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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第一章 ミルディン
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page.14

       ***



「つ……疲れた……」


 木造の素朴なベッドに勢いよく倒れこんだ佐和は思い切り溜息をついた。歩き疲れた足が解放される感覚に瞼が閉じそうになる。

 村人に囲まれた佐和の身に起きたことを整理するとこうだ。


 この村には昔から言い伝えられている伝説がある。

 その伝説とは遥か南東、聖域の洞窟から『導き手』と呼ばれる旅人がこの村を訪れる。

 その者はいずれこの世界に安寧と繁栄をもたらす者であり、その者の出立を祝福するのがこの村の運命だ、と。そして佐和こそがその『導き手』だと。

 いやいや、あり得ないと思いながらも否定しようとした佐和の言葉は盛り上がった村人達には通じず、あれよあれよと言う間に歓迎されてしまった次第だ。


「いや、でも……よくできてるなぁー」

「何ができているのだ?」


 突然聞こえてきた声に佐和は飛び起きた。

 この声を聞くのは二度目だ。一度目はあの洞窟で。佐和に真実を告げた声。

 佐和は壁に立てかけた長い袋から杖を取り出した。


「あんた洞窟以外でもしゃべれるの?」

「正確に言えば発声という概念には当てはまらないが、意思疎通は可能だ。我の思念を貴様に働きかけている」


 いちいち難しい物言いをする杖である。要するにテレパシーのようなことはできるらしい。

 佐和は杖を持ったままベッドに腰掛けた。


「ならなんで洞窟を出てから私が話しかけても反応してくれなかったの?」


 洞窟を出た後、何度かこの世界について杖に質問した時には沈黙を守っていたのだ。話せるというのならその時に話しかけてくれてもよかったのにとむっつりした佐和に対して、杖は淡々としている。


「外では決して我に話しかけるな」

「そりゃ、見られてたらやらないよ。頭おかしいと思われるだろうし。てか、答えになってないんですけど……」

「して、よくできているとは何がだ?」


 無視ですか。そーですか。

 じと目で睨んでやったが、杖に表情が無いので効果がよくわからない。諦めて佐和は自分の考えを話し出した。


「導き手の伝説のこと。たぶんこれって、海音―――魔女ニムエのことを指してるんでしょ。こういった民間伝承には真実が隠れてることが多いけど、今回のはまさにそれだよね。もしも海音が順調に旅してたとして、始めに訪れたのはこの村でしょ?いきなりニムエを敵視する村に当たったら旅の支度も何もあったもんじゃないし、出だしとしてこの村は役割を果たせるように神話って形でコントロールされてるんだなぁって」

「……どうやら、ただの小娘というわけでもないらしいな」

「いや、ただの小娘だけどね」


 どうやら杖の返事からして佐和の考えは当たりらしい。

 実際、この伝説のおかげで佐和は大助かりしている。突然異世界に飛ばされて一番最初に気付いたのはお金の問題だ。

 佐和がこちらに飛ばされた時に持っていたのは、図書館で見つけたアーサー王伝説の本一冊。お財布も携帯もカバンに入れたまま、図書館の机に置きっ放しで来てしまったのだ。

 例え持っていたとしても恐らく日本円も携帯も使えない。そうすると今日の宿代すら佐和には払うことができない。

 最悪、野宿か民家に頼み込んで回るのを覚悟していたが、伝説のおかげでその憂いはなくなった。

 始めに佐和に声をかけた女性はどうやらこの町唯一の宿の女宿主だったらしかった。佐和の話を聞いた途端自分の宿に佐和を連行し、心いっぱいのもてなしとごちそうで歓迎してくれた。しかも、佐和がお金を払えないことを知ると、そんな物はいらないとまで言ってくれたのだ。導き手からお金など取ろう物なら祟りが起こると。まったく伝説様々である。


