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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第六章 答えを求めて
149/398

page.148

       ***



「例えばだ。お前の護りたい物に危害を加えようとする者がいたとしよう。お前は無抵抗を貫けるか?」

「それでさ、良いから。例えば誰かがサワを殺そうとしたらマーリンはどうするかって考えてみれば良いんだよ。でも、その相手にも家族がいるだろ?それで想像してみなって。はい、これ宿題。思い付いたらアーサーに言ってなー」


 アストラトの城でのアーサーとケイとの会話が蘇る。

 マーリンは杖を構えながらも悩んでいた。

 目の前に迫り来る少女は―――ミルディンの事が何よりも大切だった。

 二人にどんな事があったのかはわからない。それでも、その気持ちは痛いほどわかる。

 魔術師に生まれただけで生まれた事を否定され、生きている事を蔑まれ、存在を疎まれる。

 初めて自分を必要としてくれた人の存在を失う悲しみをマーリンも知っている。

 俺だって……ミルディンに救われた側なんだ。

 マーリンはただひたすらゴーレムの攻撃をガードする事と避ける事にのみ魔法を集中させた。

 闘うなんてできない。俺は恨まれても仕方のない事をした。

 メディアの言っていた事をマーリンも考えた事がないわけじゃない。自分の代わりにミルディンが創世の魔術師になっていれば、あいつが死ぬ事はなかったのかもしれない。

 だけど。

 闘いながら背後の気配を探る。サワはきちんとマーリン達から距離を取ってこちらを見守っている。

 ……俺は殺されたって文句は言えない。けど、サワは違う。


「……俺だってもっと良い解決方法があればとは思う。だが、相手は待ってはくれない。自衛するしかないんだ」


 アーサーの言葉の意味が身に染みる。

 それでも目の前のこの少女を殺したくなかった。


「聞いてくれ。メディア。俺の事は殺したって構わない。でも、サワは関係ないんだ。だから」

「はっ、何言ってんの?そんな都合の良い話、聞くと思ってんの?おめでたすぎ」


 メディアはゴーレムの攻撃を一度止め、マーリンに声を張り上げた。


「私にとってマーリンは全てだった。村で魔術師として人身御供にされかけた所を助けてくれたのは彼だった。彼だけは私の手を取ってくれた。優しくしてくれた。それなのにあんた達はその優しさに付け込んで、自分達だけ生き延びて。その上、あんた達は幸せになってる。あんただけ殺したって意味ない。あんたに自分がどんなに酷い事をしたのか思い知らせてやらなきゃ気が済まない。だから、あの女も殺す!それに……どうせ、計画的にもあの女は殺さなきゃいけないしね。だから、死ね!!」


 メディアがゴーレムの肩から飛び降りた。すぐにゴーレムが地を蹴りマーリンに突進してくる。

 結界では防ぎ切れない衝撃が来る……!

 本当ならここで自分はこの少女にやられるべきだ。

 例え直接手を下していなくても、あの太陽のように明るいミルディンをこの世から去らせてしまったのは他でもない自分なのだから。


「マーリン!!」


 遠くからサワが俺を呼ぶ声がする。

 その響きには聞き覚えがある。


 重なる。

 声と。雨の音が聞こえる。


 サワだけじゃない。これは―――



「だったら頼むよ……!こんな世界変えてくれよ……魔術師に生まれただけで、たった一度レールを外れただけで、名前を、居場所を、役割を、将来を、友達を、無くさなくてもいい。そんな世界にしてくれよ……!!」

「僕が生きた意味を!証明してくれよ…………!!」



 ミルディンの優しい茶色の髪が濡れている。

 そうだ。

 俺は。



「マーリンは――――君だよ」



       ***



「マーリン!!」


 ゴーレムに今まさに突進されそうになっているマーリンの杖を持つ手から力が抜けている。

 ミルディンの事は未だに彼の中で(くすぶ)っている。

 メディアにやられる事が贖罪(しょくざい)だと考えていてもおかしくはない。


「マーリン!!」


 佐和はもう一度彼の名前を呼んだ。

 その瞬間、ゴーレムとマーリンがぶつかった衝撃波が遠く離れた佐和にまで吹き付けてくる。腕で目を覆いながら佐和は必死に目を凝らしてマーリンの姿を探した。


「……マーリン……?」


 マーリンの姿はそこには無かった。ゴーレムの攻撃で円状に窪んだ大地のどこにも彼の姿は無い。


「そんな……」

「はは……あははは!!やった!殺してやった!殺してやった!!本当は女を先にやる方が良かったけど!!いいや!マーリン!あなたはこれでマーリンのままだよ!!悲しむ必要なんてないんだよ!!」


