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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第七章 アーサー王の婚約者
156/398

page.155

       ***



「よぉー、お帰りー!伯父上の呼び出し、何だったんだー?」


 アーサーの私室のソファで何か食べ物を頬張っているのはガウェインだ。振り返った拍子に食べこぼしが床にばらばらと散らばる。


「お前……俺の部屋は談話室じゃないんだぞ……」

「だって王宮の客室豪華すぎて落ち着かねぇんだもん。しかも何か壊すとすぐ伯父上に怒られるしさー」

「貴族街にあるお前自身の邸宅に戻ればいいだろう」

「あそこからいちいち城に来るのめんどくせぇよー」


 それは壊さなければ良いのでは?と佐和は思うが、ガウェインに言っても無駄だろう。

 アーサーも同じ考えらしい。文句を言うのを諦め、溜息をつくと執務用の席に腰掛けた。


「何だ?どした?元気ねぇな、アーサー」

「父上からカメリアド領に向かい様子を見て来るよう命じられた」


 ガウェインは食べていた物を飲み込み、ふーんと軽い返事をした。


「そんなにカメリアド領領主が進軍を断ったのって異常な事なのか?」

「いや、別に各領主には拒否権もある。普通は拒否しないだけでな」


 マーリンの疑問にアーサーが答える。ガウェインも身を乗り出して会話に参加した。


「でも、ま。俺もちょこーっと気になってたんだよなぁー。ロデグランスのおっさん、進軍を断るような人じゃねぇし。何かあったのかなぁって」

「ガウェインはロデグランス卿を知ってるの?」

「ちっさい頃に会った事があんだよ。すげぇ優しいおっさんだったぞ」

「そのような人物なのか……」


 けれど、アーサーが釈然としていないのは多分、そこではない。


「何だ?ほんとにどうしたんだ?アーサー?他に何か気になる事でもあんのか?」


 こういう時だけガウェインは察しが良い。アーサーは少し悩んでいたようだが、素直に吐き出した。


「いや……父上に俺の許嫁がカメリアドにいると初めて聞かされて多少驚いただけだ」

「え?お前知らなかったの?」

「むしろお前は知っていたのか!?」


 ガウェインの返事にアーサーが立ち上がった。


「皆知ってんぞ。てっきり伯父上はアーサーにも言ってるもんだとばっかり」

「父上……」


 アーサーは頭を抱えて椅子に座り直した。さすがにマーリンも今回は憐れみの目でアーサーを見ている。


「会った事もない相手と結婚するのか?」

「王族の婚姻などそのような物だ。多少面喰らいはしたが、それは、話自体が初耳だった事に対してだけで、決められた相手がいる事には別に俺も驚いてはいない」


 マーリンはアーサーの返事に不服そうにしている。その顔を見たアーサーが苦笑した。


「貴族の婚姻は恋愛感情で行う物ではない。それに、相手の姫君に不義理をする気は騎士として無い。それで勘弁しろ」

「別にそんなことは思ってない……」


 なぜか本人であるアーサーよりマーリンの方が嫌がっている。それが佐和には嬉しかった。

 これ、どう見ても理不尽な目に合ってる友達に対して、本人じゃないのに自分の方が憤ってるって感じだよね。

 マーリンがアーサーに対してそう思えるようになった事が嬉しい。確実にこの二人の絆は深まっているのだ。

 そして、その気持ちはアーサーにも伝わっている。不服そうなマーリンの様子を見て、ようやく肩の力を抜いた。


「まぁ、サワみたいな姫君じゃないことだけは祈っておくか」

「どういう意味ですか!」


 突然の飛び火に佐和はわざと声を荒げた。

 困惑していた部屋の空気がいつも通りに変わっていく。

 戸惑っていたマーリンもアーサーに怒るサワに思わず微笑んでいる。

 それを横目で確認しながら佐和は安堵していた。

 それにしても……アーサーの許嫁かぁ……。

 これもまた、運命の正しい流れの一部なのだろうか?



