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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第七章 アーサー王の婚約者
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page.156

       ***



「逃がして良かったんすかぁー?」


 切り立った崖の上。彼方へ走り去った馬の背を見送っていたモルガンの背後からエイボンが気楽に声をかけて来た。

 頭の後ろで腕を組み、楽しそうに眼下の光景を見下ろしている。


「おー、喰われてる。喰われてる」

「良いのよ。計画のためにも、前回あそこで光の王を殺せなかった以上、()の王にはこの地に来てもらわなければ」

「回りくどいっすねー。あ、潰された」


 崖の下では巨人が三体、モルガンの命によって逃げようとしていた人間を捕え、殺している所だ。

 エイボンはまるでサーカスの舞台でも見ているように愉しんでいる。

 その断末魔を聞きながら、モルガンも微笑んだ。


「良いのよ。王子様とお姫様が出逢わなければ、物語は始まらないでしょう?」


 そして、苦しめばいい。

 運命のシナリオはすでに幕を上げている。



       ***



 一度エクター領の別邸に立ち寄り、正装してからカメリアドに入った。そして、城の手前の村で休憩を取ろうと足を踏み入れた佐和達の元に村の長老を名乗る人物がやって来た。


「アルビオン王国王子アーサー殿下とお見受けいたします。どうか我らの話を聞いてはくださらぬでしょうか」


 突然の来訪者に全員一瞬戸惑ったが、すぐにアーサーは快諾した。

 長老に連れられて村の集会場へと赴いた佐和達を出迎えたのは、何人もの暗い表情を浮かべた村人と、その真ん中で横たえられた傷だらけの男だった。

 その男を見た途端、アーサーの顔色が変わる。ケイと二人、男に近寄り状態を確認した。

 ひどい……すごい傷。

 思わず目を逸らしたくなるような傷を男は負っていた。息をしているのが不思議なくらいだ。


「一体何があった!?」


 アーサーの問いかけに長老は男の耳元まで近寄ると優しく声をかけた。


「……殿下が来てくださったぞ」

「………で、でんか……が?」


 長老の呼びかけに、男が閉じていた瞼を薄く開いた。力のない瞳がアーサーの顔を捉えた途端、目尻から涙が零れた。


「あぁ……本当に、殿下……なのですね……」

「何があった?」


 アーサーに問われ、男は震える手でアーサーに何かを差し出した。不思議そうにしながらもアーサーはそれを受け取り、開いた。

 男が握っていたものは書状だった。くしゃくしゃに握りしめられ、半分は血の染みで読めなくなっている。それでも最後に書かれた署名と捺印を見たアーサーの目が見開いた。


「これは……ロデグランス卿の……!!」

「でんか……どうか……カメリアドを……お救い……くださ……死んで行った……仲間たちの……ためにも」

「一体何があったんだ!?しっかりしろ!」

「おね……がい……し……」

「おい!」

「アーサー」


 男を揺さぶったアーサーをケイが静かに止めた。男の目に光はもう宿っていない。

 横にいたガウェインが男の瞼をそっと閉じた。


「……一体、何があった?」

「わかりません」


 尋ねられた長老を含め、村人は全員俯いている。


「この者は昨晩、唐突にこの村に現れました。その時にはもうすでにこのような状態で。ただひたすらうわ言で、キャメロットへ行かなければならない、陛下と殿下にお伝えしなければと言っていたのです。そこへ殿下がたまたまいらっしゃったと聞きつけ、急ぎお知らせしたのですが……」

「カメリアドで最近、変わった事はありませんでしたか?皆さんご様子がおかしい。何かあったのではないのですか?」


 騎士として居ずまいを正したケイの質問に村人同士顔を見合っている。

 何かあったのだとその表情が答えている。


「安心してくれ。例え、どのような事を述べようとも貴殿らの安全は私が保証する」

「……実は数ヶ月前から突然、カメリアドの砦を通れなくなったのです」


 アーサーの言葉にようやく長老が重い口を開いた。


「カメリアドの砦?」

「カメリアドは位置的にアルビオンの南北を繋ぐ唯一安全な交通ルートだ。途中に切り立った崖があって、そこに関所が設けられている。関所の中に城下町と城がある、通商の要の町だ」

「はい……南側に住んでいる我らも基本的には南側の農作物を仕入れ、城下町で売る商人です。しかし、数ヶ月前から砦の南門は固く閉ざされてしまい、何人たりとも城下町に入る事ができなくなってしまったのです」


 口を挟んだマーリンにケイが軽く説明を付け足す。長老は沈んだ声で話を続けた。


「商人である我々は通商のルートを失い、途方に暮れ、生活も困窮して来ました。何度か開門の願いをカメリアド城に送ろうと試みましたが、砦は沈黙を守ったままで……結局叶いませんでした。さらに税が唐突に上乗せされるお触れが出され、村人は……このような状態に」


 村人の様子はぼろぼろだ。生活に苦しんでいるのが見た目からしてわかる。


「なぜすぐ王都に知らせに来なかった?」


 アーサーの問いかけに村人は困惑し、互いに何かをささやき合っている。見兼ねた長老が声を振り絞った。


「……殿下、我々は陛下にこの事をお伝えした事があります。しかし、陛下からは『カメリアドの問題はカメリアドで解決すべき』と……」


 長老の答えにアーサーが絶句した。目を見開き、動揺している。

 アーサーの様子を横目で観察していたケイがアーサーの前に進み出た。


「……殿下はその事に関して陛下からお話は受けていないようです。改めて殿下が対応を練ります。どうか今しばらくのご辛抱を」


 ケイの言葉に村人達はまた互いの顔を見て様子を伺っている。こちらの言い分をもう信じられなくなっている事がよくわかる態度だ。送られてくる目線は冷たい。

 村人の暗い瞳を見ながら、アーサーは黙っている。その拳が強く握られ、震えている事に佐和は気付いた。

 ……アーサー……。



       ***



「どういう事だ!俺はそんな話聞いた事もない!」


 村の外れで人目を忍び集まった佐和達は、激怒するアーサーを必死に宥めた。


「お、落ち着いてください。アーサー」

「俺は落ち着いている!!」


 いやいや、落ち着いてないから!