 メディアが空を仰ぎ、両手をかざした。

 その先で上空に跳んでいたマーリンが呪文を唱えながら杖を構えた。


「……嘘。どうやって……」

「マーリン!!」

「……悪い。でも、マーリンは―――俺だ!」


 マーリンは短い呪文を唱えると、杖でゴーレムの脳天にあった魔術痕を破壊した。

 ゴーレムが爆発音とともに破裂する。地面に降り立ったマーリンは杖をメディアに向けた。


「確かに、俺のせいでミルディンは死んだ。お前の言う通り、俺は死んで罪を償うべきなのかもしれない。でも、それは今じゃない。俺にはやらなきゃならない事がある。他の誰でもない―――ミルディンのために。あいつの願いを叶えるまで俺は死ねない」


 マーリン……。


「ミルディンは、生まれだけで、魔術師というだけで、何かを失くさなくて済む。そんな世界にしてくれと俺に言った。あの言葉にはきっとメディア、お前の事も入ってる。ミルディンの命を守れなかった俺は、ミルディンの意志だけは守らなきゃならない。だから、サワの将来は奪わせない。お前の未来も奪ったりしない」

「理想論じゃない!!私はあんた達を殺す気を変えるつもりはない!!」

「変えてくれ!!頼む!!ミルディンはお前にも幸せになってほしかったはずなんだ!俺を恨むな、なんて言わない!恨んで良い!憎んでも良い!でも、生きてくれ!殺さないでくれ!」

「マーリン……」


 なんて稚拙な解決案。

 それはつまり。


「私に我慢しろって言うの!?あんた達は幸せになるくせに、私には悲しいまんまでいろって!?都合が良いんじゃないの!!」

「そうじゃない!俺はお前にも幸せになってほしいんだ!」

「だったら私に殺されてよ!」

「そんなの幸せになったと呼べない!」

「うるさい!!空っぽの人形のくせに!!」


 メディアの怒鳴り声にマーリンの声が消えた。遠くから様子を観察していた佐和もその言葉が心に引っ掛かった。

『空っぽの人形』……?


「やっぱ知らないんだぁ?あんた偉そうな事言ってるけど、どうせあんたは誰も幸せになんかできないんだよ」


 そんなはずはない。

 マーリンはアーサーを導いて世界を新しい時代へ導く。

 そのはずなのに。


「それどころか、逆。あんたはねぇ、世界中の人間、不幸にするために生まれてんの。それなのに『幸せになってほしい』なんて笑っちゃう」

「……違う。俺は、アーサーと……」

「そう、光の王。あいつがいるとそうはならない。だから、この戦いでモルガンが殺すの」


 メディアの衝撃的な発言にマーリンの瞳が揺れた。

 この戦いに、モルガンが来て、アーサーを狙ってる……!?

 今、アーサーの側にマーリンはいない。もしも魔法で命を狙われればいくらアーサーでも危うい。


「それから湖の乙女、あんたもね。そしたらあんたは晴れて不幸の象徴―――なんか、良いかも。それまでやっぱり生かしておいてあげようかなぁー。偽善者が幸せを踏みにじってる姿なんてたまらないかもー」


 メディアは完全におかしくなってしまっている。

 その場で両手を広げてくるくると楽しそうに回り始めた。


「どういう……事なんだ……俺は、一体……」

「教えてあげよぉーか?あのね、あんたはね」


 回っていたメディアが止まった。薄く微笑んだまま動かなくなる。


「……メディア?」

「あーあ、しゃべり過ぎだよ、お前さん」


 メディアの後ろにいつの間にか青年が立っていた。見たことのある保護施設のSクラスの男だ。初めて出会った時と同じオールバックの髪に鋭い顔、しかし今は皮肉げな笑顔を浮かべている。

