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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第六章 暗黒の森
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page.146

       ***



 佐和達がこっそり荷馬車に戻っても誰も気付かない程軍は盛り上がっていた。

 喝采を受けるアーサーは高々と剣を天にかざし、大声を張り上げている。


「皆の者!諦めなければ……いや、共に闘う仲間がいる限り、絶望の中にも活路はある!北西部の戦も、我らの勝利は必ずや!」


 アーサーの掛け声に兵達の士気は最高潮だ。

 皆、先程までとは違い、確信に満ちた目でアーサーを見つめている。

 気まずそうに顔を反らす騎士、唖然としている兵士もいるが、彼らも今回はアーサーに目立って反抗することはもうできないはずだ。

 それほど、今のこの人達はまとまっていた。


「ガウェイン!このまま、お前が先陣をきれ。マロース卿補佐を頼む」

「了解!」

「かしこまりました」


 アーサーが名指ししたのは、アーサーに友好的な古くからのウーサーの騎士だ。確かケイいわく、佐和が近付いても大丈夫な騎士上位に入る人物で、決してガウェインのように力強くはないが、平等精神を持った紳士だと言っていた。

 それなら、大丈夫だよね。

 軍がガウェインに続いて出発する。アーサーは先頭を見送ってから列に加わるつもりらしい。

 マーリンに連れられて佐和はアーサーの後ろに近付いた。そっとマーリンの手が佐和から離れる。


「アーサー」

「何だ、お前ら今更出てきたのか。もう片付いたぞ。まぁ、妥当な判断だが。お前らが来た所で役に立たないしな」


 本当は誰のおかげか、わかってないくせに。

 偉そうなのがおかしい。

 佐和は影でこっそり笑った。


「で、殿下……!」


 和やかな雰囲気になりかけた瞬間、イウェインが震える声でアーサーを呼んだ。

 何事かと振り返った先には、怪物になったカンペネットと一緒に闘ったレオがいる。

 イウェインとケイが絶句して見ているレオに、小さな光の粒子が集まり出した。


「何だ?」


 次の瞬間、光に包まれたレオの身体が大きくなった。

 今までより一回り大きい。顔がどことなく大人びたような気がする。


「王の器」


 頭の中に直接響いてくる声。驚かなかったのは佐和とマーリンだけで、イウェインもケイもアーサーも辺りを見渡している。


「誰だ?」

「ここに」


 少年の声でアーサーに語りかけたレオが一歩前に進み出た。

 声と行動が一致した事で、ようやく三人も声の主がレオではないかと気付いたようだ。口を開けたままレオを凝視している。


「レオ?私たちに語りかけているのはレオ、お前なのか?」

「そう。姫」


 イウェインの確認にレオは頭を下げた。横を進軍する兵士たちが気付いている素振りはない。どうやらここにいる五人にだけ聞こえているようだ。


「獅子が人の言葉を話すなんて……」


 ケイも珍しく驚いている。五人でレオの前に進み出るとレオはアーサーに深々と頭を下げた。


「王の器、感謝」

「……俺の事か?」


 アーサーの確認にレオは頷いた。優しげな瞳がアーサーとイウェインを交互に見つめた。


「はい。僕はこの森を守る次の主。けど、『あれ』がこの森を暗黒に染めた。前の主を殺して、僕も傷を負った。助けてくれたのが姫」

「私か?」

「はい。姫に助けられて、でも、僕は『あれ』を一人でどうする事もできなかった。だからずっと城にいた。だけど、王の器が『あれ』を退けた。僕は奪われた主の力を取り戻せた。感謝」

「『あれ』は一体何だったのだ?」


アーサーの質問にレオはゆったりとした口調で答えた。


「『あっち』側のもの。目に見えないもの。人間が呼ぶところの憎悪、嫌悪、羞恥、悪意、害意、何かを恨む心、貶めようとする意志。それが集まって一つになった『あっち』の力が具現化したもの」


要するに所謂『悪』と呼ばれるものなのだろうか。

レオの話は非常に抽象的で掴み難い。


「要するに呪いのようなものなのか」

「……呪いより、恐ろしいもの。人間の負、そのもの。少しずつ『あっち』の力、強くなってきた。だから僕も勝てなかった。けれど、『あれ』は王の器が消した」


 城にいた頃とは違い、レオの毛並みはまるで夕日に照らされた小麦畑のように光が波打っている。神々しい姿は間違いなく、この森の主だ。


「だから、この森も本当の姿に、戻る」


 レオが一声吠えあげた。

 その声が波紋のように渦を広げていく。広がった波紋に触れた森が姿を変えていく。

 黒き木々は明るい新緑へ、荒れた土地は豊かな大地へ。木漏れ日が差し込み、鳥たちの鳴き声が戻って来る。


「……すごい」


 佐和は変わりゆく景色に感動し、モノクロから色鮮やかに生まれ変わる森の姿にただただ魅入った。

 進軍している兵士たちも森の変化を感じ取り、歩みを進めながらも周囲を不思議そうに見ている。

 本来の姿に戻ったブロセリアンドの森は豊かで、暖かく、生命の溢れる森だった。


「すごいな……」

「ああ、綺麗だな」

「本当に」


 アーサー、ケイ、イウェインも目の前の光景に感じ入っている。満足げに目を細めたレオがもう一歩アーサーに歩み寄った。


「でも、本当は森を人間、通しちゃいけない。また『あれ』を引き寄せるかも」

「なら、俺たちは進軍できないということか?」


 レオは頭を振り、言葉を付け足した。


「本当は駄目。でも、姫。王の器。助けてくれた。森を荒らしたりなんてしない。信じられる」

「……レオ」


 イウェインはしゃがみ込み、レオの頭を優しく撫でた。レオも嬉しそうにイウェインの身体に頬擦りしている。


「姫が信じた人間。王の器。信じられる。だから、今回だけ」

「……感謝する。ブロセリアンドの主。そして……イウェイン」


 アーサーは二人に頭を下げた。その姿にイウェインが飛び上がる。


「お、お止めください!殿下!私にそのような!」

「いいじゃないかー、受け取っとけば?」

「ケイ!貴様なぁ……」

「イウェイン」


 アーサーはイウェインに向き合うと真っ直ぐに顔を突き合わせた。


「今回、お前がいてくれたから窮地とこの森を抜ける事ができた。感謝する」

「……殿下」

「もし、まだ参戦する意志があるのならば、このまま隊列に加わってはくれないか。無論無理強いはしない。命令でもない。危険は男の比ではない。命の保証もできない。それでも―――俺には一人でも多くの味方が必要だ」


 アーサーの言葉にゆらりとイウェインの瞳に膜が張った。しかし、彼女はそれをこぼすことなく飲み込むとアーサーに膝をついた。


「この上ない光栄です。殿下。……必ずや、御力になる事をお約束いたします」

「……頼んだ」


 アーサーを見上げたイウェインの顔は笑っている。とても嬉しそうに。

 ……良かったね。イウェイン。

 ようやく夢に向かって一歩を踏み出したこちらの世界の初めての友達に、佐和は心の中でおめでとうと何度も伝えた。



       ***



 イウェインとレオも一向に加わり、レオの加護もあって軍は思った以上に順調に森を抜けた。

 ここから先は戦地に近い。すぐに後衛の拠点設置地点まで進み、設営が開始される。

 兵も騎士も緊張が高まっている。

 肌を差すような緊張感と北風を感じながら、佐和は戦地の方角に目をやった。


 戦争が……始まる。




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