 アーサーは苛々しながら腕を組んで考え込み、その場を行ったり来たりしている。


「どういう事だ?謁見で意見を上げに来ているなら俺も聞いているはずだ。そんな話聞いた事が無い……。それに父上に言ってあるなら、今回俺をカメリアドに送り出す時に俺に伝えるのではないか?」


 はっきり言って佐和には何となくこうではないかという予想が浮かんでいた。

 けれど、それを今のアーサーに言うのは気が引ける。


「ケイ、何が起きているかわかるか?」


 アーサーに聞かれたケイは溜息をついた。もしケイが佐和と同じ事を考えているなら、真実を伝えるのは苦痛だろう。

 だが、アーサー第一の騎士がアーサーの質問に答えないわけがない。ケイは落ち着いた声で話し始めた。


「仮説だけど……アーサーが別の公務か、城を開けているタイミングで謁見が行われたんだろうな」

「そんな事は……父上には俺も同席させてもらうように念入りに頼んであるのだぞ!」

「けど、アーサー。今までだって初耳の案件、あったんじゃないか?」


 そこでアーサーが言葉に詰まった。

 まさに今から向かうカメリアドの婚約者の事などアーサーのあずかり知らないところで決められていた事だ。


「故意かタイミングが悪かったかはわからない。けど、アーサーのいないタイミングで運悪くあの村人たちは陛下にだけ謁見した。陛下は基本的に領地内の問題は領主が解決すべきという考えの持ち主だ。ああ答えていてもおかしくはない」

「なら、なぜ今回俺にその事を伝えてくれなかった!?」

「……聞かない方が良い事も世の中にはあると思うけど」

「言え、ケイ」


 アーサーの強い口調にケイは諦めて答えた。


「……考えられる可能性は二つ。単純に忘れていたか、アーサーに今さら知られて文句を言われるのが嫌だったか」

「そんな事で……」


 アーサーは信じられないと言いたげだが、佐和からすれば納得できる対応だ。

 私は多分、両方だと思うけどね……。

 ウーサーの性格からして、アーサーがいないタイミングで訪れた謁見の申し込みに「これぐらい一人で何とかなる。アーサーなどおまけに過ぎない」と思って一人で受けた可能性も考えられるし、逆にアーサーに知られると面倒な事になりそうな案件だと先に気付いて自分1人で対応した可能性もある。

 どっちにしろ、最低だけど……。


「最低だな」

「……返す言葉も無い」


 マーリンの暴言を珍しくアーサーは咎めなかった。

 父親のこの対応を誰よりも恥じているのが全身から伝わってくる。


「けどよ、そうなるとやっぱカメリアドの城下町でなんか起きてるっつーのは確定っぽいな。ロデグランスのおっさんがあんな重税、領民に押し付けるなんて考えらんねぇよ」


 ガウェインがつまんでひらひらかざしたのは長老からもらってきた税の追加のお触れだ。そこには確かにカメリアド領領主ロデグランス卿の名が記載されている。


「やはり、カメリアドの城に行ってみる必要があるな」

「……あの、さっき男の人から渡された書状は結局何だったんですか?」


 勇気を振り絞って佐和はアーサーが握りしめたままだった書簡を(ゆび)さした。

 すっかりウーサーの事で気が立っているアーサーが、その存在を忘れ去っているとしか思えなかったからだ。

 あの人が命を懸けて運んだ書状。そこにはきっとこの出来事の原因に関係ある事実が隠れているに違いない。


「あ、あぁ……見てみよう。半分以上は血で汚れていて読めないが、間違いなく最後の署名はロデグランス卿だ……お触れの署名と筆跡が一致する……」

「なんて書いてあるんだ?」


 マーリンも横から覗き込む。文字はかすれ、どことなく赤黒い。


「……アルビオン王国ウーサー・ペンドラゴン陛下、並びにアーサー・ペンドラゴン殿下へ……嘆願する………現在、カメリアドは未曽有の危機に晒されている……至急、救援をお願いしたくここに記名する……敵は……ここから血の染みで読めないな……」

「結局よくわかんねえなー」

「……アーサー、一度引き返すか?」


 ケイの提案に全員が顔を上げた。珍しく深刻な声色でアーサーを見ている。

 このメンバーでこのまま行く事に何か不都合でもあるのだろうか。


「軍を編成して出直すっていう手もある」

「なぜ、そのような事を提案する?ケイ」


 ケイはあまり見せない真面目な顔でロデグランスの手紙を(ゆび)さした。


「それは血文字だ。ロデグランス卿は血で字を書かなければならないほど危険な状況にいる」


 全員ロデグランスからの手紙を見つめ直した。

 赤く震えた字が懸命に伝えようとした事態。

 とても簡単に済むような旅でなくなった事は誰の目にも明らかだった。



 

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