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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第六章 暗黒の森
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page.143

       ***



 ついに出発の朝だ……。

 昨晩は戦争の事を束の間忘れてイウェイン達と楽しく喋っていられたが、やはり当日になると緊張してくる。

 朝から城中を従者や兵士が忙しなく行き交い、最終準備に余念がない。

 佐和は水桶を抱えてアーサーの部屋に戻りながら、肌で緊張を感じていた。

 本当に、戦争……するんだ……。

 アーサーもマーリンもイウェインも、佐和の側にいる人達がいつもと変わらない様子だから実感が湧かなかったが、外に目を向けてみれば皆、いつもとは明らかに様子が違う。

 あの人達の肝が太すぎるだけなんだなぁ……。


「父上、そこをどうにか!」


 アーサーの部屋に戻る途中、聞こえてきた声に佐和は思わず廊下の先を覗き見た。

 声の主は、やっぱりイウェインだ。

 廊下の先でアストラト卿を捕まえて必死に何かを頼み込んでいる。


「ならんと言っているのが、わからんのか!」

「ですが、このような機会滅多にありません。どうか、私にアストラトの援軍への参加を!」

「ならん!イウェイン、お前は唯一の跡取りだ。お前に何かあればアストラト家は途絶えるのだぞ」

「ご心配していただけるのは嬉しいです。でも、父上の悲願のためにもこの戦に参加し、殿下に私を騎士として認めていただく事ができれば、王宮に上がる機会を得る事ができるかもしれません。ですから」

「駄目だ」

「父上!」


 どうやらイウェインは今回の戦に参加して、功績をあげアーサーの騎士になる算段を立てているようだが、アストラト卿は首を決して縦に振ろうとしていない。


「必ず生きて戻ると誓いますから」


 イウェインは初めて会った時と同じ男装で、武装も整えている。

 曇りのない瞳は決意に満ち溢れている。だが、その顔を見る事もなくアストラト卿は背を向けて歩き出した。


「……万が一、傷でも負ってみろ。誰もお前を嫁に貰わなくなる。そうなれば本格的にアストラトはお終いだ」


 その一言にイウェインが絶句した。その隙に逃げるようにアストラト卿がいなくなるのを見てから、佐和はそっとイウェインに近寄った。


「イウェイン……」

「サワ……見苦しい所を見せてしまったな……」

「ううん……あの言い方は酷いよ」


 佐和の非難にイウェインは苦笑した。

 自分の父親を悪く言う事はイウェインの性格上できない。でも、不満がないはずない。

 代わりに佐和が口に出した事で少し緊張が解けたようだった。


「騎士学校に行かせたのに、騎士になれる機会には送り出さないなんて……」

「父上は安全な案を取ろうとしているだけだ。……領主として。それは私も理解しているのだが……このままでは結局、アストラトの汚名を雪ぐ機会は訪れない……」


 イウェインは気を取り直し、佐和に笑いかけた。

 その笑顔はどこか無理をしているようで、見ているこっちが苦しい。


「イウェイン……」

「すまなかった。サワ」


 それだけ告げたイウェインは颯爽と歩き出した。その背は真っ直ぐで、あまりの清廉さに佐和の方が泣きたくなった。



       ***



「ただいま戻りました……」

「……なんだ、その顔は、緊張でもしているのか?」


 マーリンに鎧を着せてもらっているアーサーに何気なく声をかけられて佐和は戸惑った。

 言っていいものなのだろうか……しかも、アーサーはこれから戦の指揮を執る身だというのに。


「えっと、いえ、別に」

「サワ?」


 マーリンも気にかけてくれるが、佐和はすぐにアーサーの鎧を着せるのを手伝い始めた。


「お前本当に無駄に色々考えているだろ。初めての(いくさ)で不安にならないマーリンの方がおかしいんだ。吐き出しておけ。どうせ、大した悩みでも無いだろうに」

「失礼だ」

「じゃあ、お前緊張しているのか?」

「……あまり」

「ほら、見ろ」


 二人のやり取りがおかしくて気持ちが少し軽くなる。

 ……事情を聞くくらいなら、許されるだろうか。


「アーサー、今回、イウェインって参加しないんですよね?」

「なんだ?お前、イウェインといつの間に仲良くなったんだ?」

「昨日、ちょっと」


 アーサーはそれ以上深入りしてこなかった。いつもと変わらない様子で武装を続ける。


「参加しない。イウェインから願い出はあったがな。アストラト卿が許可しないのだから、不可能だ」

「アーサーはイウェインに参加してほしいって思いますか?」


 イウェインは騎士を目指している。しかし、よく考えればアーサーも割と女性は戦うべきではないという考えの持ち主だ。騎士に任命してくれるのかわからない。


「……基本的には、俺も女性の戦への参加はあまり望ましい物ではないと思っている」

「それは戦は男の物だからか?」

「そうだな……根本にその考えはあるが……女性はハンデがあまりに大きい。腕力や体力、それだけじゃない。侮蔑の目や、邪な考えを持つ仲間すら現れるだろう。身の危険は男の比じゃない」

「だから、イウェインも騎士にしなかったんですか?」


 佐和の質問にアーサーは不思議そうにしながら、籠手の装備を確認している。


「何を言っている?イウェインは俺の試練を受けていない」

「え?」

「騎士学校を卒業して、俺の試練を受けようとはしたが、アストラト卿に連れ戻されたんだ。だから、イウェインは騎士学校を卒業しただけの貴族の女性という扱いになっている」

「なんで、そんな事に?」

「アストラト卿の考えとしては、有力貴族の次男や三男を婿として迎え、次代の子を騎士にするつもりだろう。イウェインの騎士学校入りを認めたのはその相手を探させるためという真意があったんだろうな。まぁ、予想以上にイウェインが騎士としての頭角を現し過ぎて、近寄れる男がいなくなったわけだが」


 アーサーは笑いを噛み殺している。

 そういえば村で会った時、アーサーはイウェインに「剣筋の神速ぶりは相変わらずだな」と言っていた。イウェインの剣技を見た事があったのかもしれない。


「本当に騎士にでもなられたら、傷を負いかねないし、命の保証も無い。そこで慌てて連れ戻したわけだ」

「じゃあ、アーサー自体は試練さえ受けに来たらイウェインを騎士にするつもりはあるんですね?」

「父上には色々言われるだろうが、試練は公正に行うつもりだし、イウェインの実力や精神力なら問題は無いだろう。あの心構えは若い騎士見習い達に手本にさせたいぐらいだ」


 という事は、問題はアストラト卿だけという事か。

 でも、イウェインにとってはたぶんそこが一番大きな壁なのだ。昨日も父親の話をしている時のイウェインは不安げだった。

 逆らえない。そう態度が語っていた。


「なんだ、てっきり初陣に緊張しているのかと思えば……お前、他人の事で考えこんでいたのか。ある意味、マーリンより大物だな」

「どういう意味だ」

「そのままの意味だ」


 マーリンとアーサーがいつも通り口喧嘩し始める。それを見ているとなんだか安心してしまうようになったのはいつからだろう。


「サワはすごく優しいだけだ」

「ちょ……!マーリン!」

「お前はまた……真顔でそんな事……」


 マーリンの発言に佐和の思考が吹っ飛んだ。アーサーも横で呆れ返っている。


「そういうのはいいから!」

「どういうの?」

「サワ!こいつを殴れ」

「アーサーも煽らないで!」


 その後も部屋を出るまで三人の言い争いは続いた。




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