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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第六章 獅子の秘密
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page.140

       ***



「遅い!何してたんだ!?」


 どうやら先に食事を取ることにしたらしいアーサーとガウェインが二人でテーブルを囲んでいた。ガウェインの方は気にすることなく食事を頬張っているが、アーサーはかなり苛立っている。


「……すみません」

「まあ、いい。で、お前水は?」


 言われて初めて桶を井戸に置き忘れてきた事に佐和は気付いた。イウェインに無理矢理引っ張っていかれたので汲み直すタイミングが無かったのだ。

 私のバカ……!なんで戻ってくる前に取って来なかったのぉ!!

 青ざめた佐和の顔を見たアーサーが笑った。ただし、その笑顔はひくついている。


「サワぁ?水は、どうした?」

「うえ、あ、その……」

「失礼いたします、殿下」


 アーサーが佐和をこれ幸いと詰ろうとしたタイミングで客室の扉が開かれた。そこに立っていたのは侍女のリュネットだ。手には佐和が置いてきたはずの水桶を持っている。


「申し訳ございません。実は先程、突然手の足りない事情が発生いたしまして。見兼ねた佐和殿が手伝ってくださったのです。代わりに私がこちらにお水をお持ちする手はずだったのですが、遅れてしまい申し訳ございません。どうか叱責ならばこの(わたくし)に」

「いや、それなら構わない。私の従者がアストラト家に役立ったなら幸いだ」


 はっ……なんて変わり身の速さ。

 佐和は既に王子モードに切り替わったアーサーを、自分の事を棚に上げて内心鼻で笑った。

 偉そうに。頭の後ろ、寝癖跳ねてるし。


「ありがとうございます殿下。それで大変申し訳ないのですが、本日の夜、サワ殿にその仕事の続きをお手伝いしていただきたく……」

「構わない。好きに使ってくれ」

「ありがとうございます。それでは、サワ殿。夜、私がお迎えにあがりますので」

「え?あ、はい」


 よくわからないが、リュネットの助け舟のおかげで事なきを得た。

 アーサーもリュネットの言い分を信じたようで、出て行った後は佐和に構わず食事を再開している。

 けど……私、何も手伝ってないよね?夜、何があるんだろう?

 も、もしかして口止めとか……?

 平和な朝の食卓で佐和だけ一人、想像に顔を青くしていた。



       ***



「ご苦労だった。明日、出立だ」


 日中は進軍のための準備に佐和もマーリンも借り出され、一緒に備品のチェックや補充等をして過ごした。もちろんアーサーの武具の手入れも完璧にしてある。

 夜、アーサーの客室で全ての仕事を終えた佐和達をアーサーは珍しく労った。

 素直じゃないだけで、別にアーサーって不公平なわけじゃないんだよね。

 結果は結果としてしっかり褒めてくれる。時々気恥ずかしさが前に出てしまうだけなのだ。

 特にマーリンに対しては。


「さて、サワ。お前はこの後も仕事があるが、それが終わったらそのまま部屋へ戻って構わない。明日以降に備えてしっかり休めよ」

「はい」


 そうなるとアーサーが就寝するまでの世話はマーリン一人に任せる事になるが問題ないだろう。

 言い終わるやいなや部屋の扉がノックされた。アーサーの許可で扉を開けたのはリュネットだ。


「殿下、それではお約束通り。サワ殿をお借りいたします」

「あぁ、構わない。が、なるべく明日には支障をきたさぬよう配慮してくれ」

「勿論です。それでは」

「じゃ、じゃあ殿下、失礼します。マーリン、お休み」


 一応リュネットの前なのでアーサーにはきちんと礼をしたが、いつもの癖でマーリンには気安く手を振った。その瞬間、マーリンの目が嬉しそうに細められる。


「お休み、サワ」

「う、うん」


 内心悲鳴をあげながら佐和はゆっくり部屋の扉を閉めた。完全に扉が閉まるまでマーリンはこっちを見つめていた。

 ―――あの優しい鳶色の瞳で。

 やばい。心臓が、すごい脈打ってる……。

 あんな目で異性に見られた経験は今までない。何度も何度もあの優しい色がちらつく。


「サワ殿。では、参りましょうか」

「ひゃい!」


 リュネットに呼びかけられて驚きの余り奇声を発した佐和は自分の声で我に返った。

 そ、そうだ……!マーリンの事、考えてる場合じゃない!リュネットの用事って何かわからないんだった…!

 絶対、今朝の口封じだ……そうに違いない。

 前を歩くリュネットに大人しく着いて行きながら佐和はスカートの裾を握りしめた。

 だとすれば……あぁ、アーサー。私の明日(あす)を鑑みてくれてたけど、私に明日は来ないかも……。

 心臓が嫌な音を立ててはやる。

 案の定、リュネットが真っ青な顔の佐和を連れて来たのはイウェインの部屋だった。

 や、や、やっぱり口止め!

 咄嗟に逃げ出そうとした佐和の腕をリュネットが楽しげにがっしりと掴む。そのまま部屋に引きずりこまれた。

 ぎゃあああ、何、この時代の口封じって何するの!?お金で解決とかなんないかな!平和的に!

 焼きごてとか拷問とかそんなのはさすがにないよね!?


「姫様ー!サワ殿をお連れしましたよー!」


 内心涙目の佐和には構わず、リュネットが明るい声で奥の部屋に呼びかけた。

 どうやらイウェインの部屋は今いる部屋ともう一つ部屋があるらしい。奥の部屋の扉からこちらを見たイウェインが慌てて駆け寄って来た。


「リュ、リュネット。本当に連れて来たのか!?」

「はい。もちろんです。姫様のためですからっ」

「いや、しかし、明日には出立だと言うのに、サワ殿に申し訳ない!」


 ん?なんか話の流れがおかしいぞ?

 どうやらイウェインは佐和が連れて来られるとは知らなかったようだ。その証拠にイウェインはいつもの男装ではなく、寝間着用のドレスに着替えているし、きっちり結んでいる髪も今は緩めに二つに結び直している。どう見てもお風呂あがりだ。


「それに、殿下には何とお伝えしたんだ!?」

「ご安心ください。姫様。きちんと誤魔化しましたので」

「リュネット!」


 楽しそうなリュネットと違い、イウェインは困惑している。戸惑った表情が佐和を申し訳なさそうに見つめた。


「す…すまない。サワ殿。私は止めたのだが、聞かなくて」

「こんなに信頼できて、良い位置にいらっしゃる女性、他にはいませんよ、姫様!ご協力を仰ぎましょう」

「協力も何も私は別にこのままで……」

「何を仰っているんですか!ダメですよ、ご自分の気持ちに嘘をつかれては」

「あのー……」


 全く話が見えてこない。佐和は恐る恐る手を挙げた。


「どういう事か説明してもらえると嬉しいんですけど……」


 てっきり今朝の事を蒸し返して本当に喋らないか脅される物だと思っていたが、話の流れはどう考えても違う。それどころか協力という言葉まで出て来ている。

 佐和の疑問を受け付けたリュネットは満足げににっこり微笑んだ。


「立ち話もなんですから、あちらへどうぞ。今、美味しい紅茶をお入れしますね」

「……はぁ」


 自分の置かれている状況がよくわからないまま、佐和は促されたソファに腰掛けた。




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