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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第七章 アーサー王の婚約者
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page.157

       ***



 話し合った結果、カメリアドへはこのままこのメンバーで行く事になった。

 今引き返して軍を編成し、準備を整えてからでは間に合わない可能性がある事。また、一度放置した案件が大きな事件に発展したとわかればウーサーが取り乱し、状況を黙殺する命令を下しかねない事が大きな理由だ。


「あれが、カメリアドの南門か……」


 うわぁ……おっきい……。

 切り立った崖の狭間に重く扉を閉ざしきった関所が建っている。崖の前には堀があるため跳ね橋を下ろしてもらわなければ渡れない造りだ。


「前回の戦では、使者はここで追い返されたと言っていたな。……ここから先は何が起こるかわからない。油断するなよ」


 アーサーの忠告に全員が頷いた。アーサーに続いてケイ、マーリン、サワ、最後にガウェインの順で砦に近付く。

 何か……静かすぎる気がする……。

 聞こえてくるのは砦に取り付けられた旗がはためく音と佐和達の馬の蹄の音だけだ。異常な緊張感が辺りには張り詰めていた。堀の縁まで来たアーサーが砦上部に向けて声を張り上げる。


「カメリアドへの入領を申請する!我が名はアーサー・ペンドラゴン!カメリアド領主ロデグランス卿への面会を所望する!」


 アーサーの宣言が崖にこだまする。

 しかし、答える声は無い。


「……おかしい」

「ああ、こりゃ、本格的におかしいな」


 ケイとガウェインが周囲を警戒する体勢に入った。普通、砦や門の上部には見張りの兵がいる。しかし、ここから見る限りアーサーの声に反応して兵が出てくる様子は全くない。

 皆が辺りを油断なく観察し、様子を伺う。その最前でアーサーはもう一度声を張り上げた。


「誰かいないのか!?」

「ううー?いーるー」


 答えた声は佐和達の予想よりはるかに大きかった。

 五人に影が差す。突然薄暗くなった周囲に驚いて空を見上げた全員が口を開けた。

 砦の横の崖の上から一メートルはありそうな巨大な顔がこちらを見下ろしている。


「いーるー?」


 地響きのようなゆったりとした声―――巨人がこちらを覗き込んでいた。


「な………なに、あれ……」

「サワ、悲鳴を上げたりするなよ。……下手に刺激したら何をするかわからん」

「いやー……俺、初めて見たわ。自分よりでかい奴」

「どう見ても人間じゃないけどなー……」

「それより、どうにかしないと」


 マーリンの言葉で全員我に返った。今の所、巨人が何かをしてくる気配はない。ただ不思議そうにこちらの様子を観察して首を捻っている。


「ゴーレムよりさらに知能は低そうだな……」


 そんな事言ってる場合!?アーサー!!

 最早笑うしかないといった様子のアーサーたちを見ていた巨人がのんびりと頭を掻いた。


「アハフー、アハフー」

「……あいつに言葉が通じると思う奴はいるか?」

「無理だ」

「たぶん、名前言ってるんじゃね?」


 断言したマーリンの横で、ガウェインも冷や汗を流しながら笑っている。巨人は指をくわえ、何度も頭を捻っている。


「アハフー。あーさー、あーさー?あーさー、きたらー?きたらー……?ころす?ころすんだったー」

「逃げろ!!」


 突然巨人が平手を佐和達に振り下ろしてきた。アーサーの合図ですぐに手綱を引き全員散開する。


「サワ!無事か!?」


 勿論、佐和にそんな咄嗟の反応ができるわけがない。すぐに気付いたマーリンが佐和を自分の馬に無理矢理載せ替え、逃げてくれていた。


「ぶぶぶぶ、無事です!ま、マーリンのおかげで無事ですっ!!」


 アーサーの確認に慌てて返事をするのが精いっぱいだ。

 こ、こ、怖っ!!

 巨人は下ろした手をゆっくりと持ち上げ、手の平を見つめている。どうやら何も付いていない事が不思議らしい。

 あったま悪そう……!!でも、やばそう!!