「ふむ。意外と思慮深いようだな」

「まぁ、一応社会人だし……」


 そんなこと言っても杖には通じないだろうと思いつつ返事をしておく。


「とにかく早く今夜は寝よう……明日、村の人にマーリンさんのこと、聞かなきゃ……」


 持っていた杖をベッド横のチェストに立てかけた佐和は枕に顔を埋めた。

 一日で色々ありすぎた。

 枕に顔を埋めながら立てかけた杖を見る。その向こうの壁にはダッフルコートのようなベージュのマントが掛けてある。

 海音が着ていたマント。


 お願い海音、見守っていてね。


 疲れからか、気付けば佐和はすぐに瞼を閉じて眠りにおちていた。



       ***



 閉じた瞼の裏で水が滴り落ちる音が聞こえてきた。


「良かろう。貴様を魔女ニムエの代行者と認める」


 光り輝く泉の中心に浮かぶ杖の低い声。

 風が吹き荒れる中、佐和は杖を取った。


 海音を生き返らせるために。


 佐和は茨の道を進むことを決めた。

 魔術師マーリンを見つけ、この杖を渡す。そうすれば海音を救える。

 そう決意した佐和は、足元に横たえていた海音が着ていたコートを脱がし、代わりに自分が着ていたより暖かいコートを着せた。


「その者の身体をこの泉に浸していくと良い。その間、この者の肉体が朽ちる事は無い。またここは聖域で何人たりとも入る事は叶わない」


 杖が告げるまま、佐和は海音を泉に横たえ、海音の伸びた髪が泉にたゆたうのをただ見た。

 昔から海音はどちらかといえばショートヘアばかり。それなのに今は肩より下まで柔らかい猫っ毛が伸びている。

 その長さは私とカブるから嫌だって言ってたのに。

 思わず笑みがこぼれる。

 ―――こんな、こんな思い出を本当に思い出にしないように。

 例えどんなに辛くても、どんなに狡くなっても、どんなに後ろ指指(ゆびさ)されようとも。

 私は、諦めない。

 立ち上がり、海音の着ていたコートを羽織った。ベージュの、ダッフルのような、ポンチョのような異国の服に袖を通す。


 海音。

 どうか、私を見守っていて。


 ぎゅっと胸元を握りしめると、懐に固い物が当たった。

 胸元のポケットのその塊を取り出してみるとシンプルな小刀がしまってあった。なんの飾りもないそれを握りしめる。

 どうして、こんな物を懐にいれていたのか。もうそれも聞けないけれど。

 必ず。必ず私がもう一度海音を呼び戻してみせる。

 物語の主人公にはとても成れない私が。こんな冒険にうって出て、うまく行くとは思えない。でも。

 私は主人公じゃない。

 主人公たる魔術師マーリンを影で支える黒子になる。

 そう考えればまだ成功のイメージが湧く。

 それでも、杖が告げた通り、たくさんの困難が待ち受けているだろう。

 海音ならきっと笑って乗り越えられる試練をどうか私も乗り越えられるように。

 佐和は手元の小刀を抜いて、自分の長髪に思いっきり刃を入れた。

 さっきまで吹いていたそよ風の残りが佐和の切った髪を散らしていく。

 以前の海音と同じ長さになった毛先がはねた。


 私は海音の代わりになる。


 自分の頬を一粒涙が伝ったのがわかった。



       ***



 翌朝、目を覚ました佐和は壁に立てかけた杖をぼーっと見つめた。

 夢じゃ……ない。

 髪に手を伸ばすと、短くなった毛先がはねている。

 昔から海音は柔らかい猫っ毛で綺麗な髪だった。一方佐和はというと、かなりの癖っ毛で、短くすると途端に好き放題はねる。だから、ずっと伸ばしていた。

 その髪が無い。


「やっぱり夢オチにはならないか……」


 それなら、もう嘆いていてもしょうがない。

 佐和はベッドから起き上がって身支度を始めた。



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