったかもしれない。

 出て行こうとした青年の腕を気付けば佐和は掴んでいた。


 「ま……待ってもらえませんか」


 普段の佐和ならば考えられない大胆な行動に、自分が一番驚いた。

 でも、死んでいたかもしれないことに比べたらまだマシだと自分に言い聞かせる。ここでこの人との会話の機会を逃してはいけない。あの様子では村人たちに何か聞くことはもうできそうにない。今は彼だけが頼りだ。

 収容所?そんなものごめんだ。連れていかれた人間がどうなるかぐらい佐和にだって想像がつく。しかし、そんなことにはなりふり構ってられないのだ。

 佐和の脳裏に海音の笑顔が浮かぶ。

 あの子を助けるためにはどんなことだってやらなければならない。


 「お願い!どうしても会いたい人がいるの!その人に会うまで出て行けない!!」


 引きとめられた青年がまた眉間に皺をよせた。けれど、佐和の手を振り払ったりはしない。その良心に佐和はすがった。


 「お願い!あなたも村人なんでしょ!その人がどこにいるかだけ教えて!教えてくれたらもう迷惑はかけませんから!」

 「……誰を探してるんだ」


 しばらく悩んでいた様子だったが、悩みぬいた末にそう言ってくれたことで佐和の心が晴れ渡っていく。

 やっぱりいい人っぽい。


 「そんなに必死に誰を探してるんだ」

 「あのね、マーリンって人なんだけど」


 マーリン。

 佐和の口からその名前が出た途端。青年が引っ叩かれたような顔つきになった。

 え?

 どうしてそんな顔するの。

 というかこれだけ色々な人に影響を与えるマーリンとは一体何者なのか。


 「お前……なんで……」


 元々低かった青年の声が氷のように冷たくなった。

 その冷たさに気圧されて、佐和の背中を冷や汗が流れ出す。

 けれど、先ほどの村人とこの人の反応はどこか違うような気もした。

 さっきの村人はマーリンと聞いた瞬間、怒りと嫌悪のような感情が爆発したように見えた。でも今、目の前の青年はまるで手負いの獣のように怯えているように見える。


 「……どうしても、会いたいの。会って、渡したいものがあるの」

 「何を?」

 「それは……言えない。でも絶対、マーリンさんを傷つけたくて会おうとしてるわけじゃないことは誓うから」


 佐和の言葉に青年が目を逸らした。

 この反応。多分、この少年もマーリンを知っている。

 そうならば、余計ここで引き下がるわけにはいかなかった。

 どれくらい、そうしていただろう。

 ずっと目をそらしたままの青年を見つめる佐和の顔を何度か横目で見た青年がようやく重い口を開いた。


 「どうしても……会いたい?」

 「どうしても」

 「村人に蔑まれるような人間でも?」

 「例えそうだったとしても」

 「どんなことをしてでもか?」

 「……どんなことをしてでも」


 それが、海音を救う唯一の道ならば。

 決意を秘めた佐和の言葉は、しかし次の彼の言葉に粉々に打ち砕かれた。


 「……マーリンはもうこの村にはいない。連れて行かれた……収容所に」


 青年の言葉に佐和の目の前が真っ暗になったような気がした。




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