 佐和の馬はマーリンが蹴とばして駆け出させてくれたおかげで遠くに逃げている。その事に少しほっとしたが、馬の心配をしている余裕はないのかもしれない。

 心臓がまだばくばくしている。

 当然、佐和以外の四人はしっかりと馬を操り、巨人の平手を鮮やかに避けていたが、散り散りになってしまった。

 こんなサイズの相手に、いくら強いアーサー達でもどう立ち向かえばいいのか見当もつかない。


「あーさー?ころすー?あれー、ころすーんだっけー?」

「あれ、殺さなくても良いと言えば、騙せると思うか?」

「騙されるほどの脳みそは無さそうだなー」


 アーサーとケイが剣を抜く。ガウェインも距離を取って槍を掲げた。


「マーリン!サワ!お前らは被害の及ばない所まで下がっていろ!!」

「は、はい!」


 ただ返事をした佐和と違い、マーリンが暴れそうになる馬を操り、距離を取る。

 あんなのに勝てるの……!?

 崖から降りてきた巨人は全体で五メートルはありそうな巨体だった。顔つきは人間よりもどちらかと言えば佐和のイメージ的に怪物のトロールに近い。曲がった鼻、不気味なざらざらとした肌。乱れた髪。腰布は巻いているがそれ以外に服は着ていない。

 大きな口からどろりと涎のような物が垂れた。


「気持ち悪っ……!」

「なんで巨人なんかがカメリアドに……」

「マーリン、巨人もこの国には普通にいる怪物!?」

「いや、巨人も伝説上の生物だ。まさか実在するなんて思わなかった」

「例外多すぎっ……!」


 そんな事を言っている間にアーサー達が剣を抜き、円を描くように巨人を三人で取り囲んだ。


「どうする!?アーサー!俺の槍で頭ごと吹っ飛ばすか!?」


 巨人の周囲を旋回する三人に、巨人は目移りしているようで攻撃対象を悩んでいる。

 その間にガウェインが槍をいつでも投げられるように掲げた。アーサーは巨人の様子を観察すると意外な判断を下した。


「……いや、生け捕りにする!」

「マジかよ!?なんで!?」

「カメリアドで何が起きているかわからないが、跳ね橋を下ろして中に入らなければ話が始まらない。こいつにはその役目を担ってもらう」

「懲らしめて要求を飲ませる方向だな」

「でも、こんなデカブツどうやって捕まえんだよー?うおっと!」


 悩んでいた巨人がガウェインに殴りかかったが、ガウェインは馬を巧みに操り、その攻撃を避けた。巨人の拳で地面にヒビが入る。


「長い縄でもあれば……」


 アーサーの呟きを目敏く聞きつけたマーリンが佐和の背後から馬を飛び降りた。慌てて佐和が手綱を握る。

 その事にあっち側で戦っている三人は気付いていない。


「マーリン?どうするの?」

「縄を作る。見張っててくれ」


 声を潜め、尋ねた先でマーリンは茂みの中から蔦を手に取った。

 アーサー達からは木の影で見えないはずだ。マーリンは杖を取り出し、蔦に触れた。


「ア・レアスーヌ、アスルゥ・テグラン」


 共感魔術によってあっという間に蔦が丈夫な縄へと変化する。マーリンは縄をかき集め、端に石を巻きつけて投げ飛ばせるようにしてから、遠くのアーサーに向かって投げつけた。


