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宿の一階にある食堂へ足を運ぶと既にたくさんの人が食卓を囲んでいた。
これから畑仕事にでも行くのだろう。男の人で溢れかえっている。
昨日の晩、おばさんはこの宿は食堂も兼ねてるって言ってたな……。けっこう繁盛してるんだ……。
空いている席をなんとか見つけて腰かけて、隣に杖を入れた袋も立てかける。席についた途端.すかさずおばさんが佐和を見つけて近寄ってきた。
「おはよう!昨日はよく眠れたかい?今、朝ご飯用意するからね!」
「ありがとうございます」
本当に伝説さまさまである。
すぐに厨房に料理を取りに行ったおばさんが湯気の立つ食事を運んでくる。
焼きたてのパンにスクランブルエッグのようなもの、ハムとサラダ、香ばしく焼かれた厚切りのベーコン。なんとも素敵なザ・朝食というメニューだ。
思えば昨日から何も食べていない。意識した途端お腹が鳴った。
「ははは!良い音だよ!たくさん食べな!」
「す……すみません」
恥ずかしい。穴があったら入りたい。
佐和は出された皿を引き寄せて頬張った。美味しいとじいんと感動してしまう。
うう……生きてるって素晴らしい……!!
「聞いたか?また戦だと」
「今度はサクスとだろ?ウーサー王は下の者のことなどお構いなしだ。また畑が戦場になる」
「二度もこの村が飢饉にやられたことを覚えてないらしいな。くそっ。今年の蓄えも少ねえっていうのに……」
ベーコンを頬張っていた手が止まる。すぐ後ろのテーブルに座っている男達の会話がずいぶんと物騒で、佐和は耳を傾けた。
戦、ね……。
どうやらなかなかこの世界も大変らしい。ウーサー『王』ということはこの国は王政なんだろうか。そう考え初めてそこで佐和は考えるのをやめた。
やめよ。私には直接、関係のないことだし。
それよりもやらなければならないことをやらなければ。
「はい、デザートのフルーツだよ」
ベーコンを飲み込んだタイミングでおばさんが佐和の目の前に皿に盛ったフルーツを出してくれた。たぶん色合い的にリンゴを切ったもののようだ。
「すみません、聞きたいことがあるんですけど……」
「なんだい?」
村唯一の宿の女主人なら先ほどの男達の話を聞けたように、色々な話が耳に入ってくるだろう。聞く相手にこれ以上の適役はいない。
こういうの、人に聞くのは苦手なんだけど……。
つくづく主人公向きの性格ではないと自嘲するが、そんなことを言っていられる状況でもない。名前しか知らない人間を歩き回って探せるわけもないと、佐和は腹をくくった。
「人を探してるんです。この村にいると聞いて来たのですが……」
「任せな!小さい村だからね、誰でもわかるよ。で、誰だい?あんたが探してるのは?」
おお、なんと頼もしいんだ。おばさん!
意外とちょろく済むんじゃなかろうか。
「マーリンという方なのですが」
その途端、騒がしかった食堂が水を打ったように静まりかえった。
え、なにこれ?
一拍遅れて、佐和は食堂の異常な静けさに気付いた。
誰一人話さない。それどころか全員が動きを止め、佐和を凝視している。
見つめてくる村人に精一杯の営業スマイルで返すがあからさまにその笑顔は浮いていた。
「……あんた、マーリンの知り合いなのかい?」
突然低くなったおばさんの声に佐和は思わず横に置いておいた杖を取って抱きしめた。背中を嫌な汗が流れ出す。
この感じは……もしかしなくとも…………ものすごくまずいやつでは。
「え、あの、知り合いというか」
「衛兵を呼んで!!忌子だよ!!災いがくるよ!!」
「取り押さえろ!!引き渡せ!」
急変した村人の様子に佐和の頭の中で警報が最大限に鳴り出した。
これはマズい。いきりたって立ち上がった村人たちが動くより先に、佐和は杖の入った袋を抱えて宿屋を飛び出した。
「追え!逃がすな!!」
「そいつを捕まえろ!マーリンの知り合いだ!」
ななな、何してくれてんの!?マーリン!
一体何をすればここまで村人に嫌われるんだ!?
無我夢中で逃げ出したものの、後ろから声が追ってくる。足音の数からして追ってくる村人の数がどんどん増えている気がする。
「こっちだ!」
「女子供は家に入れ!!」
私はそんなに危険じゃないっつーの!
開けた広場を通り抜け、民家が密集している通路に逃げ込む。
これなら少しは時間を稼げるはず。
そもそも私は走るのが遅いんだって!
50m9秒後半台の運動オンチがいつまでも逃げ切れるわけがない。
細い路地を駆け抜けながら、後ろを振り返るとやっぱり数人の村人が追いかけてきていた。
どうしよう、どうしよう。
「いたぞ!」
「こっちだ!挟み込め!」
「うそ……!」
入り組んだ狭い通路の後ろから村人が追いかけてくるのに、向かう先の出口の方からも村人が来た。
挟まれた!
どうしよう、どうしよう、どうしよう……!?
路地は一本道で隠れられるような場所もない。絶体絶命の状況だが、どうすることもできない。
海音……!
こんなところで終わるわけにはいかない。海音を救うまでは。
せめて私が海音のように魔法が使えれば。
そう思ったその刹那、誰かに口を後ろから塞がれた。
「……!?」
「しゃべるな」
後ろから羽交い締めにされ、口を塞がれた状態でしゃべれるわけもない。捕まったのだ。
もうダメだ。終わった。海音、ごめんね、ごめんね。
「この魔法は音まで消せない。静かに」
ま、ほう……?
混乱した佐和のすぐ近くまで両脇から村人が迫って来た。
もうダメだという思いだけが佐和を支配する。ところが、目の前まで来た村人たちは苛立ちを露わに、お互いを睨みあった。
「どういうことだ!いないぞ!」
「おい!そっちに逃げたんだろ!なんで逃がした!?」
「何言ってるんだ!こっちには来てない!取り逃がしたのはそっちだろ!」
……どういうこと?
固まる佐和のすぐ目の前で村人達が言い争っている。まるで佐和の姿が見えていないようだ。
しばらく揉めたかと思うと、村人達はまた散っていった。村人が路地からいなくなると、佐和の口から手が離れる。
「魔女なのに目くらましの呪文一つ知らないのか?」
振りかえると佐和の背後には黒いマントを着た人物が立っていた。声からして若い男だ。目深にかぶったフードのせいで顔は見えないけれど、厳しいとび色の目つきがこちらを睨んでいる。
「え……あ、あの……?」
「そっちにいたか!?」
「いや、どこ行きやがった!」
背後から聞こえてきた怒鳴り声に肩が思わず震える。
まだ私を探してるんだ……。
このままここにいればいずれ見つかってしまうかもしれない。
「……来い」
「ふぇ!?」
ぐいと腕を引っ張られ、つれられるまま走り出す。
この人は一体誰……?
佐和は前を走る青年の背中を見つめた。