page.158
***
本気で嫌がった佐和を楽しそうにアーサー達が無理矢理引っ張って巨人を渡らせようとし、アーサーやケイに手を引かれていたら何かいたずらされる可能性をひしひしと感じた佐和は、やけくそでマーリンに頼み込み、腕を掴ませてもらって巨人の上を渡りきった。
非常にぶにぶにしている。
この気色の悪い感触を自分は生涯決して忘れることはないだろう。
涙目になりながら巨人を渡りきった先には大きな砦が変わらずに沈黙を守っている。
ケイの先導で門内部の階段から、佐和達は砦内部へと足を踏み入れた。順に部屋を覗いて行くが、どの場所も静まりかえり人気が全く無い。
「やはり異常だな。砦に見張りがいないなど」
「さっきの巨人にやられちまったのかねー?」
「それにしては砦内部には戦闘の跡が無い。多分違うんじゃないかー?」
なんでこの人達、こんな不気味な場所、平然と歩いて行けるんだろ……。
最後尾を歩く佐和はさっきからガウェインが何かを乱暴にひっくり返すたびに飛び上がりかける自分を自制するので精一杯だ。
砦の通路は薄暗い石畳で、今にも影から何かが飛び出してきそうだった。
「サワ……大丈夫?」
「ま、まま、マーリン……平気。だいじょぶ。ありがと……」
佐和の前を歩くマーリンが気遣わしげに何度も佐和を振り返ってくれる。
それは嬉しいんだけど……マーリンに引っ付くわけにもいかないしぃ……!!
先頭で部屋を物色して回る三人には聞こえないように、マーリンが佐和に小声で話しかけてきた。
「確か、幽霊とか苦手だって……」
「そ、そうなの。よく覚えてたね、マーリン」
「こういう場所も駄目?」
「うん……叫び出したい……」
マーリンは少しの間、悩んでいたが心配そうに佐和の顔を覗き込んだ。
「どうすれば良くなる?」
「女友達とかならひっつけばいいんだけど……」
マーリンは友達じゃない。
それどころか自分の事を好きかもしれない異性だ。
わ、私がマーリンの事、どう思うのか答え、出てないのに、そんな思わせぶりな事できない……!!
だが、ガウェインは論外だし、アーサーは絶対に嫌だ。以前だったらケイになら逆に気楽に頼んでいたかもしれないが、イウェインの事を知ってしまっている以上、そんな事はできない。
「…………俺は女友達じゃない」
「そ、そうだね……」
何を当たり前の事を言っているのだろう。そう思い、とにかく一人でどうにか耐えようと覚悟を決めて両手を組み、身体を縮ませていた佐和の手にそっと大きな手の平が重なった。
その手は佐和の強張った指をゆっくり解き、手を優しく包み込んで握った。
「……」
「……」
マーリンが、私の手を握っている。
……マーリンと私、手……繋いでる!?
何これ!?何が起きたの!?え!?いや、でも、振りほどくのもおかしいし!ん?おかしくないのか!?
違う意味で叫び出したくなった佐和の顔が熱くなる。
さっきまで感じていた恐怖も吹っ飛び、ただ右手の温もりだけが気になって気になって仕方がない。
マーリンはそのままの状態でゆっくり歩き出した。
「……怖くない?」
「……怖くはない……です」
マーリンが振り返らない事だけが救いだ。
今、私、多分。すごく、顔赤い。
二度目のマーリンと繋いだ手は前回よりも熱を帯びている気がする。
わ、私が、こういうシチュエーションで男の人と手を繋いでるなんて……信じられない……。
まるで雲の上を歩くようなふわふわとした気持ちと同じくらい、緊張もする。
胸が……苦しい。
「おい!人がいたぞ!」
アーサーの声で佐和は慌ててマーリンの手を放した。マーリンも既に意識を切り替えている。アーサー達が覗き込んでいる部屋へと二人も駆け寄った。
***
砦の一室に縛られ閉じ込められていたのは砦の兵士達だった。皆一様にぐったりとしていて、アーサーが訪れた事にも気付いていない。
「おい!無事か?何があった!?」
「……だれ……だ……?」
アーサーが一番手前にいた兵士の肩を揺さぶった。アーサーに話しかけられた兵士はうっすらと覇気のない様子で瞼を開けた。
「私はアルビオン王国王子アーサー・ペンドラゴンだ。国王陛下の命によりカメリアドへ視察に来た」
「で……でんか……?でんか……もうしわけありません……さきほどのような言葉づかい……無礼を……お許しください」
「マーリン、水を」
マーリンがすぐにアーサーの元に駆け寄り、背負った水筒から兵にゆっくりと水を飲ませた。水を飲みきった兵が息を長く吐き出す。
「一体何があった?」
「良かった……伝令が、届いたのですね……」
「……ロデグランス卿の書簡の事か」
「はい……」
「教えてくれ。一体カメリアドで何が起きている?」
「……カメリアドは、今、巨人を引き連れた男に占拠されています」
「何だと!?」
巨人だけでなく、領地を奪われたという事を国王や王子が知らなかった。恐らくそれは佐和が感じているよりもこの国においては大きな事態に違いない。部屋に一気に緊張が走る。
アーサーの顔色が変わり、兵に目線で続きを促した。
「その男は、突然、カメリアドにやって来ました。そして……三人もの巨人を連れてカメリアドを制圧したのです。我々も懸命に抵抗しましたが、戦いの最中に……ロデグランス様とグィネヴィア姫を人質に取られてしまい……なす術がなく……」
「どうしてすぐに王都に知らせに来なかった?」
「砦の入口に……巨人がいませんでしたか?私達が伝令を送ろうとするとすぐに感づき、片っ端から伝令に行こうとした仲間を殺しました。つい、この前、ようやく一人、大勢の仲間を犠牲にして、送り出せました。その事に怒ったのか、今まで我々に出されていた食料や水が減らされて……」
「……そんな中、よく耐えた。遅くなってすまなかった」
アーサーが兵を労わり、肩を優しく叩いた。労われた兵が弱々しく笑う。
「奴らは砦の門を決して開けぬようにさせ、砦の崖とつながっている森の中に拠点を構えて何かをしているようです。そこに……恐らくロデグランス様と姫様も……どうか、殿下。我らが領主様達と民をお救いください。ロデグランス様を捕えた男は自ら領主のように振る舞い、重税をかけています。城下町の民も限界を迎えています……」
「あぁ、任せろ。お前達は休んでいるんだ」
アーサーは兵を横たえた。マーリンがそれを横目で見ながら他の兵にも水を与えて回る。
「全員、命に別状は無さそうだ」
兵は疲労しているだけで、持って来ていた食料と水を置いて行けば自力でどうにかできそうだというのが、ケイの見立てだ。
兵士達が閉じ込められていた部屋から出た佐和達は輪になってアーサーの顔を見た。
「どうする?アーサー」
「兵の言っていた奴らの拠点を目指す。目標はロデグランス卿及びグィネヴィア姫の救出を最優先だ。次いでカメリアドを脅かした者達を排除、または捕らえる」
「任せろ!またいくらでもぶん投げてやるぜぇ!」
ガウェインが袖をめくって力瘤を見せた。アーサーも力強く頷く。
まさかこんな事態になってるなんて……。
その悔しさや無力感をアーサーも感じているはずだ。だが、どうするべきか方向性が見えた事で全員の表情は引き締まっていた。
兵の証言では敵は残った巨人二体、そして、巨人を引き連れた謎の男。
「行くぞ!」
アーサーの掛け声で佐和達は砦を後にした。