「アーサー!!」

「でかした!マーリン!」


 見事キャッチしたアーサーが馬で巨人の攻撃を避け、縄の先の石を反対側のケイに向かって投げた。


「ケイ!」

「オッケー」


 放物線を描いて巨人の上を飛んだロープをケイは見事反対側でキャッチした。巨人は飛んで行った縄が頭にかかっている事に気付いて不思議そうにしている。


「ガウェイン!」

「へい!パースッ!!」


 ケイからガウェインへ同じように投げられたロープが巨人の頭上を通り、今度は巨人の肩にかかった。変わらず巨人は何をされているのかわからずに首を傾げている。

 それを三人は巨人からの攻撃を避けながら何度も繰り返した。やがて、馬で回っている内に巨人の体を縄が締め上げていく。


「ううーうー!!うぉー!!」


 巨人がうめいた時にはすでに縄が巨人の体全体を包み込んでおり、最後に縄の切っ先を受け取ったガウェインにアーサーが命じた。


「やれ!ガウェイン!」

「オッケー!!」


 ガウェインが馬から飛び降り、綱引きの要領で縄を地面低くまで引くと巨人がガウェインの力に負けて地面に倒れた。その衝撃で地面が揺れる。


「おおー!!うーおー!!」

「うおっ、やっぱ結構力つえぇな!!」


 といっても陽の出ている間のガウェインは怪力だ。暴れる巨人をどこか楽しそうに押さえつけている。アーサーは馬に乗ったまま巨人の顔面に近付いた。


「おい!お前、あの砦の跳ね橋を下ろせ!」

「ああー!!ううー!!」


 押さえつけられた巨人は頭に血が上ったのかさっきよりも言葉を話せていない。ただ(わめ)いているだけだ。


「駄目だな……全く。これほど話が通じないとは……」

「どうする?アーサー」


 戻って来たマーリンの馬に乗ったまま佐和もアーサー達に合流した。巨人は口から涎を垂らし悔しそうにしている。ケイがアーサーに問いかけるとアーサーは腕を組んでいたが、しばらくしてすっきりとした顔で決断を下した。


「ガウェイン」

「何だー?アーサー」


 縄を楽しそうに引っ張っているガウェインにアーサーは意地の悪い顔で短く命令した。


「こいつ、投げろ」

「はあ!?え!?いくらガウェインでもこんなの投げられないんじゃ」

「了解いいぃ!!」


 無茶だ。と佐和が言い終わる前にガウェインは巨人の体の下に自分の体を滑り込ませ、両腕で巨人を持ち上げようと歯を食いしばった。ガウェインの両腕に佐和にすら見えるほど不思議なエネルギーが纏い、燃える炎のように力強く巨人の巨体を少しずつ持ち上げていく。

 う……うそぉぉぉぉ!!!???


「どうらっしゃあああああ!!」


 全く意味のわからない叫び声と共に、ガウェインが持ち上げた巨人を砦の跳ね橋部分に向かって投げつけた。凄まじい破壊音と風圧がここまで届く。佐和は吹き飛ばされないように懸命に踏ん張った。


「ぎゃあ!!」

「サワ!」


 吹っ飛んでしまいそうになった佐和の手をマーリンが掴んでくれる。おかげで飛んで行かずに済んだ。しかし、実際にはその衝撃は一瞬ですぐに風は止んだ。

 土埃が晴れると、その向こうから完全に壊れた跳ね橋が姿を現した。ぱらぱらとまだ木片をこぼしている。

 その手前の堀の上で巨人がのびていた。どうやら跳ね橋に当たったのは彼の腕のようだ。ばんざいした状態で跳ね橋代わりになっている。


「これで橋ができたな」

「確かに」

「いやいやいや!!もうどこから突っ込んだらいいんですか!?アーサー!っていうか、マーリンも納得しちゃ駄目だって!!しかも、あれ渡るの!?きもっ!!」

「サワーの突っ込みどころも少しおかしい気がするけどなー」


 のんびりと近寄って来たケイが馬を下りた。ガウェインは満足そうに自分の創り上げた『橋』を見て手を叩き、腰に手を当てている。


「ばっちりだったな!!」

「いや!これもし、カメリアドで何にも起きてなかったら普通に紛争始まっちゃいますよ!?どう見ても先制攻撃じゃないですか!?」

「見張りの兵が出て来ず、巨人がいる時点で何か起きているだろうが」

「どうしてこういう時に限ってそんな冒険的な判断に打って出ちゃうんですか!?アーサー!」


 佐和の必死の突っ込みにアーサーは低い笑い声を漏らした。


「カメリアドの問題は深刻で一刻を争うと『殿下』は判断した。これぐらい大目に見てくれるだろう」


 つまり……ウーサーへのあてつけってことかああ!!

 何て大人げない。

 単にむしゃくしゃしていただけだ。

 佐和は厭らしい顔で笑うアーサーを見て頭を抱えた。後ろにいるマーリンは単純に「これで向こうに渡れるな」などと無感動な表情で感心している。

 ……常識の通じる人がいてほしい……イウェイン……早く騎士になってー……。

 心の底から本気で願う。


「あいつの上を馬で渡るのは無理だな。徒歩で行くか」


 ケイが馬から降り、必要な荷物をまとめ始めた。それを見たガウェインも同じように自分の馬を呼び寄せ荷物を背負う。


「お前らも早く支度しろ」

「わかった」

「…………はーい」


 あまりにもぶっ飛んだ考えの四人に、自分の平凡さを痛感する佐和だった。




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