       ***



「カメリアド領領主ロデグランス卿の一人娘グィネヴィア様だろ?」


 人気(ひとけ)の無い王宮の廊下で佐和とマーリンはケイを捕まえてから、アーサーの婚約者の事を尋ねた。

 あっさりと答えたケイも元から知っていたに違いない。それに対して不機嫌になったマーリンを見て首を捻っている。


「それがどうかしたのか?」

「今度ね、カメリアド領にアーサーが行く事になったの。でね、その時に婚約者がカメリアドにいるって聞いてアーサー、すごいびっくりしてたから」

「……さすがに、陛下もそれぐらいはアーサーに言ってあると思ってたんだけどなぁ……」


 ケイも珍しく遠い目をしている。どうしようもない大人を見る目だ。


「まぁ薄々、もしかして聞かされてないのかなーとは思ってたんだよなー」

「自分の事なのに、最低だ」


 マーリンが怒っているのをケイはどことなく嬉しそうに見ている。宥めるようにマーリンの肩を叩いた。


「貴族の婚姻なんてそんなもんだって。結婚する相手を選ぶ権利は家主の物だからな。アーサーだってわかってるさ」

「でも……好きな人でもないのに」


 拗ねるマーリンを見て、ケイは苦笑しながら佐和に目配せを送ってくる。どうにかしてくれ、と、アイコンタクトを送られてもどうしようもない。

 まぁ、やってみるだけ、やってみるけどさ……。

 佐和はできるだけ明るい声でマーリンに話しかけた。


「わからないよ?マーリン。もしかしたら会ってみたら一目惚れしちゃうかもしれないし。グィネヴィア姫ってどんな人なのか、ケイ知ってる?」

「いや、あまり詳しくは。俺も会った事が無いんだ。生まれてすぐアーサーの婚約者に選ばれたから、カメリアドでかなり大切に育てられているらしくて、表舞台にはほとんど出て来ないんだよ。噂じゃ、絶世の美女らしい」

「へぇー」


 それが本当ならアーサーと並ぶと、見た目だけはすごいカップルになりそうだ。


「見た目だけの問題じゃないだろ……」

「まぁ、まぁ、マーリン。アーサーの事で腹を立ててくれて、ありがとな。アーサーの前でもそうやって膨れててやってくれよ。さすがのあいつだって戸惑ってるだろうけど、表に出すわけにはいかないから。マーリンがその分不満そうにしててやってくれ」

「フリじゃなくて不満なんだが」

「なら、より良いな。ところで、二人とも。俺を探しに来たのはグィネヴィア姫の名前を聞くためだけじゃないだろ?」


 ケイの指摘で佐和は頼まれていた事をようやく思い出した。


「そうだ。アーサーから伝言があって。カメリアドにはアーサーとマーリンと私、騎士としてはケイとガウェインを連れて行くから支度しろって。明日の正午、城門に集合で」

「了解ー。いつもの気楽な面子だな。じゃあ、俺は支度があるから」


 手をひらひらと振ってケイが廊下を歩いて行く。その背を見ながらまだマーリンは言葉にできない不満を抱えているようだ。

 知識として貴族の結婚に利害が絡むと知っているせいか、別に佐和はマーリンほど苛立ったりしない。ファンタジー小説なら政略結婚はお決まりの障害イベントだ。

 例えば、イウェインみたいに、アーサーにも好きな人がいて、この状況なら佐和も不服に思うかもしれない。けど、アーサーはそうじゃない。だから、まだマシな方だと思う。

 ……あれ?そうじゃないよね?

 そういえばアーサーが誰かを好きでいる可能性なんてこれっぽっちも考慮してなかった。

 ケイもガウェインも多分同じだ。あの王子様に実は想いを寄せている相手がいるなんて、きっと考えてもいない。

 ある意味、誰よりもアーサーの心情を深く思っているのはマーリンなんだな……。

 佐和は横で膨れている魔法使いの顔を盗み見た。



       ***



 翌日、いつもの面子が城門に集合した。アーサー、ガウェイン、ケイは旅装に身をやつしている。道中の余計な揉め事を増やさないためだ。


「カメリアドへの進路はこの前と一緒、エクター家の別宅も使えるように昨日、伝令を送っておいたから」

「そうなんだ」


 今回は戦ではないので、全員単騎、つまり馬に一人ずつ乗る。その分進むのも早いが、カメリアドには正装して入るので、一度着替えに寄る必要がある。

 私もアーサーのしごきのおかげで乗るぐらいならできるようになったしね!

 元の世界に戻れたとしても、何の役にも立たない特技が増えてしまったが、足手まといにはならずに済むのは心が軽い。


「前回に比べたら楽な旅だなぁ!」

「ガウェイン、油断はするなよ。カメリアド領では何かが起きている可能性もあるのだからな」

「へいへーい」


 婚約者がいたという衝撃的な事実が発覚してから一晩経ち、すっかりアーサーは普段通りの様子を取り戻している。

 本当に親の決めた相手と結婚する事に疑いを持ってないんだろうな。

 佐和の世界とは違う。そもそも彼らは恋愛で相手を自由に選ぶという選択肢が存在しているとは思っていないのだ。

 そういう意味では、やっぱり私の世界は自由なんだよね……まぁ、自由になった分、相手が見つからないのかもしれないけど。

 どちらが良いことなのかと聞かれると哲学的な考えに陥りそうだったので、佐和は首を振って余計な考えを頭から振り落とした。

 相変わらずその横ではマーリンがどことなく不機嫌な様子でアーサーを見ている。

 佐和は馬を引きながら苦笑した。

 まだ、納得がいかないんだ。ほんとに優しい、マーリンは。


「いいか、出発するぞ!」


 一行は、様々な未知が待ち受けるカメリアドへと出発した。




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