 男の手にはナイフが握られていた。その切っ先は―――メディアの心臓を正確に貫いている。

 男がナイフを抜くとメディアが倒れた。目を見開いたまま。


「う……うそ……」


 佐和はテントに寄り掛かりその場に座り込んだ。

 目の前で、人が刺されて―――死んだ。


「全く、しょうがない奴だよ。おかげで俺が後処理に回される事になっちゃった。申し訳ないね」

「お前……!」

「やぁ、創世の魔術師さん。会うのは二回目だな。俺の名前はエイボン。御察しの通り魔術師だ」

「仲間のはずじゃないのか!?」

「おーう。熱い、熱い。そんなに怒らないでくれよ。おかげでそこの彼女、死なずに済んだだろう?」


 エイボンは遠くで腰を抜かしている佐和に向かって片目を瞑った。彼の表情とはそぐわない気さくな雰囲気がどこかちぐはぐしている印象の男だ。いやそれどころか、ついさっき人を刺した人間とは思えない。


「お前……!!」

「いや、焦ったよ、本当。こいつが変な事言ってたかもしれないけど、気にしなくていいから!じゃあ、そういう事で」

「待て!お前もサワとアーサーの命を狙ってるのか!?」


 軽くジャンプしただけでエイボンは宙に浮いた。浮遊というよりは、まるで見えない地面があるようにしっかりと空中に立っている。


「まあな。ま、今回俺はそいつ止めに来ただけだから。そういう事で」

「おい!!」


 マーリンの制止にエイボンは友達と別れるように手を振り、モルガンと同じで竜巻を起こして消えた。

 後に残されたのは上空を睨みつけるマーリンと、座り込んだ佐和と、動かなくなったメディア。


 ……こんなのって、ない。

 話し合いも、決着も、説得も何もない。

 行き場のない感情だけが漂った。

 動けずにいる佐和にマーリンが歩み寄ってくる。その途中でメディアの瞼を閉じた彼は佐和の横に膝を着いた。


「サワ……だいじょう」

「マーリン、こんなのってないよ」


 自分の事ではないのに涙が止まらない。

 彼女は佐和とマーリンを殺そうとした。人が人を殺す。そんなのは許される事じゃない。

 でも、同じようにマーリンも佐和もミルディンの犠牲の上に立っている。だからこそ諦めずアーサーを王に導く責任がある。

 それなのに彼女はその方法には納得してはくれなかった。

 当たり前だ。許せるわけがない。

 自分を不幸にした人間が幸せになるなんて事を許せる人間はいない。

 それでも、幸せになってほしかった。彼女に。せめて。

 なのに、その方法もわからず、彼女は死んでしまった。

 もうどうする事もできない。


「……ないよ」

「サワ……」

「マーリン、マーリンは空っぽの人形なんかじゃない。あの子を助けようとした。優しい人だよ。不幸になんてしようとしてなかった。少なくとも私はマーリンに会えてよかった。でも、死んじゃったら何にもなんない」

「サワ……」


 人の数だけ、思いがある。

 思いの数だけ、考えがある。

 全ての人が納得できる方法なんてどこにも存在しない。

 でも、きっとどうにかしようとしたこの優しい魔法使いなら。

 その魔法使いが選んだ王様なら。

 こんな世界を変えられる。

 そう思って二人を見守って来た。

 でも。


 死んだら何にもならない。

 どうにもできない。


「マーリン、お願い。アーサーを死なせないで。マーリンも死なないで。こんな世界、二人でぶち壊しちゃってよ……!!」


 佐和の懇願を真っ向から受け止めたマーリンはしばらく黙っていた。


「……俺も……許せない。あの子を助けるのはミルディンの意志だった。その意味で、俺はまたミルディンを―――殺したんだ。俺は……絶対、メディアを殺したあいつも、俺自身も許せない。だから―――アーサーだけは守り抜いて見せる」


 涙に暮れる佐和の前でマーリンが立ち上がり、背を向けた。その背は虹のように眩しく儚い。


「……行ってらっしゃい、マーリン」


 佐和はその背をただ見送った。




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