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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第六章 獅子と道化師
152/398

page.151

       ***



 間に合った……!!


 小高い丘の上、アーサーとケイ、イウェインと真っ向から対峙しているモルガンをマーリンは丘にある林の中から見つけた。

 姿を隠し様子を伺う。アーサーの両足、腕には複雑に絡み合った蔦。恐らくモルガンに魔術で動きを封じられたに違いない。

 一方、モルガンに立ち向かっているケイとイウェインはぼろぼろだが、酷い傷などを負っている様子はない。その事にひとまず安堵した。


「……様子がおかしい?」


 マーリンは用心深く懐から杖を取り出しながら、遠くのモルガンの表情に目を奪われた。

 今まで見せたことの無い、驚き、無防備になった魔女はただケイとイウェインをぼんやりと見つめている。

 何かあったのか……?

 事情はわからない。だが、この戦いを長引かせてはならない。

 佐和の涙が脳裏によぎる。

 もうこれ以上、犠牲者を増やしたくない。

 モルガンさえ撤退させれば敵軍も勢いを失うはず。けれど、普通の武器ではモルガンを倒す事はできない。

 ……この戦を救うのはお前だ、アーサー。

 マーリンはアーサーの蔦に向かって呪文を唱えた。


「クラン・ドリーチェ……!」


 マーリンの魔術が地を這い、アーサーの足元へと駆け寄る。マーリンの魔術は狙い通りアーサーの足と腕を絡め捕る蔦に染み込み、魔法のかかった部分から枯れ果てていく。

 それに気付いたアーサーが蔦を引きちぎり、ケイとイウェインに並んだ。


「形勢逆転だ。魔女モルガン。キャメロットへの反逆、及び反乱教唆、魔術使用の罪で貴様を刑に処す」

「…………ないで」

「何だ?」


 アーサーの宣告に小さくモルガンがうつむいた。


「…………ふざけないで!!これ以上!私の!………私の物を奪わないで!!!」


 突然激昂したモルガンが立ち上がる。モルガンを中心に辺り一帯に冷気が渦巻きだす。

 その中心に立ったモルガンが血のように赤い瞳でアーサーを睨みつけた。


「許せない……許さない……!!あの人だけでなく………こんな……!!私は必ず、キャメロットを滅ぼす……そなたたちの愚行をその身を持って思い知らせてみせる!!」

「く……!!」


 目を開けているのも厳しいほどの吹雪が吹き荒れる。呪文も無しでここまでの魔術を発動させるモルガンの気迫は真に迫っていた。


「まずはそなたからだ!!光の王!!」


 モルガンが掲げた手に大木と同じ大きさの氷の塊が出現する。その切っ先はアーサーに向けられている。吹雪の中、腕で顔を覆いながら三人とも立っているのがやっとの様子だ。

 今なら……アーサー達には見えない!

 マーリンは立ち上がり、意識を集中させた。アーサーの腕にある剣に全神経を向ける。


「ティーナ……チェ、カイス……フーア、クリーバ!!」


 マーリンの力を受けたアーサーの剣が燃えるように赤く光り出す。その光が三人を守るように周囲の吹雪を溶かした。

 アーサーが弱まった風に気付き、顔を上げた。

 何をすべきか、どうすべきか。

 アーサーにはきっと伝わっている。

 アーサーはマーリンの魔法の加護を受け熱を帯びた剣を天高く掲げた。


「モルガン!!!」


 丘ごと切り裂くようにアーサーは剣を振り下ろした。吹雪すら真っ二つにする。

 その光が戦場を照らした。

 丘にはアーサー達以外は残っていない。

 モルガンのいた場所には小さな血溜まりが残されているだけだ。

 ……逃げられた。

 だが、撤退させた事には変わりない。

 マーリンは杖を懐にしまった。

 丘の上でモルガンの撤退を確認したアーサーが剣を掲げる。


「敵将は打ち倒した!!皆の者、勝利は目前だ!」


 アーサーの声が戦場に響き渡る。その声に呼応して兵が蜂起した。



       ***



 北西の領地は死守された。

 アーサーの軍からももちろん被害はあったが、戦の規模からすれば少ない方なのだと、誰かが言っていた。

 戦場で(やぐら)を組み、死者を横たえアーサーは火を放った。どこまでも登っていく炎はまるで魂が空へ帰るようだ。

 敵兵も、味方も同じように手厚く葬り、アルビオン王国の王子とその一軍は戦地を後にした。



       ***



 むせかえる雨の匂い。泥の染み込んだ服。重く引きずる身体。上がる息は白い。

 曇天の空はどこまでも続き、終わりは見えない。

 助けて。

 助けて。助けて。助けて。

 独り生き延びたあの日々、冷たく暗く、重苦しい。


 モルガンは斬られた傷を引きずり、戦場を後にしながらあの頃を思い出していた。

 追われ、迫害され、石を投げつけられ、罵倒を浴びせられ、カビの生えた捨てられたパンを拾って生き延び、飢えを凌ぐために時にはトカゲを殺し、骨までしゃぶった。

 まるで沼の底でもがくような日々、そこに差した温かな光。ちらつく優しい笑顔。


「誰にも愛されたことが無いのなら、私の愛を捧げましょう」


 懐かしい声が蘇る。

 モルガンは遠く澄んだ青空に夢中で手を伸ばした。

 戦場でモルガンの前に立ちはだかった女性戦士と同じ髪の色。

 愛しいあの人と同じライトグリーンの瞳。


「……助けて」


 モルガンはうずくまり耳を塞いだ。


「助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。お父様、お姉様、―――アコーロン……」


 うずくまるモルガンに影が差す。涙に暮れる彼女の肩を漆黒のローブを羽織った男が抱き寄せた。


「よくやった。……許せない事だったな」


 男は晴天には似つかわしくない漆黒のフードを目深まで被っている。そのローブの内側にモルガンを包みこんだ。


「戻ろう」


 まるで霧のように男とモルガンはその場から消え失せた。




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